序章 その5
……どれどれ? 『入学願書』に『住民票』それに『戸籍謄本』などなど、学院での私に関することのようです。どれも学院用に師匠が偽造した物の様ですね。
ただ、中でも気になったのは『入学通知書』です。どうやら、王族や貴族の他、つまり平民でも成績が特別優秀な者にかぎり、入学試験を受けることが認められているようで、更にその中である水準を越えた者は入学できるそうです。……ですが、何となく嫌な予感がするので聞いておきましょう。
「師匠、王族や貴族以外の合格者はこれまでに何人いましたか?」
「……ほう」
師匠は一瞬沈黙し、直ぐに続けます。
「二年前は居なかったが、去年は三人居たはずだ」
……はあ、やっぱりです。
「とっても少ないじゃないですか。……王族や貴族の中に平民が居たら明らかに差別されそうですよね」
……かく言う私も平民として入学するわけですけどね。
「できれば貴族として入学とか、そういうのが良かったです。あまり目立たない方が、勇者の監視も楽だと思うんですけど?」
私は不満を露にしますが、師匠はそんなことを気にする様子もなく答えます。
「勇者も平民だったからね。お前もそれに合わせておいたよ」
そんなこと言って、どうせ貴族用の戸籍やらを作るのが面倒くさかっただけですよね。
それになんの嫌がらせでしょう、これは。
「この学力試験400人中400位って何なんですか……?」
「あぁ、それか。言ってなかったが、入学試験を受けたのはお前に変装したパンドラだよ。本来、お前に行かせるべきだったが呼び戻すのが面倒くさくてね」
「……パンドラさん、ですか。道理でこんなことするわけです」
「ユノ。パンドラとは仲良くしろと言っているだろう」
「そんなこと言われても無理なものは無理です」
パンドラさんは私の姉弟子ですが、感性が違いすぎて全く仲良くありません。むしろ嫌いです。因みに、そんなパンドラさんのことを師匠は気に入っています……。
私がパンドラさんのことを拒絶して首を振っていると、師匠は容赦なく追撃をしてきました。
「言い忘れていたが、お前が学院で得た情報はパンドラに報告するように。私はあまり動きたくないのでね。その辺は二人で上手くやってくれ」
……なんでですか? 最悪じゃないですか。
「……もう、それでパンドラさんは今どこなんです?」
「今は別件で出ているよ。二、三日で戻ってくるだろう」
「いっその事、勇者の監視はパンドラさんにやらせてはどうです?」
「数ヶ月であればそれも可能だろう。だが、三年間ともなれば不可能だ。学院を血の海にしたいのかい?」
学院を血の海に……あの人なら十分有り得ますね。ただ、いくらパンドラさんと言っても師匠には従順です。
「師匠の指示でも無理なんですか?」
私がそう質問してみるも、それに師匠が答えることはありませんでした。
「さて、他に質問は?」
師匠は顔色ひとつ変えずにそう聞いてきます。
……随分と強引に話を変えてきましたね。まあいいです。他にも気になることがあるのでそちらを聞いておきましょう。
「まず、これです!」
そう言い、私は入学通知書の魔法適正の欄を指差します。
「何か問題か?」
「問題に決まってるでしょう!? なんで闇魔法以外のどの魔法適正も最低ランクなんですか。私には魔法を使うなと?」
師匠は面倒くさそうに答えます。
「あまり目立たないためには、これくらいがちょうどいいだろう」
どこがちょうどいいんですか? これでは悪い意味で目立ってしまいます。というか、よくこんな成績で平民なのに入学が認められましたね。……なぜ?
私が疑問に思っていると、「それと」と師匠は付け加えて言います。
「魔法詠唱は脳内でやるな。お前には特別に方法を伝授したが、現代の魔法理論では解明不可能なものだ。万が一、他人に知られたら勇者以上に命を狙われることになるぞ。……魔法具生成もかなり高等な魔法を必要とするから人前では禁止だ」
「……ええ」
なんだか知れば知るほど私の自由が制限されていってるような気がします。もう少し、気の利いた感じにはならなかったんでしょうか。
「文句なら全てパンドラに言え。そこの成績に関することは全てあいつの独断だ」
「はあ……。全くひどいです」
パンドラさんには色々と言いたくなりますが、私の方が基本的に立場は下なので厳しいでしょうね。
私はそんなことを考えつつ、他の質問をしてみます。
「……それと、この固有魔法の欄ですけど、なんで闇魔法3級なんですか?」
「正直に時間魔法なんて言うわけにはいかないだろう」
――固有魔法というのは各人によって違う、その人が生まれながらにして得意な魔法のことを言います。名前に固有と付いていますが、人によってはどうしても同じになってしまうこともあります。なので固有魔法改め、得意魔法みたいな認識ですね。私は時間魔法を固有魔法として生まれ持ってきましたが、こういう魔法は非常に珍しいらしいとのことです。
適当に答えてきた師匠に、私は不満をぶつけます。
「それは分かっています。なんで闇魔法を選んだのかを聞いてるんです」
師匠は、何度も言わせるな、そんな顔をして即答します。
「知らん」
はぁ、分かりましたよ、もういいです。他にも聞きたいことがありましたが、あとで本人に直接聞きますよ。……まあ実際に面と向かって言えるかは分かりませんけど。
「ならもう質問はありません」
私がそう諦めるも、師匠はまだ満足していないようです。
「……これも言い忘れていたが。勇者のことは一部の耳聡い連中くらいしか知らない情報だ。間違っても口を滑らせるな。それに、勇者本人も自身が勇者であることに気付いていない場合もある。この意味は分かるな?」
……あの、私の負担が大きすぎませんか? 三年間はきついですよ、こんな感じでは……。
私は悲嘆しながらも何とか声を出します。
「……他に私に言い忘れてたことはありますか?」
私がそう言うと、師匠は何故だか嬉しそうに目を細めます。
「……何がおかしいんですか?」
「いや何、お前が苦悩している姿が何とも愚劣で滑稽でな」
いきなり何なんでしょうか? 流石にこんなこと言われては見過ごすわけにはいきません。
「どれだけ私が師匠のために働いてきたと思ってるんですか? ひどすぎませんか?」
少し怒った私に対して、師匠は嘲るように答えます。
「……ほう。命の恩人に対してよくそんなことを言えたな」
……むう。それを言われるとどうしようもありません。今回のところは私が引きましょう。でも、いつかきっと後悔させてあげますからね。
そう思っていると、師匠は「忘れたか?」といきなり言ってきます。
私が師匠に助けられたときのことでしょうか? いえ、それを忘れるわけないことは師匠も知っているはずです。となると、一体なんのことでしょうか?
私は分からないので聞いてみることにします。