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03.予定外イベント(3)

 ***


 午前11時を少し回った時間帯。

 エリアスは再び研究室を訪れていた。ただし、朝とは違い寧子は連れていない。恐らく今は部屋に籠っている事だろう、他に行くところもやるべき事もないだろうし。

 閑散として人がいなくなった研究室内には室長であるアーディとその護衛、イデリナのみが椅子に座って過ごしていた。


「――それで? 用事は何だ、アーディ先生」


 明確に人払いがされ、静まり返った室内にはやけに声が反響する。

 それに気づかないフリをしつつ、エリアスは放置されていた適当な椅子に腰かけた。


「半日、幸野屋寧子と過ごして何か特殊な事象は起こらなかったか報告を聞きたかった」

「せっかち過ぎるだろ。まだ半日だぞ。シールドからの呼び出し以外、特に変わった事は起きていない」


 ここで流石に訳知りらしい初参戦・イデリナが少し楽しそうに笑い声を上げる。呑気なものだ。


「シールドってああいう事件が起こった後、所在の分かる避難者を寧子ちゃんみたいな形で呼び出したりしませんよね~。1区襲撃で誰も亡くなっていない事、犯人達の動機が不明瞭で何をしたかったのか全然分からない事……この辺が原因かな!」

「そうだろうな」

「いいな、寧子ちゃんの異能力! ほんのり自分に有利に事が運んで行ってる感じ、凄く便利そう」

「今の所、恐ろしい事態に陥っていないだけで、あの異能がどこにどんな影響を及ぼすのか分からないぞ」

「でもイイ子そうだったし、『滅べ人類!!』とか言い出したりはしなさそうだから大丈夫じゃないですか?」


 この姦しさにもう慣れているのか、大したリアクションを見せなかったアーディが淡々と言葉を紡ぐ。


「イデリナ。お前の言うような危険思想を持った人物だったのなら、望み通り既に人類は滅んで新しい時代が幕を開けていただろうな。我々は彼女の人間性に、或いは感謝すべきなのかもしれない」


 言いながら、アーディが持っていた端末を全員が見えるように机の上に置いた。細かい文字だらけだが、報告書らしい。流石にさっと読める文字量ではなかったからか、端末の持ち主から補足説明が入った。恐らくここからが本題なのだろう。


「先日、1区のメディカルセンターで起きた諸々の奇跡的な出来事の件だが。やはり、原因は解明できなかった。メディカルセンター設備の点検をシールド監修のもと行ったが不具合は検出されず。また、件の暴発した銃も設計的にミス等は見受けられなかった。シールド側が調査したので銃に関しては信頼が出来る」

「つまり寧子の異能によって現実が都合よく捻じ曲げられた、っていう先生の説が正しいって事か?」

「さてどうだろうか、結論を出すにはまだ検証が足りないな」

「1区に元々いたプシュケー製薬の派遣医は?」


 この派遣医・フレディはカルテ偽装の疑いがある。

 そういう意味を込めて問うたが、この件に関してはイデリナが調査を請け負っているようだ。


「フレディさんですけど、カルテの偽装はしていませんでした。が、最初の診断医が書いたカルテをずっと使いまわして更新を怠った経緯が明らかになりました」

「どういうことだよ……」

「シンクロ率が0%になる事象を計器の故障と判断し、しかし取り替えるのが面倒だったので申し出をしていませんでした。実際には計器は故障などしておらず、それが正しかった訳ですけど!」

「つまり――最初から0%で異常値だったはずなのに、80%という嘘を書いた医者が別にいるって訳か」

「その医者はもういません。ゲーアハルト医師でセラフから学校の保険医として派遣されていた方が最初に寧子ちゃんのカルテを作成しましたが、このカルテは……これは事故ですね」

「事故? 回りくどいな」

「いえ、文字通り事故に遭ったんです。彼は事故で命を落としたのでセラフ本社に生きて帰る事は叶わず、派遣先の学校の生徒さん達から調達したデータだけが本社へ後日届いたという訳です! ゲーアハルトさんはご高齢でカルテが手書きだったのがよくなかったですね」


 言いながら、恐らく人の手を使って撮られたカルテの写真を端末に写す。

 事故に遭ったと言いながらもそれなりに綺麗な保存状態だ。ただしこのカルテはカルテ束の中の一番上にあったのだろう。所々鮮血で汚れている。

 そう丁度――シンクロ率とその数値に関わる部分が、微妙に。ちょこっとだけ。


「ここからは私の推測にはなってしまいますが、ゲーアハルト医師は随分と急いで車を運転していたようです。そして、アルファベット順に並べられていたカルテの中で寧子ちゃんのカルテが一番上にあった――

 シンクロ率0%を見て、どうにか小さな子供を救いたい意志で急いで本社に戻ろうとしていたのではないでしょうか? 報告が必要だからカルテが一番上にあったんです」

「そんな事はどうだっていい。成程、血の染みの位置が絶妙だな。このままスキャナーに読み込ませれば自動読み取りによって80%に変換されなくもない。だが、これが一番上にあった時、俺ならスキャナーに無理矢理ぶち込んだりはしないな。手打ちに切り替える」

「ですよねー! なので、スキャンするまでの工程を今確認させています。もしかしたら――メディカルセンターの設備や拳銃の暴発みたいに、原因なんてないのかもしれませんけど」

「ともあれ、この事故が起きたおかげで0%という驚愕の事実に辿り着くまで数年ロスしたという訳か」


 黙って報告を聞いていたアーディが不意に口を開いた。


「そういえばその寧子は……1区から出るのを酷く嫌がっていたな。1区の入居条件にシンクロ率70%以上があるが――さて、5区なぞ作ったばかりに事故を『起こされた』のでなければいいが。彼女の機嫌を損ねないのであれば、1区にどの程度の拘りがあったのかを確かめてみたいものだ」


 イデリナは医者の好奇心にはっきりと拒否感を示した。ただしそれは、恐らく寧子を慮ってではないだろう。


「危険ですよ、先生。そういう刺激の強そうな質問は、もっと寧子ちゃんと親睦を深めてからにした方が良いです! そう、本当に先生が言う通りの異能力なら――寧子ちゃんが幸運を願ってくれるくらいの仲にならないと!」


 ――真理かもしれない。

 何も考えていなさそうな喧しい女を前に、妙に納得してしまった。

 この会話はここで終了だろう。時間は有限なので、ここに呼ばれた時に一応聞いておこうと思っていた問いを口にした。


「人員集めはどうなったんだよ、先生。アンタもいつまでも責任者なんてやっていられないだろうし、俺も子供のお守はもう飽きてきたが?」

「ふむ。ほとんど進んでいないな。一先ず第七人材特殊管理チームでチームを新設する手続きは終えた。チームになれば、適当な管理職を宛がってくれるだろうからそれに任せる」

「アンタ、研究以外に興味が無さすぎるだろ……」


 この取っ散らかったチームの管理者に任命されるであろう、哀れな子羊に合掌。流石に涙を禁じ得ない。


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