7話 その10
……しかし、あれですね。私は師匠からの命令で他国でのスパイ活動や、輸送中の危険な魔法具の奪取などをやってきたので、監視魔法具を気にする癖というのが体に染み付いていて、できることならこういう対監視魔法具用の魔法も欲しいなと思うことはありましたが、それでも結局作ったことは無かったのです。それをアヴィさんが作っていたとなると、アヴィさんも過去に隠している事情か何かありそうですけど……。アヴィさんの性格からも、そもそもアルスティナの帝国騎士団に所属していたことからも、特に怪しい過去があるわけではないでしょう。……だから、ホントに不思議です。どうしてアヴィさんはこんな魔法を作ろうと思ったのでしょうか。
「どうですか主様! この魔法があれば監視魔法具なんてまったく気にしないで済みませんか?」
「たしかにそうですね。……これは凄いです」
私がそう褒めると、アヴィさんは満更でもなさそうです。私はあまり深く考えずに、本人に直接聞いてみることにしました。
「アヴィさんはどうしてこの魔法を作ったんですか?」
「主様に出会ったからです!!」
「……?」
「そのままの意味ですよ!」
「そのままの……ですか?」
アヴィさんは「そうですよ!」と答えます。
……よく分かりません。私に出会うことと監視魔法具を機能不全にすることに繋がりがあるとアヴィさんは言ってますけど、どう考えても繋がりません。……考えても解決しなさそうなので、諦めましょうか。それに何となく大した理由では無い気もしてきたので、まあいいでしょう。
私たちはそれから幾つかの監視魔法具を突破して、屋上の扉の前までやって来ました。鍵の他にもカードキーが必要のようでしたが、特に問題はありません。
「物質生成魔法一型! 物質生成魔法五型!」
アヴィさんは鍵とカードキーを作りそのまま扉を開けてくれました。
〇
私はアヴィさんに案内されて、屋上庭園の中央にあるベンチに腰を下ろします。
「綺麗な場所ですね。学院はどこも本当に豪華で丁寧に作られてますね」
「そうですね! 我はこうして主様と一緒にいられるのが幸せです!」
アヴィさんは私の瞳をじっと見つめながらそう言います。
「……大袈裟ですよ。――ほら、満天の星です。……なんて、綺麗なんでしょう……」
「ホントですね! 頑張れば手が届きそうなくらいです!」
私は「……そうですね」と短く答え、美しい夜空を眺めます。
無数にきらめく光はどこか現実離れしていて、とても幻想的で、それに手を伸ばせば……私のことをこの世界から解き放ってくれるような……不思議な輝きをしています。
無意識のうちに、私は一際白く輝く星に向かって手を伸ばしていました。絶対に届かないと頭で分かってはいるのに、なぜか今なら届くという確信があります。
そうして手が、体が星に近付くにつれて、周りの景色が白に飲み込まれていき、次第に周りの全てが真っ白の世界になっていました。
体はなぜか軽く、どこかふわふわとしていて浮遊魔法を使っている時みたいです。しかし、状況を理解すればするほど、そんな呑気なことを考えている場合じゃないことが分かってきました。
……ここはどこでしょうか? ただ白いだけで、何もありません。……アヴィさんは大丈夫でしょうか。……ここに来たのは私だけなのでしょうか?
不安になってきた私は返事が来ることを期待して声を出します。
「誰かいませんか?」
…………。
しかし、どれだけ待っても返事どころか、音は一切聞こえません。
私は死んでしまったのでしょうか? 状況は依然として不明ですけど、死んでないのだとすれば、時間魔法で過去に戻れるうちに戻った方が良さそうですね……。
私は脳内で時間魔法七型を唱えます。……しかし、何も起きません。一応言葉にも出して唱えてみます。
「時間魔法七型!」
期待も虚しく、何も起きませんでした。私はその後、他の魔法も色々と試してみましたが、時間魔法と同じく何も起きません。
……もし私が死んでいるのだとしても、原因が分かりません。周りに敵意のようなものは感じませんでしたし、そもそもアヴィさんと私の他にあの場所には誰もいませんでした。……ということは、私は死んでいないはずです。
私はどうすればいいのか分からないまま、その白い世界を彷徨い続けました。
〇
それからどれくらいの時間が経ったのか分かりませんが、ある時から体が自然と引っ張られるような感覚に連れられて、私はとある場所までやって来ました。空間そのものが真っ白で何も無いはずの世界に、なぜか一つだけ綺麗な装飾の施された扉があります。
……一体何でしょうか、これは。見たことの無い模様が描かれていますね。どこに繋がっているんでしょうか? この空間にこの扉だけがあったということは、この先に元の世界へ戻る方法がある気がします……。
私はそう考え、その扉を押して開けようとしました。ただ、私の手が触れた瞬間に扉は自ら勝手に開き出し、それまで音がなかった世界に、重くくすんだ音が響き渡ります。
そして扉が完全に開かれた時、突如として私の周りの空間は変化し、一瞬にしてどこかのお城の景色へと変わっていました。
……えと、ここはいわゆる玉座の間でしょうか? 窓の外は……真っ白で何も見えませんね。
とりあえず、一歩二歩と歩いてみたのですが、さっきまでの白い空間とは違って現実味があり、私がこのお城の中にいるというのは間違いないようです。
なんというか、まったく生物の気配がしませんね。でもまずは魔法を試してみましょう。
『――時間魔法七型』
一応唱えてみましたが、どうにも効果はないようです。私はひとまず周りを見回してなにか情報を得ることにしました。
壁や天井には無数の装飾が施されていて、窓の先なども真っ白のためどうしようもありません。そして、私の後方には先程の扉があり、前方には一つの巨大な椅子が置かれています。その椅子には装飾というより、なにかを表す複雑な模様が描かれていて、どういう意図で作られた椅子なのかも分かりません。
ただ、どうしてかは分かりませんが、その椅子に引き寄せられるように、私は直ぐ近くまでやってきました。
変わった椅子ですね。随分と大きいです。何のための椅子でしょうか? この椅子に座ることが元の世界に戻る方法なのでしょうか? よく分かりませんし、座ってみますか……。
私がそう考えた時、突然どこか遠くの方から声が聞こえます。
「……!」
「――!? なんですか!? 聞こえません!」
「……ま!」
「誰なんですか!? もっと大きな声でお願いします!」
「……様!」
聞き覚えのある声が聞こえます。この声は……。
「アヴィさんですか!? どこにいるんですか!? 私はここです! ここにいます!」
「……主様! 起きてください!! 主様!!」
「――え?」
ふと気付いた時には、優しい風や夜の空気が肌に触れます。そして、温もりのある肌が私を包んでいました。
「――主様!! しっかりしてください! 我を置いてかないでください!!」
私は声のする方を向いてみると、ぽろぽろと涙を流しているアヴィさんが視界に入ります。
「……アヴィさん? どうして泣いているんですか?」
「主様ぁ……。死んでしまったと思いましたよ……」
アヴィさんは私に抱き付いたまま離れようとしません。
……どうして私が死んでしまったと思ったんでしょうか。よく考えればそんなことありえないと分かるはずですけど。
「私は死んでなんていませんよ、大丈夫です」
アヴィさんは余程心配してくれていたのか、それを聞くとより大泣きし始めます。私は先生方に声を聞かれたらまずいと思い、結界魔法を使って音が外に聞こえないようにしました。
……それにしても、さっきのあの白い世界はなんだったんでしょうか……。
私は頑張って考えてみましたが、結局何も分かりませんでした。