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62話 その7

 そう言うと、セシリアさんはエウレウスの観覧席の方に手を振り始めました。

 ……ふふっ、セシリアさんが元気で良かったです。……きっとセシリアさんの優しい想いは、ノエルさんたちにも伝わってるはずですね。

 私がそんなことを思って微笑んでいると、セシリアさんがまた元気に言うのです。


「――そうだ、これ見て? アルフからもらった魔剣だよ?」


 そう言ってセシリアさんの手に握られたのは、黄金色に輝く美しい魔剣でした。


「綺麗ですね。セシリアさんに似合ってます」

「そう? ありがと~! 『テツノオキテトユカイナナカマ』って言うんだ~」

「……? すごいです」

「だよね~。いい名前!」


 ……んと、どうでしょう。いい名前……なのでしょうか?

 よく分かりませんけど、セシリアさんが喜んでいるのでとりあえず私も頷いてみました。すると、セシリアさんがもらった魔剣の魅力をたくさんお話し始めたので、私は途中まで聞いたところで言ってみます。


「……セシリアさん? このお話をしてるとすぐに時間が経ってしまいます。そろそろ試合を始めましょう」

「うん、分かった! 最後にギューってするね!」

「はい、私もします」


 そう言ってセシリアさんのことを抱き締めると、セシリアさんも優しく抱き締め返してくれるのです。初めての時と違ってまったく痛くありませんし、セシリアさんも力の調節がホントに上手になりました。日々の努力や頑張りが伝わってきます。

 そして少しそのままお互いに抱き締め合ってから体を離すと、セシリアさんも私から数歩離れてこちらを向いてきます。


「ユノ、魔剣は使わないの?」

「えと、空間に入ってから出します。セシリアさん、全力で戦いますね」

「うん! 私も全力でいくね!」


 そう言い、セシリアさんは魔剣を構えました。構えだけなら隙はありますけど、実際に戦うとなるとそんなに簡単ではありません。

 ……もう始まりますね。集中しましょうか。……これから始まる試合は、きっと今までの試合の中で一番大変なのです。一瞬の気の緩みが、勝敗を分けるはずです。


『オルさん、夜空さん、ルアさん。頑張りましょうね』

『……そうする』

『……頑張ります』

『偉いです。私も頑張ります』


 そう言ってくれる三人に頷くと、すぐに先生が声を掛けてきました。


「――両者共に、準備は良いか?」


 私はそんな言葉を無視してセシリアさんを見つめると、一度息を吐いて集中します。セシリアさんも普段の穏やかでほのぼのした雰囲気から、しっかり戦うための真剣な雰囲気に変わりました。

 ――その瞬間、私はセシリアさんから発せられる気配を受けて、ある確信を持ちます。

 ……これは、その……、普通に戦うだけでは、……絶対に勝てませんね。……私もなにか、工夫が必要です――。


「――では第一試合、――開始ッ!!」


 そう告げられるのとほぼ同時に、私は夜空さんとルアさんを手に握りました。そして一瞬にして景色は変わり、どこかの街並みが目に映ります。遠くには古くて大きな時計塔が見え、私の周囲の建物にも僅かにつたが生えています。……お散歩したいくらい綺麗な場所ですけど、今はそんなことを言ってられません。

