01.思想つよつよおねえさん(1)
1区で事件に巻き込まれてから数日が経った。
幸野屋寧子はセラフにて宛がわれた自室にて、ベッドに転がりながらここ数日の濃すぎる日々を思い返してみる。
まず1区での出来事だが、顔見知り全員に共有されているようでアーディからイデリナまで全員が状況を把握している。一度帰宅したいなどと言わなければ巻き込まれる事も無かったのだが、それについて咎められたりはしなかった。
また例の危険な花の鉢だが、アーディが回収すると言って持って行ってからどうなったのかは不明だ。鉢を譲渡したお姉さん・フリアもこの件に関しては気にしなくていいと言ってくれている。
そして今何をしているかと言うと、部屋から出る為の迎えを待っている状況だ。
立場としては客、もっと言えば部外者である寧子はセラフ本社を自由に出歩く事を許可されていない。行ける範囲は決まっており、その範囲内であれば特に誰かが付いている必要はないようだ。
とはいえ、食堂と――あとはジムがあるらしいので、運動不足になりそうだと思ったら足を運ぶべきだろうか。
そしてセラフからノートパソコンとモニターを貸し出しされている。学校へ通学できなくなった関係で、通信教育とやらに切り替わるからだ。これ以外の外部へ連絡するツールは許可されていない。
スマートフォンも1台支給されているが、外部へのメール発信等は出来ない設定になっているそうだ。なんて厳重な管理、小娘一人を相手にしているとは思えない。
――と、ここ最近そうであったように、ドアが強めにノックされた。
このせっかちでイライラが直に伝わって来るドアの叩き方はエリアス以外にはいない。大きな声で返事をした寧子はベッドから飛び降りた。
「おはようございます」
「ああ」
このセラフで一番長く一緒にいるのは他でもない彼なので、寧子自身は結構彼の事を気に入っている。なお、エリアスがどう思っているのかは分からないが。
そんな訳なので見慣れた顔を見上げた寧子はやや首を傾げた。
「何だか顔色が悪くないですか? 大丈夫ですか?」
「ああ? いや、よく分かったな……。問題ない。原因は分からないが、少し疲れが取れないだけだ」
「ええ!? あんまりよく無さそうですよ、体調。疲れが取れない系って放置しておくのはよくないと思いますが」
ふん、と馬鹿馬鹿しいと言わんばかりにエリアスが鼻を鳴らす。
「俺の事を心配している場合か? シンクロ率0%が言うと重みが違うな」
「まあ、変な数値は出てますけど、今の所特に不調がある訳でもないですしね……。私のお世話をしているエリアスさんの体調の方が、ぶっちゃけ心配です」
「へえ……」
荒事担当は若干、困惑気味である。
毎日顔を合わせる人物の体調が悪そうなら、普通に心配すると思うのだが社会とは厳しいものなのだろうか。不調を訴えれば自己管理ができていないからだ、とでも言われるのだろうか。アーディは言いそうだが。
気を取り直すように、エリアスが本日の予定を告げた。
「まずはアーディ先生の所へ行くぞ。呼ばれているからな」
「毎日呼ばれているので、何とも思わなくなってきましたね」
さっさと目的地へ足を向けたエリアスを慌てて追い掛ける。
寧子が付いてきているのを横目で確認した彼は、流石に小娘との会話に慣れたのか移動ついでに世間話のようなものを口にした。
「イデリナに双子の弟がいるのは知っているか?」
「ご姉弟がいるとは言っていましたね」
「そうか。その弟が長期休暇を終えて戻ったって聞いたから、その紹介だろうな。今回は」
「わ、新しい人が来たんですね」
「俺達から見れば新人はお前の方だが。双子はアーディ先生の専属だから、お前はあんまり顔を合わせる事はないだろうがな」
「イデリナさんとも、研究室に行かないと会わないですもんね。ところで、その人はどんな人なんですか?」
「セオドアか? 姉よりは口数が少なくて落ち着いていたような。影が薄いんだよな、あいつ」
確かにイデリナは太陽のような人物。声はハキハキと大き目で、その隣で落ち着いた弟君とやらがいれば必然的に影が薄いように感じてしまうかもしれないが。
というかそもそも、エリアスその人が他人に興味が無さすぎるので単純に忘れているだけではないだろうか。
「――何か言いたげだな、寧子」
「あ、いや……。ぶっちゃけエリアスさんって、人の細々した所は覚えて無さそうだなって」
「分かっているのなら、俺に誰かの人となりなんぞを確認するな」
「バッサリ行くなあ……」
とどのつまり、会ってみなければどのような人物がイデリナの双子の弟なのかは分からないという至極当然の結論に至った。




