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2 エレイナ

挿絵(By みてみん)




 王家に新しい命が誕生するという、国中が喜びに満ちた日になるはずだったその日から王宮は重々しい雰囲気に包まれた。

 王は自室に籠り、まったく部屋から外に出ようとしなくなった。



 あの日、王女を取り上げた産婆が王妃の遺言を伝えたことで、王女はエレイナと名付けられた。


 王は乳母に抱かれたエレイナを一瞥すると

「これがユラニアを殺したか」

 と一言呟いただけだった。


 そして王は王妃を救えなかったとして産婆をその場で処刑した。


 その様子に王宮で働く者たちはみな王を恐れた。

 そして王に憎まれた王女に必要以上に関わることを恐れた。


 エレイナは王の目につかないよう西の外れの離宮へ連れていかれた。


 王女が生まれて三か月たったころ、西の離宮にある一人の少女が訪れた。

 美しい金色の髪と瞳をもつまだあどけなさを残したその少女は、ハーン国王カイロンの年の離れた妹であり、エレイナの叔母であるマリシラ・ハーンだった。


 彼女は薄暗い離宮のエレイナの部屋に突然現れた。

「どういうことなの?一国の王女がこんな何もない暗い部屋に閉じ込められているなんて」


「マリシラ殿下、此方(こちら)に来てはなりません」

 マリシラの侍女が部屋からでるように促したが、マリシラは意に介さず部屋の中へ足早に進み小さなベッドに寝かされた赤ん坊を上から見下ろした。

「この子は私が育てるわ。王女宮に連れてきて。乳母も一緒に」


「どういうおつもりですか?殿下はまだ10歳ですよ!子を育てるというのはままごとではありません。お戯れはおやめください」

 侍女はこの気まぐれな姫の思い付きをどうにか(いさ)めようとした。


「このままじゃこの子はただ生きてるだけで何もできなくなってしまうわ。この国の後継者なのだから、それに見合った育て方をするだけよ。

 他のみなが陛下を怖がって何もしないから私がするのよ。私がだめならお前が代わりに育てる?」


 侍女は説得をあきらめるしかなかった。



 カイロン王の妹マリシラは、まだ10歳という年齢ではあったが、美しく聡明な少女だった。

 彼らの父である先王は神の血を引く神族で、彼はマリシラが生まれて間もなく神の召命によって天上界へ呼ばれた。

 神の血をひく神族は17歳の成人を迎えると青年に成長し、そこから30歳まではほとんど外見が変わらない。

 しかし30歳をすぎると体が徐々に衰えはじめ、45歳になる頃には神からの啓示を受け神殿へと向かい、そこで人の身体を捨て、魂のみが天上界へ向かうと言われていた。

 彼らの母である先王妃は先王の死後4年でこの世を去ったが人間の身であったため、天上界へ行くことは許されず、王家の墓地へ埋葬された。


 幼くして両親を亡くしていたマリシラはエレイナに自分の姿を重ねていた。

 しかし自分はいずれ成人して結婚すればここから去っていく身。

 この子にはそれまでにこの国を支えるだけの力をつけさせなくてはならない。

 王妃を失って三月(みつき)が経とうというのに、国を顧みずいまだに部屋で(ほう)けているあの腑抜けた兄を当てにすることはできない。


 そうして彼女は優秀な人材を集め、エレイナにあらゆる学問、教養、帝王学を身に着けさせた。


 エレイナは叔母マリシラによって明るく利発な子に育った。

 幼いころの叔母によく似た愛らしい外見で、無邪気に王女宮の庭を駆け回るその姿は見るもの全てを魅了した。

 彼女が7歳になるころにはようやく国王カイロンも政務に戻っていたが、何事にも無気力なままで、宰相であるクレイ公爵に言われるがままになっていた。

 そして彼がエレイナを気にかけることは一度もなかった。


「マリシラ叔母様、今日はアシュレイ公がお見えでしょ?」

 バラの花が咲き誇る王女宮の中庭でエレイナはマリシラに話しかけた。マリシラは成人を迎え美しい17歳の女性に成長していた。

「よく覚えていましたね、エレイナ」

「だって叔母様が青いドレスなんですもの。アシュレイ公の瞳と同じ色の」

 いつもはクリームや白のドレスを好んで着ているマリシラだが、彼女の幼馴染で婚約者のアシュレイ・ローゼンタール公爵との月に一度の顔合わせの時だけは青いドレスを選んでいた。