 私は転移直後に夜空さんに魔力を流し、無効結界を展開しました。

 ――刹那、街全体……空間全域がセシリアさんの極光魔法の光に飲まれます。無効結界があるので私は大丈夫ですけど、光に少し触れるだけでも致命傷になってしまいそうです。

 そして即座に私もセシリアさんの居場所を見つけるのですが、既に異様な速度で私の元に迫ってきていて、ほんの僅かな時間で視界の端に現れました。

 セシリアさん、私もいきますね――。


『――天剣・律型《残》!』


 奥義を使った瞬間、一瞬にして私の目の前まで接近してきたセシリアさんの魔剣と、私の魔剣が激しくぶつかり合います。


「――っ……う……」


 あまりの衝撃に足が地面から離れて後ろに吹き飛んでしまうのですけど、セシリアさんはそれよりも早く動き私の視界から消え、考える時間もなく背後に移動していました。


『――夜空さん、お願いします』


 瞬時に夜空さんが私の魔力を吸って覚醒を済ませると、セシリアさんの剣が私の背中に当たります。その瞬間に私は時間魔法を使い、瞬刻の間に思考を加速させました。

 ……えと、天剣奥義を使ってもまだ全然セシリアさんの速度に追いつけません。天剣は『法則と概念超越』の剣技なので、それで越えられないのなら、セシリアさんの理論対象外の固有魔法、極光魔法の特殊体質が関係しているはずです。……どんなものかは分かりませんけど、セシリアさんの身体能力は特殊な加護で強化され、守られているのかもしれません。

 直接超えるのは無理だと判断した私は、魔力を調整して天剣の準備をしながら、ルアさんに大量の魔力を流します。そして強化魔法をできるかぎり全て重ね掛けして、瞬間的に体を翻しました。それと同時にまた何撃もの追撃を体に受けるのですが、私はそれを無視して攻めに転じます。


『――天剣・六型《葬》!』


 私は力の流れを無視して、セシリアさんに思考する時間すら与えない刹那の連撃を放ちました。加速する私の攻撃を防ぐ手立てはあまりないみたいで、セシリアさんも少し弾いてくるだけでそのほとんどを体で受けてきます。……ただ、『教団』の方が使う身体の覚醒を遥かに超えた硬さが、セシリアさんの体にはあるみたいです。私は攻撃を全力で放っていると言うのに、かすり傷を付ける程度でまったく皮膚を貫くことができません。


「――ユノ、まだまだいくね」


 そんな言葉が発せられた瞬間に、また再びセシリアさんの連撃が私の体に打ち付けられます。幸い剣技では勝てているみたいなので、私も一心に集中しながらセシリアさんの攻撃をさばき、夜空さんの覚醒が切れるのと同時に天剣四型を使いました。瞬間的に絶大な衝撃波を生んで距離を離したのですが、セシリアさんはなぜか後方に吹き飛んでいる最中にその衝撃を抑えると、そのまま空中を蹴って理解を超えた速度で私の元に迫ります。

 ……えぇと、意味が分かりません。でも、私もやるしかないです。

 セシリアさんの初撃を天剣一型で受けたあとは、それに合わせて天剣三型を使い、セシリアさんの体を僅かに硬直させます。そうして時間を稼ぎつつ、さらに理の流れを見極めて僅かな隙を攻めていくのです。


『――反転魔法一型ラスター!』


 ……!? ――え?

 セシリアさんの一撃を反転させると、セシリアさんも少しムッとした感じになってくれました。ただ、反転の代償として私の体にも負荷が掛かり、左の肺が潰れてしまいます。そこで一瞬判断の遅れた私に、セシリアさんの魔剣が迫りました。一応それをギリギリで躱して、お腹を少しかすめられただけなのですが、それでも瞬間的に体が後ろに弾け飛んでいきます。


「……っ……」


 咄嗟に受け身を取ったものの、数十の建物を容易く貫通して体を叩き付けられたことで、視界が赤く染まり、ぐにゃぐにゃとぼやけ出してしまいました。残念なことに手足もまったく動かせません。

 ……うぅ、セシリアさんとの力の差は歴然ですね……。もう、次の攻撃が……。

 元気なセシリアさんはもう既に私の元に接近してきているので、私もそれに備えて立ち上がらないといけません。優しいルアさんが瞬時に体を治癒してくれるのですけど、まだ夜空さんの覚醒まで時間が掛かりますし、依然として私の窮地は変わらずです。それでもなんとか体を起こすと、天剣を使ってセシリアさんの攻撃を弾き、さらに放たれる連撃も理を見極めながら、肉薄する手前で防いでいきます。

 ――ですが、そこまでしても私の理解を超えた連撃の全てを防ぎ切ることはできず、その中の一撃がまた私の体をほんの僅かにかすめました。

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