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序章 その8

 ――今から十二年前。



 アルスティナ帝国辺境地、ティレニアという場所の三番難民キャンプに私たち家族は暮らしていました。

 当時私は四歳で、妹のリタさんは三歳でした。



「ねーえ、お母さん! みて!! おみず、もらってきたよ!!」


 私がそう言うと、リタさんも負けじと言います。


「リタも!! リタもね、ごはん、たくさんもらってきたの!!」


 そんな私たちに対して、お母さんは優しく微笑みながら答えます。


「あらあら。こんなに頂いちゃって。……二人共ありがとう。怪我は無い? 大丈夫だった?」

「うん! お母さんにって、たくさんくれたの。はやくびょうき、なおるといいねっていってたよ」

「そうなの? なら頑張って早く病気を治さなきゃいけないわね」


 そう言いながら私のことを撫でてくれました。



 お母さんは私が生まれる前から病気で体が弱く、ベッドで横になっていることが多かったです。

 当時の私は分かっていませんでしたが、お母さんは『遺伝性(しん)神経障害』という奇病で、遺伝子の異常によって全身の神経が麻痺していたようです。それでも活動できていたのは魔法の才能が非常に優れていたからでしょう。



「おかあさん、これたべていい?」


 リタさんは貰ってきたごはんを持ってそう言います。


「ええ、リタ。食べていいわよ。でもその前に、お父さんを呼んできてもらえる?」

「うん! よんでくる!」


 リタさんはそう元気に答えると、直ぐにテントの外に走っていきました。


「ユノ、あなたもリタに付いて行ってちょうだい?」

「わかった! ……ねえ、お母さん」

「どうしたの?」

「あのね、お母さんのびょうき、ほんとによくなる?」

「……ええ。直ぐには無理でも、必ず良くなるわ。だから心配しなくても大丈夫よ」

「ほんとに? ほんとのほんとに?」

「ええ。ホントのホントによ」


 お母さんはそう言い、優しく微笑みます。


「わかった! いってくるね!!」


 安心した私はリタさんを追いお父さんのところに向かいました。



 お父さんはいつも、近くのテントで他の大人の方と一緒にキャンプ内外に関する様々なお仕事をしていました。

 この日もいつも通り、お父さんはそこでお仕事をしていました。



「おとうさん! おかあさんがよんでた!」


 リタさんがそう言うと、お父さんは「リタ、少し待ってね」と答え、他の方に何かを伝えてからこちらにやって来ました。


「お父さん! おつかい、ちゃんとできたよ!」


 私がそう言うと「偉いじゃないか、ユノ」と、私の頭を撫でてくれます。


「リタもいっしょ! がんばったの!」


 リタさんがそう言うと「そうかリタ。良く頑張ったね」と、同じようにリタさんのことも優しく撫でました。そして、お父さんは私たちが心配しないように優しい穏やかな顔をしながら口を開きます。


