13 レイナード
エレイナがロスコー子爵家に到着したとき、邸は重苦しい雰囲気に包まれていた。
彼女は挨拶もせず、使用人が扉を開けたとたん屋敷の中へ押し入り、叔母を探した。
「叔母様!どこですか?!返事をしてください!マリシラ叔母様!」
走りながら廊下を進むとそこに1人の年老いた夫人が沈痛な面持ちで立っていた。
「王女殿下……こちらです」
いや、まさかそんなわけがない……
エレイナは夫人が示した部屋の中へと、足の震えを抑えながら進んだ。
暗い部屋の中には、大きなベッドに小さな男の子が横たわっていた。
彼はすでに事切れて、その体にはなんの力も感じられなかった。
エレイナは傍に駆け寄るとその小さな体に両手を当てた。彼女は彼に癒しの力を使ったが、それは空しく彼の身体をすり抜けた。
「殿下、おやめください……神の力は自然の理に反することはできません」
彼女についてきた護衛騎士がそういうと、エレイナはようやく手をとめた。
治癒の力は本来人が持つ自己修復の力を強めているだけにすぎない。だから怪我や病気を治すことができても、死者を生き返らせることはできない。
それは神の定めた自然の理に反することになるからだ。
「叔母様は、攫われたのですね……」
彼女は小さな手を握りしめながら子爵夫人にそう尋ねた。
「お許しください。私が一緒にいながら……異変に気付くことすらできませんでした……」
「いいえ、こちらの事情に巻き込んだのは私です。夫人には何の責任もありません」
彼女はそういうと血の気のない子供の真白な頬を優しく撫でた。
「この子の名前は……?」
エレイナはマリシラに子供が産まれたという報告を侍女から受けた際、あえて名前を聞いていなかった。
名前を知ればきっと情が沸いて我慢できずに会いに行ってしまいたくなる……そんな気持ちを抱かないようずっと名前を聞かないままだった。
「レイナードです。マリシラ夫人はレイとお呼びでした……」
「レイナード・ローゼンタール……」
エレイナはそうつぶやくと力ないその小さな体を抱きしめてただ一筋涙を流した。




