64話 その12
「ふふっ、レンさん……。私、レンさんに笑顔になってもらえて嬉しいです」
「俺もだ、ユノ。……そういえば、昼食なんだけどな? 昨日の内にアヴィと一緒に作ってきたんだ。せっかくなら、二人だけになれるところで食べないか?」
「えと、そうしたいです。お弁当なんですか?」
「ああ、きっと美味しいぞ」
「レンさんとアヴィさんの料理ならとっても美味しいです」
「……そうか。ありがとな」
「お礼を言いたいのは私の方です。それにですよ? お二人の料理を食べられるだけですごいことなんです。私、レンさんとアヴィさんにお会いするまであんなに美味しい料理は食べたことがありませんでした」
「そんなにか……。でも今の言葉は、アヴィにも聞かせてあげてくれ。一番喜んでくれそうだ」
「ならそうしますね」
穏やかなレンさんにそう言うと、私は早速魔法を唱えることにします。
「レンさん? 場所を選ぶのは私に任せてください。……浮遊魔法」
いい感じにふわっとさせてみたのですけど、宙を飛び始めるとすぐにレンさんが転移魔法を唱えてしまいました。ただ、遠くに行くわけではなく、より高いところに転移しただけです。
「……?」
「あー、特に気にしないでいいぞ。どの辺に行くんだ?」
「その、私……、この辺は何度か飛んでみたことがあるんです。なので、二人きりになれるいい感じの場所まで行きましょう」
「分かった。なら任せる」
「はい、頑張ってみます」
そう言って空を飛び始めると、私たちの下に映る街並み、その景色がとても綺麗です。
……すごいですね。いつ見ても、大都市は人の活気に溢れています。こうして見える中にも、きっとたくさんの方が暮らしているんですね。
そう思いながらふとレンさんのことを見てみるのですけど、レンさんは不思議な雰囲気で街を眺めていました。
「レンさん、綺麗ですね」
「ああ。……この街も、この綺麗な光景も、みんな人が築き上げてきたんだな。街を歩く一人一人に、大切な人生があるんだよな……」
「……そうですね。でもそれはレンさんや私も同じです。こうして生まれてきた以上、勇者であってもそうでなくても、みんなこの世界で幸せに生きていいはずなんです。そこに差はないと思います」
「……ユノは、いつでも俺のことを一人の人間として見てくれるんだな」
「それは当然です。レンさんが苦しんでいるのなら、少しでも力になりたいです。……それに、レンさんみたいに優しい方はいません。……私、レンさんになら、殺されてもいいと思ってます。レンさんが考えた結果がそうなら、きっとこの世界にとってそれが一番優しい決断なんです。……もちろん、レンさんが悲しんでしまうので嫌ですし、そんなことにはならないと思いますけどね」
そう伝えてみると、レンさんは私のことを見たまま黙ってしまいます。どうしてか分かりませんけど、レンさんからどこか悲しさを感じるので、私はもう少ししっかり言っておきます。
「……その、私なんかがレンさんの――」
そう言ったところで、レンさんがそれを遮るように言葉を被せてきました。
「――ユノ。……ユノの優しい想いは、俺にたくさん伝わってきた。……だから、そんな言い方はやめてくれ。……俺にとってユノは、特別で……大切な人なんだ」
「……レンさん。……私、……そんな風に言ってもらえて、……とっても……とっても嬉しいです」
そう言ってみたのですけど、なんだかレンさんを見つめていると不思議な気持ちになってきたので、私は少し目を逸らしてみます。
「……んと、もう少ししたら着きますよ」
「ああ、楽しみだ」
「はい、のどかなところです」
そう言ったあとは、レンさんが私の頭を優しく撫でてくれたので、私もそのままなにも言わずにレンさんのことを見つめたりしながら、まったり空を飛んでいくのでした。
それから少しして、以前リタさんと来た平原の手前にちょうどいい感じの丘を見つけていたので、そこに来てみました。
「レンさん、見てください。綺麗な野原が広がっています。あっちの森もいい感じです」
「そうだな。どこを見渡しても綺麗な風景だ」
「そうですね。……レンさんもここに座ってください」
そう言って隣を空けてみると、レンさんは静かに座ってくれます。そして私が「ごはんを食べたいです」と言ってみると、すぐにお弁当を出してくれるのでした。
「美味しそうですね。いただきます」
ピクニックをすることをアヴィさんが予想してくれていたみたいで、彩り豊かで豪華なサンドイッチが詰められているのです。
……ふふっ、とっても美味しいです。……これはアヴィさんが作ってくれた気がします。……こっちはレンさんです。……どれも美味しすぎます。
夢中で食べているとあっという間になくなってしまったのですけど、レンさんは気にすることなく微笑んでくれます。
「美味しかったか?」
「はい、とっても美味しかったです」
「そうか。ユノに喜んでもらえて良かった」
「レンさんは食べましたか?」
「いや、俺はいいんだ。昨日少し余ったのを食べたしな。それより、ユノに美味しく食べてもらった方が俺としても嬉しい」
「……そうですか。……レンさん、ありがとうございます」
私はそう言うと、レンさんに肩を預けて静かに目を閉じました。
〇
穏やかで優しい時間を過ごす私は、レンさんと一緒に地平線に沈んでいく夕日を眺めていました。
……ふふっ、平和ですね。……あまりにも、優しすぎます……。
今過ごしている時が平和で優しければ優しいほど、それが今私の目に映る夕日と同じように、もう消えていってしまうのかと不安になってきます。こうしてレンさんと穏やかに過ごせるのが、最後のように感じてしまいます。……また明日も来ますし、きっとその次の日も来るはずです。それでも今、私はレンさんに自分のことを知ってもらいたくなりました。……いつかお話できなくなる前に、伝えられる時に伝えたいんです。
「……あの、レンさん?」
「……どうした? ユノ」
「……えとですね? レンさんと初めてお会いした日のことを、覚えてますか?」
「……ああ。覚えてるぞ」
「……そうですか。……あの日、私はレンさんに嘘をついてしまいました。レンさんのことを、騙してしまったんです」
そう言ってみると、レンさんは少し間を空けてから口を開きました。
「ユノはなにも悪くない。……ユノの言ってる嘘ってのは、俺が戦争孤児か聞いたことなんだよな?」
「……そうです。……私、ホントはレンさんの言うように、戦争で両親を亡くしたんです」
そう口にしたあとは、優しいレンさんのおかげなのか、あの時と違って……言葉が出てきます。
「……レンさん。リタさんと私は、三歳と四歳の時に、ティレニアの難民キャンプで……爆撃に遭いました。……そこで、大切なお父さんとお母さんを……」
そこまでお話すると、胸が苦しくなって……まったく思うようにお話できなくなりました。




