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8 逃走

 戦争を回避し、マリシラをダイロニアスの手から逃がすためには

 マリシラがハーン国をでてアースヴェルの王宮につくまでに、ハーン国とは関係のないものの手によって彼女を奪還しなくてはならない。

 国境を越えれば人質の護送はアースヴェルの軍に移譲され、その後に何かあってもハーン国の責任は問われない。

 だが王宮に着いてしまえば、警護が厳しくなるためマリシラを取り戻す機会はほぼ失われる。

 つまりその間にマリシラを奪い返して逃げるしかないのである。


「そのために護送団が賊に襲われたという偽装をしなくてはなりません」

 騎士を使えないとなれば、盗賊団を金で雇わなくてはならないが、

 王国の騎士団によって守られた馬車を襲うなどという無謀なことをしでかす盗賊団などまず存在しないだろう。

 盗賊にとっては、そんなことをしなくても国境を渡る裕福な商人を襲う方が実入りがいいし、商人が雇った護衛を相手にしたほうが軍の騎士を相手にするより命の危険も少ない。

 そこでエレイナはハーンの監獄に囚われている死刑囚を利用することを思いついた。


「彼らに恩赦を与えるといって盗賊団のふりをさせ、叔母様の馬車を襲わせます。どのみち死ぬ運命ならば少しでも助かる可能性に命を懸けるでしょう」

「ですが、そのようなならず者の集団を連れて国境を超えるのは無理でしょう」

「国境のデコイ金鉱山を使います」

「金鉱山を?どういうことです?」


 ハーン国とアースヴェル国の国境にまたがって存在するデコイ金鉱山は、お互い自国の領土にある場所しか採掘ができない決まりであったが

 その埋蔵量には偏りがあり、金鉱石が取れる量は圧倒的にハーン国側のほうが多かった。

 そのためアースヴェル側から掘り進んだ坑道を国境を越えてハーン国まで伸ばし盗掘するという行為があとをたたなかった。

「アースヴェル側からの違法な坑道を発見した箇所がいくつかあります。そこを利用して彼らをアースヴェル側に送り込みます」

「鉱夫の恰好をさせておけば疑われることもないでしょう」


 しかし死刑囚に恩赦を与え牢獄から連れ出すなど、ただの王女である自分には無理なことだった。

「そこで叔母様にお願いがあります。ダイロニアス王太子からの恋文はまだ手元に残してありますか?」

「ええ、何かあったときに証拠になるかもしれないとアシュレイが保管してあります。ですがそれを一体何に……」

「クレイ宰相にみてもらいましょう。死刑囚に恩赦をだせるのは王か彼くらいですから」



 翌日、マリシラは内密にクレイ公爵と話し合いの場を設けた。

「大変お気の毒ではありますが、公爵夫人にはアースヴェルに行っていただく以外、どうにもしようがありません」

 人質になりたくない、と泣きつかれるとでも思ったのだろうか、クレイ公爵はマリシラの顔をみるなりそう言い出した。

「それについては私も重々承知しております。まずはこれをご覧いただきたいのです」


 クレイ公爵はマリシラが差し出した手紙の束を怪訝な表情で受け取った。

「これは……?」

「アースヴェルの王太子から私宛てに届いたこれまでの手紙です。中身は見ていただければわかります」


 クレイ公爵は無言で手紙を一通抜き取り、目を通した。

「なんという……これはまるで……」

「ええ。アシュレイはこのために罠にかけられました。そして彼はもう、処刑されております」

「私はただの人質ではありません。アースヴェルにいけば王太子と結婚させられるでしょう。ですから、私が逃げるための協力を宰相閣下にお願いしたいのです。国に迷惑がかからないよう国境を越えてから逃げる計画をたてました」


 マリシラは死刑囚をつかい、護送団を襲わせる計画をクレイ公爵に話して聞かせた。

「しかし……これはあまりにも危険です。死刑囚が大人しくこちらの言うことを聞きますか?アースヴェルに入ったとたん逃げ出してしまうでしょう」

「彼らはエレイナ王女殿下に封印を施してもらいます。逃げ出せないように」


 クレイ公爵はマリシラの計画について考えた。この計画に乗って協力したとしても自分には大して利にならない。むしろ危ない橋を一緒に渡ってこれが失敗すれば自分が責任を負うことになる。


「わたしはこの計画には反対です。危険すぎます。協力はいたしかねます」


 ここまでは想定内だった。クレイ公爵が自分に危険がおよぶこのようなやり方に賛成するわけがない。

 そこでマリシラはエレイナの考えた切り札を持ち出した。


「よろしいのですか?私がアースヴェルの王太子と結婚すれば、いずれは子供が生まれるでしょう。その子供はアースヴェルと同時にハーンの神族の血を引くことになるのですよ?」


 クレイ公爵は一瞬間をおいて、顔から血の気が失われたように青ざめた。

 我が国で王位につけるものはハーン神の血を引く神族であること。たとえ他国で生まれようと関係ない。他国の王家に我が国の王位継承権を持つものが生まれてしまう。

 それはいずれ生まれてくるであろうエレイナ王女と我が息子アヴェンデルの子の王位を脅かすものになるかもしれない。


「わかりました……あなたに協力しましょう。公爵夫人」


 クレイ公爵はそう答えるしかなかった。








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