3 前夜
その年の秋、ハーン国ではマリシラとアシュレイの結婚式が執り行われた。
披露宴には国内の貴族や他国の王族が招待され、国中が久しぶりの祝い事に沸いた。
マリシラは結婚式の前夜、エレイナの部屋を訪ねた。
「皆下がりなさい」
いつになくきつい口調で彼女は自身と王女の侍女を部屋から下がらせた。
「エレイナ……いえ王女殿下。お話があります」
二人きりになった部屋で、マリシラはエレイナと向かい合って座った。
「今から話すことを決して忘れないよう常に心に留め置くように」
エレイナは普段の様子と違う厳しい顔の叔母にただならぬ気配を感じた。
「わかりました」
彼女は居住まいを正しマリシラの顔をまっすぐに見つめた。
「私は明日結婚式を終えたらローゼンタール公爵夫人となり、この城からでていきます。今までは私が王家の一員であったことであなたを守ることができました。ですがこれからはあなたを守る大人はこの城に誰もいなくなります。
護衛騎士や侍女や乳母ですら王の家臣であり、王に背いてまであなたを守ってはくれないでしょう」
「だからあなたはあなた自身が次の王であることを皆に示さなくてはならないのです。侮られることもなく、恐怖でしばることもなく彼らが自然と畏敬の念を抱くような存在になりなさい。
すでにあなたにはその素養があります。生まれてから今まで厳しい教育を施してきたのはそのためです」
エレイナは無言で頷いた。
「ユラニア王妃殿下が生きておられたら、もっとゆっくりと大人になることが許されたでしょうに。
幼いあなたにこんな過酷な運命を背負わせた私たちをどうか許してちょうだい」
「いいえ、叔母様。私が父から憎まれていることなどとうにわかっていました。叔母様がいてくださらなければ私は何もできない人形のように育っていたでしょう。叔母様のおっしゃる通り私はこの国の王になります。必ず」
この時エレイナは今までの無邪気な少女である自分を捨て、大人になる覚悟を決めた。