63話 その10
「あの、少しお話に出てきましたけど、ユノの師匠は『最強の勇者』なんですか?」
「……えと、そうですね。とても信じられないくらいに強くて、……とても変わった方です」
「そうなんですね。是非一度お会いしてみたいです」
「その、止めておいた方がいいです。師匠も実は優しい方なんですけど、平気でひどいことをしてきます。……それに、師匠が『神徒』のことをどう思うのかも分からないので、危険です」
「……そうでしたね。私まだ……自分が『神徒』という認識が甘いのかもしれません」
そう言うメルティアさんを見ていると、私は大事なことを思い出しました。
……そういえば、まだ勇者の方のことをお話していませんでしたね。
「あの、メルティアさん。この学院には、私が知っているだけでも三人の勇者がいます。一人はレンさんで、今日メルティアさんが戦うはずの方でした。そしてもう一人が、メシアのセシリアさんです。お二人共とっても優しい方です。……そして三人目が、アルスティナのアイリスさんです。……この方が、メルティアさんを殺害しました。……でも、アイリスさんも普段は優しい方なんです。『神徒』が私の命を狙っていると知っていたので、躊躇いなくそんな行動に出てしまったのだと思います。……それと、アイリスさんだけは私たちと同い年ではなくて、2940年前に生まれた勇者です。……なので、メルティアさんもアイリスさんの前では力を使わないでくださいね。念の為、明日の試合にも出ないでください」
「……分かりました。……2940年、そんなに昔の勇者がまだ生きているんですね。ユノの師匠もです……」
「はい、長生きです」
そう言う私になぜかメルティアさんは少しムッとしてしまったのですけど、私が首を傾げているとメルティアさんも同じように首を傾げてきます。
そしてそのままお互いに見つめ合っていると、闘技場内にアナウンスが響きました。
「マキア国、ソロモン・クロウェシアの欠場が確認されました。……第二試合勝者、アルスティナ帝国、レン!」
そんな声が聞こえてきて、メルティアさんも「……終わってしまいましたね」と口にします。私が「そうですね」と答えてメルティアさんの頭を撫でていると、メルティアさんは私から手を離して言いました。
「……私が『神徒』ということは、きっと他の『神徒』も私と同じように力を使えるはずです。今後もしユノが出会ってしまった時のために、お話しておきますね」
そう言うと、メルティアさんは不思議なことをお話してくれます。
「私はゼレスに儀式をしてもらうまでは、固有魔法を使うのに魔力を必要としていました。ただ、その『神徒』の力を与えられてからは、まったく魔力を介さずに追憶魔法を使えるようになったんです。……私も勇者の力だと思っていたので納得できていましたけど、そうではないのなら不思議です」
「……そうですね」
……なんだか、『神徒』という名前の意味も分かってきた気がします。……本当に神のようにその力を使えるわけですか。……神の使い、使徒で『神徒』と言うのなら、納得です。……たしか、『神徒』という言葉を初めて聞いたのは『天域の勇者』アリアさんからでしたね。……アリアさんは、『神徒』のことをどこまで知っているのでしょう……。
「……ユノ? 私はこれくらいしか知りませんけど、ゼレスは雰囲気だけでももっとすごかったです。なので、きっと他にもなにかあるはずです。今度また命を狙われたら、私のことも呼んでください」
「分かりました。……んと、魔法具の使い方はアヴィさんから聞きましたか?」
「はい、教えてもらいました」
「そうですか。もし大丈夫そうなら呼ぶと思います」
そんな言葉にメルティアさんも頷いてくれたのですけど、結局メルティアさんは私の居場所が分からないみたいなので、すぐに駆け付けるのは簡単ではないみたいです。なので、それも含めて大丈夫そうならという感じでお話は終わりました。
そして最後にメルティアさんともう一度抱き合ってから、私はお別れするのです。
「メルティアさん、またお会いしましょうね」
「……はい、今日のことは一生忘れません。ユノ、ありがとうございます」
「ふふっ、こちらこそです。メルティアさんとこうしてお話できて良かったです。……メルティアさんの無事な姿を見れて良かったです」
そう言い、私はメルティアさんから手を離しました。メルティアさんも静かに私のことを見つめてくるのですけど、「……またお会いしましょうね」と口にして歩いていくのでした。
私もアヴィさんの待つ階段に向かって歩き始めると、その途中であることに気が付きます。
……あれ? よく考えれば、ロッドさんも一応勇者でしたね。……まあ少し特殊な勇者なので、お話してもしなくてもどちらでもいいですね。……そもそもですけど、メルティアさんももう勇者を探しているわけでもないのです。
そんなことを考えたあとは、ぼーっとしながら歩いていきました。すると、あっという間にアヴィさんと合流します。
「主様、お疲れ様です! 無事に終わって良かったですね!」
「はい、メルティアさんに信じてもらえました」
「主様は可愛いので当然です!」
「……? 可愛くないです。……じゃなくて、これからアイリスさんのところに行ってみますね。アヴィさんも一緒に行きますか?」
「もちろんです! 可愛い我は主様と一緒にいます!」
「そうですか」
「――んっ……く……! ――主様ぁ、大好き!!」
なんだかよく分からない感じのアヴィさんですけど、いい子にはしてくれるので、私はそのまま二階に行ってアルスティナの観覧席に向かいました。
既に人も多くなっているのですけど、それでもまだ余裕があるのでなんとか抜けて通路から外に出てみます。
「アヴィさん、アイリスさんを探してください」
「あそこにいますよ!」
一瞬で見つけてくれたので、私も指差す方向を見てみるのです。すると、ホントにアイリスさんがいました。ただ、特になにかしているわけでもなく、劇場の方を静かに見ています。
ひとまずそんなアイリスさんに近付くと、私は話し掛けてみました。
「あの、アイリスさん。なにしてるんですか?」
「空を見ていました」
「……空ですか?」
なんとなく違う気がするのですけど、アイリスさんは不思議な方なので、とりあえず私も隣に座ってみます。
「んと、今日は昨日よりも雲が多いですね」
「主様、適当なことを言わないでください! 昨日より晴れてますよ!」
「……そうですか」
……まったく、アヴィさんは静かにしててください。
なんだかひどいことを言われてしまったので、私は少しムッとしてみるのです。ただ、アヴィさんはしゅんとしてしまい、アイリスさんは特に気にした様子もなく劇場の方を見ています。




