60話 その8
「第八試合勝者、エウレウス帝国、ノエル=フォン・エウレウス!」
……ふう、良かったです。これでノエルさんも順調に勝ち進んでいますね。……って、違います。ノエルさんが勝ってくれたのは嬉しいんですけど、明日はアムネシアさんとなんですね……。オフィリアさんとの試合を見る感じ、アムネシアさんは全然戦ってくれる感じではないので、もしすぐに倒されてしまったらノエルさんが可愛そうです。……あとでアムネシアさんにはしっかりと言っておきましょう。
私はそう決めると、この後のことをアヴィさんとお話してみます。
「あの、アヴィさん? 今日も早めにお出かけしましょう」
「いいんですか? まだ十時ですよ!」
「はい、大丈夫です。次のメルティアさんの試合のあとに出ます」
「分かりました! また食べ歩きしましょうね!」
「そうします。美味しい料理をたくさん覚えてオルさんたちにも食べさせてあげます」
「優しいです!! 可愛すぎます!!」
そうお話していると、レティシアさんも私のことを優しく撫でてくれました。その手はとても穏やかで温かくて、思わずギュッと抱き付いてしまいたくなるほどです。……でも、それは迷惑を掛けてしまうので、流石にやめておきました。……レティシアさんは優しすぎる方なので、そんなことしたらダメです。
ただそんな中、アヴィさんはずっと「風呂と布団以外でこんなに癒されてる主様は激レアですね!! 永久保存です!!」「我は主様ファミリーに感謝してます! でも我も主様ファミリーみたいなものです!!」「――はぁ、最高すぎます!!」と元気に喜んでいます。……少し思うところはあるのですけど、せっかくレティシアさんに撫でてもらっているので、私もアヴィさんのことを少し撫でるだけで、気にしないことにしました。
そういうわけで、またまったりと穏やかな時間を過ごしていると、すぐに次の試合が始まってしまうのです。……早い気がします。
「これより第九試合、メシア教国、ジェイ・プリウス。マキア国、ソロモン・クロウェシアの試合となります」
そんなアナウンスで出てきたのは、どこか見覚えのある方です。あの時は視界がぼやけてしまって大変だったのですけど、それでも間違いありません。セシリアさんと初めてお会いした時に、私に攻撃してきた方の仲間です。
ただ、そこまで覚えているわけではありませんし、どの道メルティアさんに負けるのは明白です。
そう思いつつも、私は少しムッとしながら眺めてました。そしてメルティアさんが入口から出てきたので、しっかり応援してみるのです。
「……あの、メルティアさん。頑張ってください。きっといい感じに勝てます」
「主様、心の声が漏れてますよ?」
「……そうなんですか?」
「はい! 今のは心の声のはずです! 我は主様マスターですからね!」
よく分かりませんけど、なんとなくそれにはなにも答えずに劇場に視線を戻しました。
……その、この試合はきっとすぐに終わってしまうので、強化魔法は使わないでおきましょう。普通に見て楽しみます。
そんなことを思っていると、メルティアさんは劇場に着いて、静かにジェイさんのことを見つめ始めます。一方ジェイさんはなにかを怒鳴っているようで、相変わらずメシア教国の方らしい、頭のおかしいことをしています。……最低です。
「……落ち着きたまえ。……両者共に、準備は良いか?」
先生にまでそう言われているのですけど、特に収まる感じはありません。ただ、先生も見兼ねたように言うのです。
「……では第九試合、開始!」
その瞬間にお二人が転移した場所は、沼地のようなエリアでした。メルティアさんは少し微妙な表情で周りを見回していて、私の予想が当たっていたことに悲しんでいるようです。……猛吹雪の中よりは大変ではありませんけど、嫌な感じなのは間違いありませんからね。
そしてメルティアさんがそんなことをしている間に、ジェイさんは「ハッハァ! 最高にクールゥだぜぇ! ベイビーベイビー4(フォー)!」と叫んで走り出します。まったく意味は分かりませんけど、ジェイさんの中ではきっと意味があるので驚きです。
そんな感じで少し異常な雰囲気の中、メルティアさんも真剣に戦う気になったみたいで、突然魔法を唱えました。
「一撃を以て二撃、この一太刀を避けられますか? ――追憶」
――瞬刻、魔剣すらなにも持っていないメルティアさんの攻撃……? によって、ジェイさんは「――ッ!!」と声にすらならない音を出してその場から消えます。その直後に胸からお腹を大きく貫通して斬られたジェイさんが、意識を失ったまま劇場に戻ってきていました。そしてメルティアさんも空間が消えて戻ってきます。
……良かったです。……でも、流石ですね。もしあんなことをされたら、どうやって避ければいいのでしょうか? ……まあそれはいいですね。
ただ、やっぱり勇者のメルティアさんは圧倒的に強いのですけど、そこまで隠す気はないみたいです。……というよりも、もしかしたら隠してるつもりなのかもしれません。
「アムネシアさんもだけど、今までの大会に出てない人ですごい人がたくさんいるね」
「……そうですね。私たちは負けてしまったので、このあとは安心して見れます」
「むー、そんなことないよ? ユノが心配だよ」
「……そうですけど、どの方もユノのお友達なので、大丈夫です」
「ふふっ、たしかにそうかもね」
オフィリアさんも適当な感じでそんなことを言っているので、私も適当に頷いて立ち上がることにしました。ずっと優しくしてくれるレティシアさんから離れるのは嫌ですけど、しっかりお別れをします。
「レティシアさん、また明日も来ますね。……その、今日もありがとうございます」
「……ユノ? あなたは私にとって掛け替えのない子なの。オフィリアとグラシアと同じように、娘のように思っているわ」
そんなことを言ってくれることが嬉しくて、私は思わず微笑んでしまいました。
「……レティシアさん。……ホントに嬉しいです。また優しくしてください」
「もちろんです。また来てくださいね」
「はい、来ます」
そう言って一度ギュッとしてから離れると、オフィリアさんとグラシアさんも言ってくれます。
「ユノ、私たちも楽しみにしてるからね~!」
「そうですよ。……みんなユノのことが大切です」
「ね~!」
「えと、ありがとうございます。私もオフィリアさんとグラシアさんのことが大切です」
「ふふっ、ユノは可愛い~」
そう言い、オフィリアさんは私のことをムギュっとしてきて、グラシアさんは少し困った感じで聞いてきます。
「……その、明日もまた試合前には来ない感じですか?」
「んと、分かりませんけど、多分すぐには来ないと思います」
「分かりました。ならオフィリアと私も控え室に応援に行きます」
「そうですか。なら待ってますね」
「そうしてください」
そんな感じでお話をすると、私はお二人ともお別れを済ませて特別観覧席を後にするのでした。




