65話 その8
あまりに一瞬のことで転移魔法や回復魔法を使う時間はもう残っていませんし、もはや私にはどうすることもできないみたいです……。
それでも諦めずに理の流れに集中すると、私は今迫ってきている魔法の性質を調べました。どうやら……好きに可変できる光線を飛ばし、それが触れた箇所を消滅させる魔法のようです。ただ、既に数千を超えるその光線が私に向かって放たれているので、それを躱す方法は――。
「――刻印魔法」
聞き覚えのある声が私の耳に届いた瞬間、体から熱が消えて手や首の傷などが完治していました。そしてなぜか、私の視界に映る景色が変わり、シャルルさんの顔が映ります。
「ユノさん、ここは僕に任せてください」
そう言って微笑むと、シャルルさんは私の体を優しく地面に下ろしてくれました。そして、静かにこちらを見つめる女性の方に歩き出します。
「これは……見逃せませんね」
シャルルさんがそう口にした瞬間、この場を……奇妙で歪な気配が包みました。……シャルルさんなので嫌ではありませんけど、肌を冷たく焼かれるような気分です……。
「空の天秤は契約に従っているんだ。君にも近いうちにね……。黄昏魔法」
なんとなく会話のできていない感じのまま、瞬間的に無数の金色の光が放たれると、それがシャルルさんの体に触れる直前で、周囲へ捻じ曲がるように消えました。そしてその直後に、女性の体に不思議な印のようなものが浮かび上がり、一瞬にして女性の胸を大きく穿ちます。
理に集中していたのでなんとか目で追えましたけど、それでもやっとの速度なので、私は再び『終天剣エイル』を呼び戻して手に握ると、天剣の奥義をシャルルさんに使って身体を超越させるのです。
シャルルさんは「もう終わりです」と口にする一方で、血を吐いて吹き飛ぶ女性は、軽く空中で身を翻してシャルルさんのことを見据えると、空から謎の杖を無数に降らせつつ、手に一つの魔剣を握りました。なにをするのか分かりませんけど、謎の杖は私の方にも降り注いできているので、私はひとまず女性のことをシャルルさんに任せて、杖の処理を始めます。
魔剣に魔力を流して天剣を使おうとすると、なぜか私の周りにまた不思議な印……刻印が展開されて、その杖を消滅させていくのです。……ただ、この刻印には見覚えがあります。
……その、まさか……違いますよね……。シャルルさんが、そんなはずありません……。
微かな想いを胸にシャルルさんの方を見てみると、ちょうどその瞬間に女性が地面に倒れて、穏やかな雰囲気に戻ったシャルルさんが私の方を向いてきました。
「ユノさん、もう大丈夫です。彼女には少し眠ってもらいました」
「……そうですか」
ひとまずそう答えると、私は周囲を確認してから魔剣を仕舞い、シャルルさんの元に近付いてみます。……でも、聞きたいことがたくさんあります。
「……シャルルさん、助けてくれてありがとうございます。……あの、どういうことですか?」
正直、三人目の方は今の私ではまったく勝てないような強さでした。……もしかしたら、勇者として成長中のセシリアさんよりも強いのかもしれません。……そんな強さの方を、シャルルさんは私のことを守りながら簡単に倒してしまったのです。……間違いなく、なにかあるはずです。……それに、あの刻印の力と、あの歪な感じは……。
そんな私の気持ちを汲み取ってくれたように、シャルルさんは少し肩をすくめながら答えてくれます。
「ユノさんにはちょうど今日、このことを話すつもりでした」
シャルルさんがそう言うと、突然ユッカさんの気配が現れて、私たちの元に歩いてきました。
「ごめんなさいね、ユノさん。奇妙なことが起きたから、しばらく様子を見ていたの」
「……? えと、ユッカさん?」
「話したいことは多いけど……まずは、今この場を見ている教師たちがいないことを保証しておくわ」
「……それは、魔法具を止めたということですか?」
