48話 その12
「夜空さん、ルアさん。これを見てください」
「……オル、……これ?」
「そうです。不思議な模様です」
「……すごいです」
……ふふっ、可愛いですね。布団で包んであげたいです。
私がそう思っていると、なぜか意図を察してくれたアヴィさんが三人の体に布団をかけてくれます。三人とも直ぐには眠くならなかったのですけど、それでも一分と経たない内にオルさんがうとうとし始めました。そしてそれに続くように夜空さんとルアさんも眠そうに目を擦り始めます。
私も十分リタさんの気配を感じられたので、魔剣を仕舞うとそのまま横になってみました。
「……ますたー、……ねます」
「はい、おやすみなさい」
「……ねむい」
「そうですね。寝ましょう」
そう答えてみると、オルさんは私にギュッと抱き付いたまま寝てしまい、夜空さんは私の上に乗っかったまま寝てしまいます。ルアさんはまだなんとか起きているのですけど、それでも「……われもねます」と言ったあとに寝てしまいました。
今日は三人に抱き付かれているのでふかふかはあまり感じませんけど、私も寝ることにしてお二人に声を掛けます。
「……レンさん、アヴィさん。おやすみなさい」
「はい! おやすみなさい、主様!」
「おやすみ、ユノ。今日は本当にありがとな。ゆっくり寝て休んでくれ」
「……はい、ゆっくり寝ますね」
そう言って目を瞑ると、「えへへ、可愛すぎます!」と口にするアヴィさんが優しく頭を撫でてくれます。
……うぅ、眠いです。……でも、今日もなんだか大変なことがありましたね。……レイラさんとテオドールさんのことは警戒しないといけませんけど、私もそんなに一人になったりはしないので大丈夫なはずです。……気を付けておきましょう。……ノエルさん、ありがとうございます……。
そう思ったところでかなり眠さも限界だったので、私は集中するのをやめるとそのまま眠りにつくのでした。
〇
俺は勉強を止めて適当に椅子から立ち上がると、ユノたちのベッドの方を向く。なにも言ってこないが、アヴィは四人のことを見つめているようだ。
「……もう寝てるんだな」
その言葉にも返事は来ないため、俺もそのまま言葉を続ける。
「さっきの話だけど、ユノは大丈夫なのか?」
そう聞くと、アヴィは静かに顔を上げて俺のことを見据えた。
「――レン、お前には無事に見えたのか?」
「……いや、そうだよな。……なあ、アヴィ。ユノはどうして突然こんなことになったんだ? 解決策はないのか?」
「――黙れ。……お前も薄々気付いているんだろう? 主様の体を治す方法に」
「……つまり、特異点の力ってことか」
俺がそう言うと、アヴィは心底呆れたように口を開く。
「『神徒』との戦いでも思ったが、お前はまだその力を扱えていない」
「……そうだな」
「よく聞け、レン。今の未熟なお前では、主様を救うことはできない」
「……ああ、それは分かってる。今の俺が使ったら、間違いなくユノを殺すことになる。……いや、……跡形もなく、消滅させることになる」
「我がいる限りそんなことはさせないが、お前はその力を完全に扱えるようにならないといけない。――必ずだ」
その言葉を聞いた瞬間、なにかの違和感を覚えた。
――ん? 待て、なんだ今のは……。なにか引っ掛かるな……。アヴィの言葉にか? いや、今はそれよりも――。
俺が逡巡した瞬間、アヴィは一瞬で俺の前に来る。そして、冷たく透き通った瞳で俺の目を捉えた。
「――レン、特異点の声に耳を傾けろ。拒絶している時間はないぞ」
「……お前は、どこでそのことを知ったんだ? ……アヴィ、お前もやっぱり勇者なんだな?」
「話を逸らすな。我の言葉をよく聞け」
アヴィがなにを目的としているのか、アヴィがなにを考えているのかも分からないが、それでもユノのことを思う気持ちは確かだ。だから、俺は静かに頷く。そして僅かに無言の時が流れ、アヴィが口を開いた。
「レン、お前の力は特別だ」
「……まあ、そうかもな」
――ん? 待てよ、またさっきと同じ違和感だな――。
「お前の力なら主様を救うことができる」
……救う? この言葉も、どこかで――。
そう考えた瞬間、アヴィがどこか遠くを見つめるように言う。
「――だから、お前が救え」
その言葉を聞いて、俺はようやく違和感の正体に気付いた。
「……そうか、アヴィ。……お前は俺の母親に似ている」
「ふんっ、我はそんなくだらん返答は求めていない! ……いいか、お前はお前のやるべきことに集中しろ、レン」
「……そうだな。アヴィ……」
……俺のやるべきこと、か……。なら、俺はユノを守りたい。……そのためにも、もっともっと強くならないといけない。……でも、どうして俺はこんなにユノを? ……もしかしたら、この気持ちが……いや、違うな、きっと――。
複雑な心境で一度静かに目を閉じると、ひとまずアヴィに礼を言うことにした。
「ありがとな、アヴィ。色々と考えを整理することができた」
「そうか、なら我は主様鑑賞に戻る! 体を貪らないといけない!」
「……いや、やめような……」
相変わらずアヴィは問題発言をしているが、止めても意味をなさないため俺は静かに寝室を出た。そしてシャワーを浴びる前に一度外の空気を感じることにする。
気分は不思議とどこか晴れやかで、俺は適当なベンチに腰を下ろすと空を見上げた。
「……なんというか、本当に不思議だな」
俺はそう口にし、懐かしい記憶を思い返し始めた。
〇
――今から六年前。
俺は当時十歳で、ヴィクトリアと魔法の訓練をしていた。
「……ヴィクトリア、本気で行っていいのか?」
「構わないよ。今の君は私に遠く及ばない」
「……そうか。なら行くぞ?」
真剣に見つめる俺に、ヴィクトリアは軽く頷いてきた。それを見て、俺も全力で魔法を唱える。
「――特異点魔法!」
特異点の力は正常に発動したように見えたが、ヴィクトリアに届く前に霧散する。
「また失敗か……」
「君はまだこの力の全てを扱えるわけじゃないからね」
「……なあ、ヴィクトリア。どうしたらもっと使えるようになるんだ?」
そんな言葉を受け、ヴィクトリアは静かに俺の前まで歩いてきた。そして、穏やかな手を俺の頭の上に乗せ、真っ白な瞳を向けてくる。
「レン、君はまだまだ未熟だ。でも、それは決して悪いことではないよ。これから先、遥かに成長していけるということだからね」
「……そうだよな。伸び代があるならそこまでやるだけだ」
「うん。君はその力を使いこなせるようにならないといけない。――必ずね」
そう言うと、ヴィクトリアは俺から手を離し、また静かに口を開く。