9話 その4
私はそう決心したところで、ずっと私に触れてきているアヴィさんにそれをやめるように言います。
「あの、もうそろそろやめてもらっていいですか? 私は玩具じゃないですよ?」
「そんな……ひどいですよ主様! 我はそんなつもりで触っていたわけではありません!!」
「ならどういうつもりだったんですか?」
「それはもちろん愛です! 無限で絶対の愛の心を持って、可愛い可愛い主様に触っていたんです!!」
……? 何を言ってるんでしょう。
私が疑問を抱いていると、先生お二人が教室に入ってきました。すると、教室全体は授業への心向けを整え始めます。多分こうしたところは、流石に王族貴族の通う学院という感じなのでしょうね。私は他の学校には通ったことがないので予想でしかありませんけど、ここまで全員のやる気があるのは珍しい方だと思います。私が勝手に納得していると、いつものようにコスタンティーノ先生がお話を始めました。
「皆さんおはようございます。今日は昨日も言いましたが、剣術大会の参加希望者が規定人数を超えてしまったため、放課後に人数を絞るための選抜試験を行います。剣術大会と魔法大会の本戦参加者は明後日の朝に各国一斉に発表となります。誰が誰と当たるかなども分かるのでそのつもりでいてください。……今日の放課後、参加希望者が教室に残るのはもちろんですが、応援したい方や見学したい方も残って構いませんからね」
私たちが十分理解していることを確認すると、コスタンティーノ先生はそのまま授業を開始しました。
〇
今日はいつもよりも授業が長く感じました。理由はもしかしたら朝ごはんを食べていなかったからかもしれないと二限目の授業からずっと思いっぱなしで、それ以降の授業にはあまり集中できませんでしたが、それもようやく終わりです。……それもそのはず、お昼ごはんの時間になったからです。私はいつも通りアヴィさんと一緒に食べるつもりです。
「今日はどうしますか? 私は朝ごはんを食べてないので、それを食べようと思いますが……アヴィさんはどうするんですか?」
私がそう聞いてみると、アヴィさんは元気に答えてくれます。
「我は主様を食べます!!」
「……ん?」
私が意味が分からず困惑していると、アヴィさんは「冗談ですよ? 主様!」とニコニコして直ぐに言葉を続けます。
「我は朝余分に作っておいたのがあるのでそれを食べます! 今日はどこで食べますか?」
「えと、今日は教室でいいですか? 昨日のシンさんのこともあって、事情を知らない方がいる場所だと中々落ち着けそうにありませんから」
私がそう言うと、アヴィさんは「分かりました! ならそうしましょう!」と快く受け入れてくれました。……ということなので、私は収納魔法を使い食べてなかった朝ごはんを出します。食べ物を保存するために張られた結界魔法を手で触れて解除して、早速ごはんを食べ始めました。
今日アヴィさんが焼いてくれたパンはブリオッシュのようです。控えめなバターと持ち前の柔らかさが口の中に広がり、幸せな気分が体全体をとても優しく包み込んでくれます。
「主様はホントにパンが大好きですね!!」
アヴィさんはそう言いながら嬉しそうにします。どうやら私は美味しさのあまり顔に出ていたようです。ただまあ、これだけ美味しければそうなってしまうのも仕方ありませんね。因みにアヴィさんはパニーニを食べているようです。チーズやお肉、新鮮な野菜と卵を挟み、特製のソースまで掛けられているようです。それも美味しそうですが、今回は我慢しておきましょう。
「アヴィさんのも一口食べていいですか?」
私はよく分かりませんが、気付かないうちにそんなことを言っていました。どうやら私の理性は美味しそうな食べ物を前にして簡単に負けてしまったようです。アヴィさんはそんな私のお願いを聞き入れてくれます。
「もちろん良いですよ! そんなに食べたいなら全部食べてもいいくらいです!!」
「ホントですか? ありがとうございます」
私はそう言ってもらえたこともあって、ホントに全部食べようかと思いましたが、流石にそれはやめておきました。アヴィさんのお昼ごはんが無くなりますからね。……私は半分食べたあと、パンをアヴィさんに返してからノエルさんたちのことを質問してみました。
「朝のことですけど、アヴィさんとシエラさんは裏で繋がっていたんですよね? お二人はいつお話をしたんですか?」
アヴィさんは一瞬キョトンとすると、直ぐに首を横に振ります。
「違いますよ、主様!」
「何が違うんですか?」
私がそう聞き返すと、アヴィさんは「秘密です!」と嬉しそうにして私の頭を撫でてきました。
……何が秘密ですか。アヴィさんは秘密と言えば私がこれ以上踏み込んでこないと思って安心しきっているようです。……たしかに私も結局これ以上は踏み込みませんが、毎回秘密で終わりにされては困ります。
とりあえず私は、頭を撫でてきているアヴィさんの手をバシッと叩き落とします。
「痛いです! 我にこんなことするなんて急にどうしたんですか!? 主様!」
アヴィさんはそう言いながら私が叩いたところを抑えてますが、まったく赤くなったりしてません。そもそも私が痛くないのだからアヴィさんが痛いわけないのです。嘘はいけませんね。……私はふんっとそっぽを向いてアヴィさんに返事をしました。
「私に聞かないで自分で考えてください」
「そんなひどいこと言わないでください! 我は主様と一緒がいいんです!」
何を言ってるんでしょうか。別に今は一緒にいるじゃないですか。
私はとりあえずご飯を食べ終えるまでは、そんな適当なことを言うアヴィさんを無視しておきました。
それから少し経って、アヴィさんも落ち込んでいるようなので、許してあげることにしました。
「アヴィさん? もういいですよ。そんなに落ち込まないで元気を出してください」
私のその言葉を聞くと、アヴィさんは「ホントですか!? なら元気になります!」と落ち込んでいたのが嘘のように一瞬にして元気になりました。……というか、ホントに嘘だったのかもしれません。そして、アヴィさんは何も無かったかのように別のお話を始めます。
「そろそろまた、主様と一緒にお出かけがしたいです!」
「そうですか?」
「もちろんです! 今日明日は放課後に大会の試験があるので、明後日なんかはどうですか?」
……うーん、どうしましょう。もし大会に参加することが決まったら、その日はおそらく師匠たちへの報告書を再び出しに行くと思うので、一応断っておいた方がいいですよね。
私はそう思ったので、一度保留にすることにしました。
「明後日はまだどうなるのか分からないので、とりあえずまた後日決めるでいいですか?」
「分かりました! 楽しみにしてますね!」
「私も楽しみです。……ただ、私お金は持ってないので、何かお買い物するのは厳しいですからね」
私がそう言うと、アヴィさんは露骨にうんざりします。
「主様……。前にも言いましたが、金は全て我が出します! だから何も気にしないで我とのデートを楽しんでください!!」
……えぇと、どうしてデートなんでしょうか? デートって言うとお付き合いしている男性と女性がお出掛けすることですよね? 今回の場合はどれにも掠りすらしません……。ですが、アヴィさんにそれを言ってもあんまり理解してもらえない気がするので言わないでおきましょう。