「……お母さんの体調はどうだった?」

「いまはね、ふつうにおきてるよ」

「げんきだった! リタのことほめてくれたの!」

「そうか……良かった。ならすぐに行こうか」


 それからお母さんのところに戻った後、お父さんはお母さんと二人で何かを話し合っていて、私はリタさんと一緒に本を読んでいました。



 私もリタさんもお母さんがよく読み聞かせてくれた、『アリアとトラキア国物語』という本が大好きでした。

 魔法使いであるアリアがトラキア国に眠る伝説のお宝を探す冒険物語です。理由は分かりませんが、最終巻は出ることなく終わってしまいました。



「……それから、アリアは、にしのみずうみにすむ、まほうつかいのもとに、むかったのです。……きょうは、ここまでにする!」

「なんで? もっとよんで!」

「ねるじかんだよ! リタさん」

「まだ、ねむくないのに」

「リタさんも、いっしょにねるの!」


 私が本を閉じてお母さんの元に行くと、リタさんも渋々ついてきます。


「お母さん、わたし、もうねる」


 私は直ぐにお母さんに抱きつき横になります。


「リタは、ねむくないのに、おねえちゃんがねるの」

「あらあら。リタも、良い子だからもう寝ましょうね」


 そう言われると、直ぐにリタさんも私と同じようにお母さんに抱きつき横になります。

 それから中々寝ようとしないリタさんに、お母さんは子守唄を歌ってくれました。

 私は眠いながらも何とか寝たふりをして子守唄を最後まで聞いていましたが、リタさんは途中で寝てしまったようです。


「ソフィア。二人は?」

「ええ。もう眠ってしまったわ」

「……いいかい? ソフィア。よく聞いて欲しい。今ならまだ間に合う。君のことを急いで政府に連絡すれば、助けが必ず――」

「ダメよ。……それは、ダメなのよ。この子たちの未来のためにも、絶対に……」

「……ソフィア。君が見た運命も――」


 私はどうにか起きていようと頑張りましたが、ここで眠ってしまいました。







 ――次の日。



「ユノ、リタ。もう朝よ」


 そんなお母さんの声で、私は起きました。


「……おはよう、ございます」


 私は目を擦りながら起き上がります。


「おはようユノ。ほら、リタも、お姉ちゃんはもう起きたわよ。リタはどうなの?」

「……おきる」


 そう言い、リタさんもゆっくりと起き上がります。

 それから私たちは家族四人で朝ごはんを食べ、テントの外で遊んでいました。……因みに朝ごはんと言っても味のしない難民用のスープとお煎餅せんべいみたいなものです。

 この日は、いつもはお仕事に行くお父さんも、ベッドで横になっていることの多いお母さんも、私とリタさんが遊んでいるのを近くで見ていました。

 私もリタさんも、お父さんとお母さんが一緒に居てくれたのが嬉しかったので、いつも以上にはしゃいでいました。

 お昼になり、お腹が空いてきた頃でしょう。

 お父さんが「二人共、こっちにおいで」と私たちを呼びました。


「なーに?」


 リタさんに継いで私も「ごはんのじかん?」と、そんなことを聞いてみます。

 ですが、お父さんもお母さんも何も言わずに、私たちのことをとても優しく抱き締めました。そしてそのまま、私たちの顔をよく見てお父さんが口を開きます。


「ユノ、リタ。――愛してる。……どんな時でも、何があってもお父さんは二人の味方だよ。いつでも二人の幸せを願っているからね。――自分の思うように、自由に生きてくれ……ユノ、リタ」


 そう言い、私たちのほっぺに優しくキスをします。

 リタさんは恥ずかしがっていましたが、私はそれ以上にお父さんとお別れすることになるのでは無いかと不安を感じていました。

 それから、お母さんも私たちに話し掛けてきます。


「ユノ、リタ。あなたたちは私たちの希望よ。……いい? これから先、何度も辛いことがあると思うわ。あなたたちのことを憎んだり、しいたげたり、時には殺そうとする人が現れるかもしれない。でも、必ず生きてちょうだい。――生きて、いつかきっと幸せになって欲しいの……」


 そう言い、お母さんも私たちにキスをします。

 私はお父さんとお母さんとお別れすることを確信し、涙が溢れてきました。

 それからお母さんは私に向かって、


「ユノ。リタのことをお願いね」


 そう言うと、リタさんに向かって、


「リタ。お姉ちゃんと一緒にいるのよ。きっと、リタが辛い時にはユノが支えてくれるわ。だから、ユノが辛い時にはあなたが支えてあげてね」


 そう言い、お母さんは優しく微笑みました。

 でも、私たちに最後の言葉を伝え終えると、お父さんもお母さんもこらえ切れなくなったようで、同じように涙を流し始めます。

 私はお父さんとお母さんから離れたくない、ずっと一緒にいたい、そう思う気持ちでいっぱいでした。……ですが、それを口にするのはやめました。お父さんもお母さんも同じ気持ちだと思ったのです。

 そして、お母さんは私たちの頭に手を置いて魔法を唱えます。


「――運命魔法デスト


 その僅か数秒後のことです。

 ――遠くの空が青く光りました。

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