8話 その6
それから少しして、アヴィさんは急にそわそわしながら言ってきます。
「……主様? 周りに誰もいない草原で二人だけなんて、なんだか……逢い引きみたいですね……!!」
「アヴィさん? 逢い引きは相愛の異性に使う言葉ですよ? ……それに、逢い引きよりもピクニックの方が近くないですか? 美味しいサンドイッチまでありますし」
「主様は我のこと好きじゃないんですか!?」
「アヴィさんのことは好きですけど、それがどうしたんですか?」
「ほら!! なら逢い引きです!」
……ん? どういうことでしょうか? 別に好きですけど、恋愛感情とは違うと思います、多分ですけど……。それにそもそも異性じゃありません。
私はなんだか面倒になってきたので、目を瞑って野原に寝転がることにしました。……まあ野原っぽい屋上ですけどね。とはいえ、こういうのは雰囲気が大事です。雰囲気が野原っぽいので、それでいいのです。……結局アヴィさんは「主様に我はどう見えてるんですか?」「我のことはどんな感じで好きですか?」「我は主様の――」とか何とか色々と喋り続けてきました。そんな感じで横で延々と喋り続けるアヴィさんを無視して、私はひたすらぼーっとします。
なんでしょうか、ぽかぽかして気持ちいいですね……。
そうやって目を瞑っていると、いつの間にか私は寝てしまっていたようです。起きたのはお昼休みが終わる少し前でした。と言っても、アヴィさんに起こしてもらったわけですけどね。……因みに、アイアスさんの手がかりは何一つありませんでした。まあ仕方ありません。
そしてアヴィさんは、眠くて少し意識が朦朧としている私を教室まで運んでくれました。私も教室に着く頃には意識はしっかり戻っていたのですが、……それは今日に限っては逆に嬉しくないことでした。私たちが教室に着くと既に生徒は全員戻っていたわけですが、その全員の視線が私たちに集まります。と言うより、なぜか私にです。……そんな中、ミハエルさんが手招きしてきたので、私はそちらに向かいました。
「ユノあのさ……。さっきアルスティナの教室にも回ってきた話なんだけど、ユノはシン・ボルティモアって奴と婚約したの?」
「――え?」
私は突然の出来事に驚きを隠せませんでした。
シンさんにはしっかりと断っておいたはずです。なのにどうして婚約してるという噂が広まってしまったのでしょうか。……そう言えば、私はあの方との別れ際に麻痺魔法を使ってしまったのでした。もしかしてそれの腹癒せでしょうか? とは言え、もしそうならシンさんのデメリットの方が断然大きいはずですよね……。平民と婚約したなんて言ったら有力貴族の中で笑われ者です。間違いないです。
私があれこれ考えていると、ミハエルさんは食い気味に聞いてきます。
「驚くってことはどっち? ユノはそいつと付き合ったり婚約したりはしてないんだよね?」
「はい、もちろんです。でもどうしてそんな噂が出回ってしまったのでしょうか?」
「それは本人が色んな人に言いふらしてるかららしいよ~? アルスティナの平民で白髪の子と婚約したってね。それにさ、学院も始まったばかりでそんな大胆な話が出てくると、直ぐ各教室に広がるのも無理ないよー」
「……そうですか」
なんだか大変なことに巻き込まれてしまいました。話を収めるためにも、もう一度シンさんとお話しなければいけないかもしれません。でも、よく分かりませんがもう会いたくありません。……私が落ち込んでいると、ミハエルさんは私の心配をしてくれます。
「ユノはそいつと何かあったの? 困ってるなら助けになるよ」
「……一度お会いしただけです」
「そっかー。……もし本人に直接言い難いなら僕が代わりに言うよ?」
「それは大丈夫です」
こんなことにミハエルさんを巻き込むわけにはいきませんから。……まあそうは言っても、一人で心細いのは間違いありませんけど……。
そう思っていると、ちょうどアヴィさんが声を掛けてきました。
「主様はどうするんですか? 何か言いに行くなら我も一緒に行きます!」
アヴィさんから少し苛立ちのようなものを感じます。私の心配をしてくれてるようなので、嬉しいんですけど……。とりあえず私は自分の席に戻りながらアヴィさんに返事をします。
「私は今日の放課後にシンさんに会ってみます。アヴィさんも付いてきてくれるのは嬉しいんですけど、何か危ないこととかはしないでくださいね?」
「主様がそうして欲しいなら我はもちろん言われた通りにします!」
「それでお願いします。ただ、付いてきてくれるだけで心に余裕ができます。ありがとうございます」
私が感謝を伝えると、アヴィさんは素直に喜んでくれます。席に着くと、レンさんも心配してくれているのか声を掛けてくれます。
「まさかこんな大事にしてくるとはな……」
「そうですね。何が目的なのか分からないのが怖いところです」
「目的は多分……他の男に取られる前に宣言しておこうってことだと思うぞ」
「……?」
私が首を傾げると、レンさんは少し肩をすくめます。
「……まあ分からないならいいんだけどな、……シン・ボルティモアには何か言いに行くのか?」
「えぇと、今日の放課後にアヴィさんと一緒に会いに行くつもりです」
「……俺も行こうか? アヴィだけだといつ暴走し始めるか分からないし、ユノも大変じゃないか?」
「たしかに……それはありますね。ならお願いできますか?」
「ああ、もちろんだ」
レンさんも一緒に来てくれるならかなり安心できます。アヴィさんは横で「我はさっきも言った通り、大人しくしてますよ!? 暴走なんてしません!」と私の肩を揺さぶってきました。……頭がふらふらします。
その後、先生方が教室に入ってきて午後の授業が始まりました。
〇
そうして、六限目の授業が終わると、コスタンティーノ先生は再度全員にお話します。
「……では、今日はここまでとします。……朝伝えたように剣術大会の参加希望者は明日の放課後、魔法大会の参加希望者は明後日の放課後の予定は空けておいてくださいね」
そう言い、先生はベルティネッリ先生と一緒に教室から出て行きました。
……さて、私もやることを済ませないといけません。
「レンさん、アヴィさん。付き添いをお願いします」
私のそれに対して、お二人は「もちろんです!」「ああ、行くか」と答えてくれます。どうしてか分かりませんが、邪魔はしないけど見たいと言って付いてこようとする方がかなりいましたが、レンさんとアヴィさんが来ないように上手く説得してくれました。とても助かりますね。……そもそも私は見世物じゃありませんけど。