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4 クレイ公爵家

 マリシラがアシュレイと結婚し、王宮から去って半年が経とうとしていた。エレイナはその年の春に8歳の誕生日を迎えていた。


「王女殿下、クレイ宰相閣下が殿下に謁見を申し込んでおります」

 日課の剣術の稽古を終え、部屋に戻ったばかりのエレイナに侍女が声をかけた。

「王を通さず直接私に謁見を申し出るとは。まるで自分が王にでもなったと勘違いしているようだ」

 エレイナは手拭いで額の汗をぬぐいながらクレイ公爵からの手紙を侍女から受け取った。

 中身は見なくてもわかる。どうせ自分の息子アヴェンデル第一公子と庭の花でも愛でて、一緒に茶を飲めとでも書いてあるに違いない。

「空いてる時間は当分ない。断りを」

 王女は手紙を開けもせず侍女に突き返した。


 政務を宰相であるクレイ公爵に丸投げして、言われるがままに印をついているだけの父王は公爵にとって都合のいい傀儡(くぐつ)になり果てた。

 そしてその娘である王女も同じような人形でいてくれることを彼と彼の愛息は望んでいる。

 王女が彼にとって都合の悪い人間となれば王にあることないこと吹き込まれ、王の不興を買ってしまうことだろう。それだけは避けなくてはならない。

 つまりクレイ公爵と第一公子の前でエレイナは大人しくただニコニコとほほ笑むだけの人形を演じなくてはならない。

 しかし王女にはそんなくだらないことに時間を費やす暇はなかった。




「一体どうなっている。これで3度目だ」

 クレイ公爵は王宮の使者からの手紙を受け取り怒りを露わにした。

「いつも都合が悪いと言っては断りばかり入れてくる。私を馬鹿にしているのかあの娘」

「王女殿下はずっと王女宮にこもっておられて、人と関わりあうのが苦手なのでしょう」

 公爵家の豪華な執務室ではまだ12歳になったばかりの第一公子アヴェンデルが長椅子に腰かけ、分厚い哲学書を読んでいた。


「だが王女宮には勝手に入ることもできない上に、王女は本宮にはほとんど現れないのだから偶然を装って会うことすらできんのだぞ」

「構いませんよ。顔を見たからといってどうとなるものでもないでしょう」

 アヴェンデルは自分の結婚相手の顔などまるで興味がないといった様子だった。

「婚約に陛下が反対するとも思えませんし。王女殿下の意思など必要ないでしょう」


「そうだな。どうせ王女と結婚するのはお前なのだからな」

 公爵はアヴェンデルの言葉に少し落ち着きを取り戻した。


「そういえばカインティルはどこへ行った。もうすぐ王宮にいかねばならんというのに!いつまでたっても愚図な息子だ!」

 クレイ公爵は侍従に向かって二番目の息子をここへ連れてくるよう命じた。


 クレイ公爵家の第二公子カインティルは優秀な兄とは違い、不出来な子供だった。

 無口でいつも何かにおびえたような顔をして父親の顔色を窺い委縮していた。父親から毎日のように怒鳴られ、何かしくじるたびに体罰を与えられていた。

 頭の良くない彼を文官にすることをあきらめた父は、カインを騎士として王宮に出仕させることにした。

 そしてその日カインティルは見習い騎士として王宮騎士団へ配属されることになっていた。


「お……お待たせしました。父上」

 カインティルは執務室の扉の影に隠れるように顔を覗かせ、父親に声をかけた。

「カインティル、午後から騎士団に行くと言ってあっただろう!何をしていた!」

 クレイ公爵はカインティルのびくびくした様子に苛立ちながら声を荒げた。

「へ……部屋で父上がお出かけになるのを待ってました」

「お前は私が声をかけるまで自分から何もしようとしないのか!」

 カインティルは体を一瞬固まらせて無言で(うつむ)いた。

「もういい!早く馬車に乗れ!まったくお前は私をイライラさせる!」

 二人のやり取りを横目で眺めていたアヴェンデルは本を閉じ、項垂(うなだ)れたまま部屋からでていく情けない弟の後ろ姿に冷ややかな視線を()れた。





 王宮に入り門をいくつか抜けた先でクレイ公爵と第二公子は馬車を下り、石畳の道を歩いて騎士団のある建物へ向かった。

 王宮の庭はまるで広大な森の中のように草木が生い茂り、花壇には色とりどりの花が咲き誇っていた。

 無言で前を歩くクレイ公爵を追いかけ、早足で後を付いて歩いていたカインティルだったが、ふと彼の前を横切った美しい菫色の蝶に目を奪われた。

 菫色が空に溶けて見えなくなるまで目で追っていたその隙に、彼は父親の姿を見失ってしまった。


「ああ、また家に戻ったらお仕置きされてしまう」

 彼は半べそをかきながら、あわてて父を探しまわった。


 しばらくすると茂みのむこうからかすかに剣を打ち合わせる音が聞こえてきた。

 騎士団の訓練場だろうか……

 彼は音のする方向へ歩き出した。


 その瞬間、茂みの向こうから騎士が訓練で使う木剣が、彼の行く手を塞ぐように弧を描きながら目の前に落ちてきた。

 彼は驚いて歩みを止め、不安気に周囲を見渡した。そして腰を(かが)めると恐る恐るその木剣に手を伸ばした。






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