12 死
アヴェンデル公子との婚約から4年が経ち、エレイナは14歳となりそれまでの日々を忙しく過ごしていた。
時折侍女からマリシラの様子が報告され、子爵家に身を寄せた次の年に男の子が生まれたという知らせを受けていた。
私が王になれば神器レガリアの加護が受けられる。
3つの加護を持てば六神国で最強の王となれる。そうなればアースヴェルの王太子がたとえ王位についたとしても我が国に手をだすことはできない。
その時がくれば必ず叔母様と彼女の息子を王宮へ呼び戻してみせる。
彼女はただそれだけを目標に生きていた。
しかしある日の夕刻、午後の散歩に王女宮の庭を歩いていたエレイナは突然身体に小さな衝撃を感じた。
同時に自分の神力が途切れたことを感じ取った。
封印が破られた……!
「私の馬を……いや、一番早い馬に鞍を付けろ!早く!」
彼女は護衛騎士にそう告げると、急いで自室へ向かい、ドレスを脱ぎ捨てローブを身に着けると剣を腰に差した。
「外にでる。護衛は二人ついてこい。馬を裏門へ回せ。他は私の不在をできる限り隠せ」
「殿下、どこへ行くおつもりですか!?もう日が暮れて……」
侍女があわてて彼女を引き留めようとしたが、王女の真っ青な顔を見て口をつぐんだ。
南部の子爵家までは馬で1日半かかる……叔母様どうかご無事で……
馬を走らせながらエレイナは何度も頭から最悪な想像を追い出そうとした。
エレイナが王宮を出る少し前、マリシラと彼女の息子は世話になっているロスコー子爵夫人と南部の子爵邸の庭でくつろいでいた。
このロスコー家は跡継ぎがおらず、前ロスコー子爵が病気で亡くなってからは、年老いた子爵夫人が一人、召使い数人とひっそりと暮らしていた。
そこでマリシラは娘のように可愛がられ、生まれた彼女の息子は孤独な子爵夫人の心を癒した。
「風が冷たくなってきましたね。もう邸へ入りましょう」
ロスコー夫人がそういうとマリシラは頷いた。
「夫人は先にお入りください。私はあの子を連れて戻ります」
そういうとマリシラは庭の小道を息子の名前を呼びながら進んだ。
「一体どこにいるの?もう中に……」
生垣を曲がりその先へ目をやると、彼女の目の前に黒いローブを羽織った見知らぬ若者が、彼女の幼い息子とともに立っていた。
「見つけた。あなた、封印されてますね」
若者はそういうとマリシラに向かって手を伸ばし、彼女に触れた。その途端彼女は意識を失いその場に倒れこんだ。
「よくやったヨシュア」
アースヴェルの王太子ダイロニアスは目の前の光景に恍惚の表情を浮かべていた。
長い間追い求めてきた彼女が、私の目の前に横たわっている。
とうとう手に入れた。私の元へ、彼女にふさわしい場所へようやくやってきた。
「ありがとうございます。お役に立てて何よりです」
ヨシュアと呼ばれたその若者はダイロニアスに褒められ、とても嬉しそうにはにかんだ笑みをみせた。
「その子供はなんだ?」
ダイロニアスはヨシュアの影に倒れていた子供に気づいた。
ヨシュアは足元に目をやり膝をついてその子供の髪についた草を払った。
「彼にも弱いものですが封印がされていました。金髪金眼でしたから彼女のご子息ではないかと。騒がれるといけませんのでこの子も眠らせました」
ダイロニアスは芝生に横たわるその子供を凝視した。
なんだこれは……彼女に子供ができていた?!
そんなことはあってはならない……私以外の男との間に子供を作るなどあってはならない……
「年は5才といってましたから、お二人が引き離されたときにはお腹にいらしたのですね」
ヨシュアはそういうとその小さな子供を抱き上げようとした。
「あの忌々しい男の子供か……!!」
ダイロニアスはそういうと、突然剣を抜き躊躇なくその幼い子供の心臓に突き立てた。
「ダ……ダイロニアス様?……何を……?!」
ヨシュアは目の前で起こった出来事が信じられないといった様子で茫然と立ちすくんだ。
ダイロニアスは血まみれになった剣を放り投げると、意識を失ったマリシラを抱き上げた。
「家主に気づかれる前に馬車に戻る。早く来い」
「これは……一体どういうことですか?!なぜこんな……惨いことを!」
ヨシュアは体を震わせて血まみれになった小さな男の子を抱き上げようとした。
「私に必要なのは彼女だけだ。子供はそこへ置いていけ。連れてくれば母親の前で崖に投げ捨てる」
「行きません!こんなことのために僕は彼女を探していたわけじゃない!」
「隷属の契約を忘れたか?お前は私の命令を聞くしかない。今のお前は自分の命すら私の命なしに断つことができない」
ヨシュアはその言葉にただ従うしかなかった。




