21 ミラー子爵
「こちらの方です。ミラー子爵」
マルグリテはそういうとスウェン家の離れの応接間にカインを案内した。
酒の抜けきっていないジョナサン・ミラー子爵は面倒そうに、部屋に入ってきた男を一瞥した。
「俺に会いたい客ってあんたか?一体誰なんだ?」
「初めまして、ミラー子爵。北方守護騎士団所属のカインティル・クレイと申します」
カインはそう言うと来客用の椅子に腰を下ろした。
ジョナサンは改めてまじまじと目の前に座った男の顔を見た。
「あんたがクレイ家の次男だって?大怪我して一昨日本邸に運ばれたって聞いたがどうみたってピンピンしてるじゃないか」
「今本邸で治療を受けているのは先日の盗賊団との戦闘で私が捕えた賊です。髪色が似ているので私の身代わりになってもらいました。
内密にあなたにお会いしてお話したいことがありましたが、兄の監視が厳しいものですからこのような手段を取らざるを得ませんでした」
「俺に一体なんの話があるっていうんだ。今度は俺を監獄送りにでもするつもりか?」
「ここから先の話はどうか私たち二人だけの秘密にしていただきたい。あなたのお父様とフォンリー家の名誉にかかわるお話です」
カインティルは神妙な面持ちでジョナサンに語りかけた。
「お前の父親が潰したうちの家の名誉が今更どうだっていうんだ!」
ジョナサンはいくら憎んでも憎みきれない仇の息子が目の前にいることに、忘れ去ったはずの怒りの感情が再び込み上げた。
カインは子爵が落ち着くのを待って再び話を切り出した。
「世間では私の兄が王家に婿入りするため、次男の私が公爵家の後を継ぐと考えられていましたが、私は父が兄を後継者にすることを知っていました。
なぜなら生前父が後継者だけに見せるクレイ家の金庫の中身を兄に見せていたからです」
「金庫の中にはあるものが隠されていました。それはフォンリー家に無実の罪を着せて陥れた証拠の書類です」
「どういうことだ……俺の父親が無実の罪で処刑されたっていうのか?!」
「その通りです。フォンリー公爵が有罪になった決め手は首都の有力貴族たちが証人として法廷で証言したことでした。しかし彼らは私の父であるクレイ公爵と裏で手を組んでいたのです」
「証拠書類というのは、彼らがお互いその時の秘密を洩らさないという誓いを交わした念書で、家門の印章も押されたものでした」
「ならば……それがあれば父の無実が……」
「そうです。そうなればフォンリー家を復興できます」
「でもなんであんたがそんなことを俺に教えるんだ?そんなことをすればクレイ家が逆に罪に問われることになる。あんたになんの得がある?」
「私があなたに協力して父の罪を暴いたことにしてもらえたら、罪に問われるのは亡くなった父とそしてその事実を知っていながら隠匿した現公爵の兄だけでしょう」
「……ははは!なるほど!それを利用して公爵家を兄から奪い取ろうってわけか!」
「わかっていただけましたか?」
「だがその書類をどうやって手に入れる?まさかあんたが公爵家に忍び込んでこっそり持ち出すわけにもいかないだろう」
「金庫には鍵がかかっていてその鍵は私の兄がどこかに隠していてその場所は兄本人しか知りません。それを手に入れるためには兄にしゃべってもらうしかないのです。
彼を拉致して無理にでも吐かせるしかないでしょう。そのために協力していただきたいのです」
「だが公爵家の当主を攫うなど、簡単にはいかないぞ。王家並みの護衛が常についているのだからな」
「ええ。ですが彼の警護が緩くなる時があるのです。彼には人目を忍んで通っている場所があるのですよ。王家の婚約者として決して人に知られてはならない場所が」
王女の婚約者でありながらアヴェンデルにはお気に入りの高級娼婦がおり、彼はその娼婦に会うため週に一度娼館へ通っていた。
その際には仰々しい護衛や人目につく紋章入りの馬車を使うわけにもいかず、最低限の警護で裏口から人目を避けこっそりと忍び込んでいた。
「わたしが人を雇って彼の拉致を依頼することも考えたのですが、兄は私に見張りを付けているので自由に動くこともままならないのです。
ですからミラー子爵にそれをお願いしたい。鍵を手に入れられれば兄が拘束されている間に私が書類を持ち出すことも可能でしょう」
「ですがこれが失敗すればお互い首が飛ぶことになります。よくお考えになったうえで結論をだしていただきたい」
カインはそういうと椅子から立ち上がり一礼して部屋をでた。
ジョナサンはカインが部屋を出て行ったあともその場に座ったまま彼の提案について考え続けていた。
確かにこれは危険な賭けだ。
しかしこのまま何もしなければこの先もずっと周囲から腫物のように扱われ、嘲笑され、ただ安物の酒を浴びるように飲み続けるだけの人生を送ることになる。
そんな人生に意味はあるのか。
我が公爵家の名誉を取り戻し、真の悪を排除することこそ自分に課せられた使命ではないのか。
彼の心はすでに決まっていた。
カインがスウェン辺境伯家に運び込まれてから2週間後、ジョナサン・ミラー子爵は北の辺境から首都に舞戻っていた。
彼はフォンリー家が首都で権勢を振っていた頃、違法賭博に手を出し地下の賭博場に頻繁に出入りしていた。
その頃の伝手を頼りに賭博場の経営者に繋ぎをとり、裏の仕事を引き受けているならず者の手配を頼んだ。
彼は王家に接収された元フォンリー公爵家の屋敷へこっそりと忍び込み、そこで雇った手下達が仕事を終えるのを待っていた。
ジョナサンとともに密かに首都に戻っていたカインは、彼らが兄の乗った馬車を襲う様子を陰から窺っていた。
裏路地に入った黒塗りの馬車を暴漢が襲い、二人の護衛は果敢に戦ったが、数で劣勢な彼らは敢え無く敗れた。
兄アヴェンデルが馬車から引きずりだされ、猿轡をされて連れ去られる様子を見ていた彼は、何とも言えない複雑な表情を浮かべその場を後にした。
「吐かないぞ」
カインが元フォンリー公爵邸へ入った途端、ジョナサンは彼に向って焦りの表情を見せた。
「お前の兄貴はなかなかしぶといな。そんな鍵なぞ知らんの一点張りで一向に口を割らん」
「彼は家門の名誉に関わることには少々頑ななところがありますから」
「このままだと計画が失敗に終わってしまう!何としても鍵の場所を吐かせなくては……」
「わかりました。では私が彼と話をしてみましょう。彼を助ける素振りを見せれば油断して口を割るかもしれませんから」
カインはそういうと重い足取りで屋敷の地下へと向かった。