「ええ、そうよ。ユノさんも少し違和感を持ったんじゃないかしら」
……そういえば、そうでしたね。セスオさんが動き出した時に、少しだけ魔法の気配を感じたのです。……ということは、その時からユッカさんはどこからか見ていたんですね。
小さく頷く私に、ユッカさんは言葉を続けます。
「今からユノさんに、私たちの秘密を話すわ。グラントさんの刻印魔法を見て薄々気付いているのでしょうけど、私たちは『神体クフィル聖教』の幹部……乃至は監督役という感じなの」
「そうですね。残念ですが、ユノさんの命を狙う組織の一員ということです」
そう口にするお二人の瞳を見ていると、なんだか胸が苦しくなります。
……どうして、……どうして、お二人が……『教団』の方なんですか……? たくさんの人を、平気で殺すような方ではないはずです。……それなのに、どうしてですか……。
「……ユッカさん、シャルルさん。……お二人は……」
「騙していてごめんなさいね。このことは全て隠し通すつもりだったけど、学院にいる組織の人間が全員退学になったことで、上から私たち監督役にもユノさんを殺すように命令が来たの。私もグラントさんも、その命令に従う気はないから、私たちが殺される前に話しておこうと思ったのよ」
そう言うユッカさんは、優しく私の頭を撫でてきます。そんなことは初めてで、ユッカさんの穏やかな気持ちがたくさん伝わってきて……余計に胸が苦しくなります。
「……お二人は……どうして……」
「ふふっ、ユノさん。なにも気にしないでください。僕たちはこれまでに、多くの罪を犯しました。僕たちが組織に入ったことで、数万人の犠牲者が出たのは変わらない事実です。……ユノさんは、僕たちにどうして欲しいですか? 過去の罪を告白するのも、この場で自害するのも、全て貴女の望むようにしますよ」
「グラントさん? そんなことを言うのは非情だわ。ユノさんだけに押し付けるのは――」
「……どうして、そんなことを言うんですか……」
「ほら言ったじゃない。優しいユノさんが私たちの死を、そんな簡単に望むわけないでしょう」
「……そうみたいですね」
なんだかお二人は勝手に違うことをお話しているみたいですけど、私は涙を拭って気持ちを強く持ち直すと、少し呼吸を落ち着かせてから質問してみるのです。
「……あの、ユッカさん、シャルルさん。……お二人はどうして『教団』に入ったんですか?」
「……それを話すのなら、ユノさんが『神体クフィル聖教』についてどこまで知っているのか教えてもらう必要があるわ。たしか、ブルクハルトさんやラミレスさんから勧誘は受けていたのよね。組織のなにを聞いたの?」
「……その、統括者であるフォティニアさんが、創造神ということです。そして、組織に入団するのがフォティニアさんと同じ神にしてもらうためだと聞いてます」
「……そういうことね。ならまず言っておくけど、私たちは別に神になりたくて組織に入ったわけではないわ。……私の入団目的は単純で、当時八歳だった頃にノエルとシエラと一緒に事件に巻き込まれて、犯罪組織の一味に二人が殺されそうになったの。その時は私も片目と下半身、内蔵の一部を失うだけでどうにか守れたけど、自分自身の非力さを嫌という程痛感したわ。もしあと僅かに力が足りなくて二人が殺されていたら、きっとより悲惨なことになっていたでしょうね。……まあそんなことがあった後、一年ほど経ったある日に偶然……フォティニアさんから誘いを受けて、この組織に入ることになったの。それから学院入学が近付くまでは具体的な命令もなかったわね」
「……そう、なんですね……」
……ユッカさんは、ノエルさんとシエラさんを守りたくて、『教団』に入ったんですか。……大切な方を守りたくてというのは、私も分かる気がします。……もしリタさんを守る方法がそれしかないのなら、私もきっとそうしていました……。




