07.簡単すぎる交渉
現実改変能力。
滅多に見ないと言うか、ほぼいない希少な能力。そもそも現実の改変は認識し辛い。主治医がアーディとなった事だけがセラフにとっての幸運だった。彼は自他ともに認める優秀な――研究者である。
「は、あのボンヤリした小娘に現実改変なんて高度な異能が扱えているとでも?」
「いや、彼女のシンクロ率は0%だ、全く扱えていない。何なら本人も恐らく異能の本来の使い方を理解していない」
「終わりだよ。現実改変災害だろ、そんなの」
「そうだ。このような異能者を他所の組織には渡せない。我々でキープし、コントロールする」
「大それた計画だ、流石は先生。もういっそ、始末した方がいいんじゃないか?」
「難しいな。最終手段にしたい。これは手続き上の問題ではなく、彼女を下手に刺激したくないという意味だ。全く何が起こるか分からないからな」
――成程ね。アーディが何を企んでいるのかは分かった。
恐らく彼は『幸野屋寧子の経過を観察する為だけのチームを作りたい』のだと思われる。所詮は根っからの研究者、こんな小娘がノコノコと大仰な異能を引っ提げてわざわざ来てくれたのだから逃す手はない。
合法的に彼女を囲い込み、監視と銘打ちつつも自分は研究を進める。彼はそういう人間だ。
多少の犠牲が出ようとも。
これぞ大企業、色々な人間がいるのだ。とどのつまりは。
***
寧子は与えられた客室をウロウロと歩き回っていた。
セラフ本部にいるという事実が、平静を失わせる。全く落ち着く事が出来ない。部屋もよく見たら高級ホテルの一室と遜色ないだろう。余計に心が波打つような感覚だ。
――そうだ、1区のみんなは大丈夫だったかな? 大怪我とかしていないといいけれど。
心配だ。シールドを呼べたのかどうかも定かではない。
相手は銃火器を持っていたし、1区の皆に銃弾を無傷で防げるような異能者はいない。そもそもどうして彼等は1区へやって来たのだろう?
出来れば明日には帰れるようになっているといいのだが。
――不意に客室のドアがノックされた。
「アーディだ。少しいいだろうか」
「え? ああはい、どうぞ……」
――そうだった。健康診断の結果も変な事になっていたんだった。うわ。これもこれでかなり憂鬱……。
アーディ先生に加え、何故かエリアスもセットで付いてきた。まだ護衛を付けているのか、家に帰ったようなものなのに。
「ええっと、健診の件ですか?」
「それもだが、もっと建設的な話し合いが必要だ。まず――」
「あの! それ長くなるやつですよね? 1区のみんながどうなったか知りませんか?」
ふむ、と考える素振りを見せたアーディに代わりエリアスが問いに応じた。
「お前、先生がそういうの知ってると思わない方がいいぞ。興味が無い事には冷淡なものさ、こういう連中は」
「えっと、あなたは何か知っていたり……?」
「1区だがついさっき、シールドによって武装集団が全員捕まった。1区住人は避難済み、怪我人が数名出ているが重傷者はいない。ああ、犯人達の目的は不明、現在調査中だ。ただセラフと関係が無ければこの件で俺達はこれ以上の情報を入手できない」
「ああ、どうも、ありがとうございます」
「じゃ、さっさとアーディ先生との話し合いを終わらせてくれ。もう帰宅したい」
では、とアーディが仕切り直す。
「我々も話し合いを始めようか。まずセラフから君への要求がある」
「え? ……1区から退去しろ、とかでしょうか?」
「いや。セラフ本部で長期の診察療養を受けてくれ。君のシンクロ率は異常値を叩き出している。非常に危険な状態だ。また、君の異能が暴走した際周囲の人間を傷付ける恐れがある」
「やっぱり私、死ぬんですか!? しかも周囲に迷惑をかけながら!?」
「分からないから調べさせてくれ。無論、滞在中不自由が無いように手配しよう。ただし君は学校に通っているな? 通学はできない。通信教育で手を打たせてほしい」
「わ、分かりました……。他の人の迷惑になるような事はしたくないし、普通に死にたくないので……」
瞬間、エリアスが何とも言えない微妙な顔をしたが意図は理解できなかった。
「そうか、理解が早くて助かる。では早速――」
「すみません、荷物とかは取りに戻れないですか? ちょっと置いてきたらまずいものとか家に置いたままです。というか、エアコン入れっぱなしかも……」
「……エリアス」
唐突に護衛へと丸投げしたアーディに代わり、呼ばれたその人が応じる。
「1区は封鎖中だが、シールドに交渉すれば数時間くらいなら家に戻れるかもしれないな。というか、急ぐ必要はないだろ。衣食住はセラフが世話をするらしいからな」
「そうなんですけど……! 毎日水をあげるってお姉さんと約束した鉢植えが……」
「鉢植え? お前状況分かってるのか? そんな事を言っている場合じゃなさそうだが」
鼻を鳴らしたアーディが一方的に折衷案を取り付けた。
「では戻れるようになり次第、荷物の整理を。エアコン代は1区なのだからセラフ持ちだ、君が気にする必要はない。ご両親にはセラフから案内を出す。ああそれと、君を一人でふらふらと外出させる訳にはいかない、帰宅時にはエリアスを付けるのでそのつもりでいるように」
「は? 俺の仕事をナチュラルに増やすな。それは俺がやるべき仕事か?」
「新設チームの人員を決めるまでは雑務を君に任せる事になる。そもそも護衛任務なのだから君の仕事で合っているが?」
「あーあー、はいはい。分かったよ」
何だか申し訳なくなってきたが、仕事を押し付けた張本人であるアーディは微塵も気にしていないようだった。それどころか部屋の準備までエリアスに押し付け、ようやっと解散と相成った。