7話 その8
温かくてふわふわしますが、全然眠くなりません。これはアヴィさんの魔法がしっかりと効いているということです。なんて素晴らしい魔法を作ってくれたんでしょうか……。ってあれ? 少し眠くなってきました。
そんなことを思っていると、いつの間にか今度はアヴィさんの方から抱き付いてきていましたが、まったく気付きませんでした。お風呂の気持ち良さは意識も何もかも飲み込んでしまいますね。ってそうではありません。言うべきことがあります。
「アヴィさん、今少し眠気がきてますけど……大丈夫ですか?」
「……大丈夫ですよ! 魔法はしっかり発動してるので、その眠気はただ単に主様が眠いだけです! 病気とは一切関係ありません! ……それと眠いなら寝ていいですよ! 少ししたら起こしますから!」
アヴィさんはそう言いながら私のことを見てきます。こんなことを言われてしまったら甘えさせてもらうしかありません。
「なら寝ますね……。おやすみなさい」
「はい! おやすみなさい!」
ぽかぽかしながら、私は眠りに落ちました。
〇
「……ん」
なんだか体がぽかぽかします。
「お目覚めですね、主様」
「……もう、朝ですか……?」
「まだ朝じゃないですよ! というかここは風呂です!」
「……ん……ぅ?」
私はしょぼしょぼする目をゆっくりと開けます。
……暖かいです。気持ちいいです。……そういえば、そうでした。私はお風呂で眠っていたんでしたね。
どうやら私はアヴィさんの肩に寄りかかったまま寝ていたらしいです。……どれくらい寝ていたのでしょうか。アヴィさんに質問しても良かったのですが、それよりももう少しゆったりとしていたかったのでやめました。
……はあ、眠さは抜けてきましたが、まだまだ眠れますね……。
なんとなくよく分からないことを思いながらも、目を閉じてお風呂を堪能します。
「主様の微睡んでいる姿をじっくり見たい気持ちでいっぱいですが、この体勢だと流石に無理がありますね!」
アヴィさんは相変わらず意味の分からないことを言います。私が肩に寄りかかっているので、こちらを見るのは中々難しいでしょうね。……まあそんなことはどうでもいいのです。私は大事なことを聞くことにしました。
「……どうしてアヴィさんは、私のために……こんな魔法まで作ってくれたんですか?」
そう言い終えると、少しの間沈黙がありました。自分に自信がなくて不安がっている私に、アヴィさんは優しく答えます。
「それは何度も言ってますが、主様のことが大好きだからです!!」
そう言われてもまだ不安の残る私は再度確認します。
「そんなに私のことが好きですか?」
「はい! 大好きです!」
アヴィさんのその言葉を聞くと、どうしてか分かりませんがほっとしました。それに自然と笑みがこぼれます。私が笑顔になると、アヴィさんもより一層嬉しそうにしてくれました。私はそんなアヴィさんに返事をします。
「……とっても嬉しいです。……でも、アヴィさんは変わってますね」
「そんなことは無いと思いますよ! もちろん、我ほどの愛を持っている人は流石に少ないと思います! ただ、主様のことが好きな人は沢山いると思います! 主様は皆から好かれる、そういう体質なんです!」
「どうしてそう思うんですか?」
「主様がキラキラしているからです!」
私がキラキラしている……? でも何となくアヴィさんが私に懐いてくれている理由が分かった気がします。
「……そうですか。アヴィさんにとって私はキラキラしてるんですね」
「もちろんです!! 主様と接した他の人もそう思ってますよ、多分!」
私はそれには少し笑うだけで何も答えずに、静かに湯船の気持ち良さを堪能していました。
それから数分経つと、アヴィさんは少し照れながら話し掛けてきます。
「あの、主様……? これからは一緒に寝てもいいですか?」
「ふふっ、これだけのことをしてもらって、断れるわけないじゃないですか。……もちろんいいですよ、アヴィさん」
「――良かったです!! 本当に良かったです!! 断られたら自我が崩壊するところでした!!」
「大袈裟すぎですよ……。そろそろお風呂から上がりましょうか。私たちはどれくらいここにいたんですか?」
「まあ一時間弱だと思います! 主様が寝てたのが三十分くらいなので!」
……ふむ。案外時間はかかっていないんですね。それに聞いてはみましたが、正直なんでもいいです。
それから私たちは体を拭いて寝室に向かいました。
〇
レンさんは机で勉強をしているようです。とりあえず私は話し掛けてみました。
「レンさん。ちょっと時間が掛かっちゃいました。私がお風呂で眠ってしまったせいです……。ごめんなさい」
私に話し掛けられたレンさんは勉強をやめて答えてくれます。
「そのおかげで俺も勉強に時間を使えたし助かった。……じゃあ、俺もシャワーを浴びてくる」
レンさんはそう言うと、私から視線を外して立ち上がります。
「私はその……寝てしまったので、少し眠気が覚めてしまったというか、なんというか。……なので少しお散歩してこようと思います」
レンさんはそれを聞くと、少し心配そうにしながら「今からか? 気を付けろよ」と返事をくれました。アヴィさんは「我も行きます!」と元気いっぱいです。断る理由も特にないので一緒に行くことにします。
私が玄関の方に行くと、アヴィさんが直ぐに寝室から服を一枚持ってきました。
「主様! その格好だと寒いと思うので、これを羽織ってください!」
アヴィさんはそう言いながら、カーディガンを私に掛けてくれました。ふわっとしているのに滑らかで流れるような触り心地です。きっと高級なものでしょうね。
「ありがとうございます。じゃあ行きましょうか」
「はい!」
私たちは寮の部屋を出て外に向かいました。
〇
今は二十三時前なので、学院の外に出ることはできません。つまり、お散歩と言っても学院の敷地内を回るということになります。
「主様はどこか行きたい場所があるんですか?」
「……いえ、特に決めてません」
「そうなんですね! 我も夜の学院を歩くのが初めてなので、どこに良いスポットがあるのかとかは把握できてません!」
「まあ誰でもそんな感じだと思いますよ」
私はそんなことを言いながら、ふと空を見てみました。雲がひとつも無い、綺麗な星空が視界いっぱいに広がります。それを見てしまったら、こう言わずにはいられません。
「アヴィさん。どこかのベンチで星空を眺めませんか?」
私にそう言われると、アヴィさんは同じように空を見て答えます。
「……とっても綺麗ですね! ベンチなら良い場所がありますよ! 学院の屋上です!」
「今の時間だと校舎の中には入れませんよ?」
「実は教員棟の非常階段はどの時間でも使えるんですよ! そこから中に入りましょう!」
「見つかったら色々と問題じゃないですか? それに屋上の鍵って開いてますか?」
と言うか、その情報はどこで手に入れたんでしょうか……。