「いつも青色のドレスを着ればいいのに」

「まあ、エレイナ。大人をからかうなんて」

 マリシラは少し頬を赤らめてエレイナにはにかんだような笑顔を向けた。



 その時二人の前にバラのアーチをくぐって深い栗色の髪と青い瞳の凛々しい青年が現れた。

「お姫様方、ご機嫌はいかがですか?」


「アシュレイ公!」

「アシュレイ、ごきげんよう」


 エレイナはアシュレイを見ると、満面の笑みを浮かべ彼に駆け寄り足元に抱き着いた。

 彼女はこの溌溂として気性のさっぱりとした叔母の婚約者が大好きだった。

 彼もまた、天真爛漫でありながらも年に見合わない聡明さを持ったこの小さな王女をとても気に入っていた。



「私と叔母様、東屋に行く途中だったの。アシュレイ公も今日は庭でお茶にしましょう?」

「ぜひ喜んで。お招きに預かり光栄です、王女殿下」

 二人は顔を見合わせにこりと笑い合った。

 エレイナはアシュレイの手を引いて、マリシラとともに小道の先に見える東屋へ向かった。


「そういえば、先ほどここへ来る途中にクレイ公爵にお会いしたよ。公子をお連れだった」

 アシュレイはエレイナに手を引かれながら後ろを振り返りマリシラに話しかけた。

「私も何度かお見掛けしました。あの方、第一公子をとてもかわいがっておられるようね。まだ小さいのにとても優秀なお子様なのですって」

「エレイナ王女殿下より4つ上と聞いたけれど」

「そう、もうすっかりその気になっているようだわ」


 クレイ公爵はエレイナ王女の結婚相手に自分の息子を宛てがおうと、今から息子の存在を周囲に示して牽制しているのだ。

「第一公子を婿に出したら公爵家はどうするのだろうね」

「クレイ家には公子がお二人いらっしゃるわ。第二公子は公爵がいうには大人しくて家から出たがらないそうよ」

「そうなのか。まったく話にのぼらないのでてっきり子供はお一人なのかと思っていたよ」


「私はどちらの公子もよく存じ上げないのだけれど、エレイナはあまりあの家と関わってほしくないわ」

 マリシラはクレイ公爵家に理由のわからない漠然とした不安を感じていた。

 もうすぐ自分はアシュレイと結婚してこの王宮を出ていかなくてはならない。


 王宮で孤立するエレイナに、王族の次に力をもつクレイ公爵家の後ろ盾ができるならば彼女にとっても悪くない結婚相手だ。

 しかしマリシラはあのクレイ公爵の人を見下すような薄ら笑いの作り笑顔がどうにも気に入らなかった。

 貴族社会では本音を隠し、嫌いな相手に笑顔で話しかけることは誰もがやる処世術だ。

 とりたてて嫌悪することでもないはず……自分でもわかってはいるのにあの笑顔にはそれ以上になにか人をゾッとさせるものがある。

 そこに自分以外誰も気づいていないという事実にも何か得体のしれないものを感じていた。


「きゃあ!すごい風!」


 突然の突風にエレイナが声を上げた。

 春先の強い風が中庭を通り抜け、木々を激しく揺らした。

 一瞬むせかえるようなバラの香りが漂い、花びらが空高く舞いあがった。

「風が強くなってきたわ。嵐にならなければいいのだけれど」

 マリシラは不安気にそうつぶやいた。










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