序章 その7
何かが体を揺さぶってきます。
「……ぅん」
「お姉ちゃん! もう朝だよ!」
何でしょう。聞いたことのある声です。
「お姉ちゃん、起きて!!」
さらに激しく体を揺さぶってきます。
……なんですか、そんなに激しく揺らさないでください。……ねむいんです。
「やめ……、……さい」
そう言い、私は声の逆方向に寝返りを打ちます。
「……ふーん。だったらいいもん」
そんな声と共に、何かが布団の中に入ってきました。
ダメです、ここは私のベッドです。出ていってください。
私は布団を引っ張って、中に入ってきたそれを追い出そうとします。
「…………」
しかし、追い出せるどころか背中に抱き付いてきました。私はどうにか逃れようと体を動かしてみますが、それは一向に離れる気配がありません。
……もういいです、寝ます。
私は諦めて、そのまま寝ることにしました。
○
何でしょう、やけに体が暖かくて気持ちいいです。……ぽかぽかです。
そんなことを思いながら、目が覚めました。私はゆっくりと体を起こそうとした時、背中の違和感に気付きます。目を開けて確認してみると、そこには見慣れたとても可愛らしい子がいました。どういうわけか、私に抱き付いたまま寝ているようです。
「……リタさん? なぜ私の背中に?」
そんなことを口に出してしまいますが、思うことは他にあります。
リタさんは一体いつの間に私のベッドに入ってきたんでしょうか? まったく気付きませんでした、リタさんも気配を消すのが上手なんですね。……というよりも、単純に私がそれに気付けないくらい疲れていただけかもしれません。……まあ、昨日は師匠のせいで大変だったので仕方ないですけど。
そうこう思いながらも、まずはリタさんを起こすことにしました。
「リタさん、起きてください」
そう言いながらリタさんの体を揺すってみますが、起きる気配はまったくありません。なので、もう一度体を揺すってみました。
「リタさん、起きてください」
同じようにそう声を掛けてみるも、変わらず起きる気配はありません。
どうやらかなり深く眠っているようです。きっとリタさんも疲れているのでしょうね。起こすのも忍びないですし、このまま寝かせておきましょうか。
そう考えた私は、体に回されているリタさんの腕を剥がそうとします。
……んん? 外れません。というか力が入ってますね、これは……。
「リタさん、起きてますね?」
私がそう言っても、なぜか反応はありません。これはきっと寝たフリをしているのでしょう。……とりあえず、私は机の上の時計を確認してみます。
もう十二時半過ぎなんですか……。寝すぎてしまいました。まだ寝足りない気分なのはどうしてでしょう……。ってそうではありません、リタさんの腕を解かないといけませんね。
とは言っても力業では無理そうなので、言葉での説得を試みます。
「もうお昼ですよ、早く離れてください」
そう言い様子を見ますが、流石にこれではダメなようです。もう少し納得できることを言う必要があるようです。
「……あの、リタさん? 私、もう一日近く何も食べてないんです。だから、かなりお腹も空いているんですよ? リタさんが離してくれないと、何も食べられないままです」
私がそう言うと、リタさんは目を開けて私の方を見てきました。
「……はぁ、お姉ちゃん? 私が朝起こしに来たの覚えてないの?」
「そうなんですか? 記憶に無いですね」
そう答えると、リタさんは回していた腕を解いてくれましたが、今度は少しムッとしてしまいました。
「私はちゃんと朝起きたんだから。……それに、お姉ちゃんのことだって頑張って起こそうとしたんだよ? 全然起きてくれなかったけど……」
「そうですか。――でも、結局私と一緒に寝ちゃったんですね」
「それはね、別にいいの。……でもね?」
リタさんはそこまで言うと、少し悲しそうな表情をして私のことを見てきます。
「――お姉ちゃん、お仕事に行ってから全然帰ってきてくれなかったんだもん。……私、お姉ちゃんに会えなくて、とっても寂しかったんだよ……?」
いくらお仕事だったと言っても、そんなことでリタさんを悲しませてしまって、とてもやるせない気持ちになります。
私はリタさんの潤んだ瞳をよく見て答えました。
「……そうですね。帰ってくる間もなく、お仕事からお仕事に、という感じでしたからね。……寂しい思いをさせてしまいましたね、ごめんなさい」
そう言い、私はリタさんの体をギュッと抱き締めます。
「――お、お姉ちゃん!?」
リタさんは突然のことに驚いていましたが、直ぐに落ち着くと私のことを抱き締め返してきました。
「……あのね、お姉ちゃん。――私のこと、大好き?」
そう言った時、僅かですが腕に力が入ったのが分かります。私の思いなんて一つに決まってるのに、まったくリタさんも仕方のない子です。
私はリタさんのことを沢山沢山大切に思いながら、そっと返事をします。
「……リタさんのこと、ずっとずっと大好きです。どんなことがあっても、絶対にです」
「ホントに?」
「ホントにです」
「……うん。私もお姉ちゃんのことホントにホントに大好きだからね」
私はそれに頷くと、それからしばらくの間、リタさんのことを抱き締め続けました。
――リタさんは私にとって、掛け替えのないたった一人の家族なんです。寂しい思いや辛い思いはして欲しくありません。いつでも幸せに過ごしてもらいたいんです。
そんな風にリタさんを抱き締めていると、私はふと、忘れられない過去の記憶を思い起こしました。