プロローグ:王国の危機
私はこの国を救いたい、しかし、自らの手で救えないのがなんとも悔しい。何故なら…。そう思惑していると一つの声が聞こえた。
「ゲスタ様。御命令なされた任務、滞りなく完了致しました。」
手練れの暗殺屋は跪き、そう私に告げる。
「ありがとう、そこのテーブルに報酬が置いてあるから、帰っていいぞ。」
暗殺屋は「はっ」とだけ言い暗闇に消えていった。
今回の召喚者も失敗に終わってしまった。
もうこの国には時間が残されていないというのに、どうしてどいつもこいつも、自らに全ての国権を合する法を布告しようとし、また国一番の女達を集めハーレムを作ろうとするのだ。全てを君に任せるとは言ったが、好き勝手していいと誰が許したか。
これで三人目だ、国父が崩御されてからもう十二年も経つというのだぞ。この十二年の間に召喚者どもが眩いほどの政治手腕を見せ国内国外の情勢を回復させていたら好かったものの、全員役に立たず、それどころか民からの信任すら失い、今にも内乱するかという様相を呈している。
数年前までこれを軍が抑えプロパガンダをばら撒く役に徹していたが、今ではその軍がこの王国政府に対し反乱の兆候を見せている。
もはや手元には王国に命を捧げると誓った近衛師団しか残っていない、ただ、近衛師団で軍に対抗できるかと問われたとて、私は「彼の忠誠心を信じる」としか答えるしかないのだが。
あれこれ考えていると勝手に重い溜息が出た。すると傍に控えていた執事がこのように言った。
「何か悩み事でも。お顔もしかめ面になっていますよ。」
しまった。私は表情に出ない性向だと思っていたのだが、直ぐに表情を真顔に変え執事を安心させようとする。
「大丈夫だ。最近健康に気を使っていてな、身体の動かしすぎで疲れていただけだ。」
「僭越ながら宰相様、あまり下手な嘘はつかない方がいいと存じます。国王のことについて悩んでらされたのでしょう?」
下手な嘘とはなんだ、あまりにも失礼すぎるだろう。それはそうとこの執事は読心術でも会得しているのか? 確かにそうだが、と受け答える。
「宰相様、確かに我が国には国王選定のタイムリミットが迫ってきています。その上、三度の国王候補召喚の影響で国民は評議廷への信頼をうしないつつあります、しかし宰相様、まだ希望を捨てる時ではありません。我が国には、最後の国王候補召喚のチャンスがあります。」
そうか、まだあやつらへの返事の期限はまだ一か月もある。召喚は遅くても五日以内に終了する、だとすると、国王候補が命をこなすのにも十分時間があるはずだ。
一か月「しかない」ではなく一か月「もある」のだ。そう考えると心に余裕が生まれてきた。後の一人に賭けるしかない、もし失敗した時…。いや、考えるのはよそう。
「我らは三度とこの蜘蛛の糸を辿り、国を正しき道へ導こうとしたが、それらはどれもふつりふつりと切れていった。しかしまだ糸は一本残っている。この一本がある限り王国の未来は、希望は途絶えてはおらん! 早速、魔術師を呼び召喚室にて儀式を取り行うのだ!」
「承知。」
執事は短かな言の葉の中に任務への重い責任を内包した返答を言い残し執務室の外に駆けていった。頼むから今回こそは成功してくれ…。ゲスタはそう強く神に願いつつ、国の将来にかけての安寧を祈った。