3話 その14
そして私は本題を切り出してみます。
「手紙を見て来たわけですけど、何かお話があるんですよね?」
「まあそう焦るな……。まず先に言っておくが、お前は『非常に優秀』で『素晴らしい状態』だ」
そう言えば、手紙にも非常に優秀だと書いてありましたね。手紙にも書いて、今こうして出会ってからも言ってくるということは、余程それを私に伝えたかったのでしょうけど、その真意は何でしょう。……あまり必要には思えませんけどね。
図書館の時にもありましたが、ラピスさんは再び私の思考を読んでいるかのように言葉を発します。
「こうして二度にわたってお前にそれを伝えたのは、特に『今回の』お前に期待しているからだ」
……今回の? 別の私がいるかのような言い回しですね。これは私のことを馬鹿にしているのでしょうか? 仮にそうでないのなら、ラピスさんは何か特殊な……例えば、並行世界に行ったりできるような、そういった固有魔法を使えるということになります。師匠からもらった新入生の情報ではラピスさんの固有魔法は氷魔法3級となっていましたが、それはそもそも学院から盗んだ情報ですし、ラピスさんが学院を上手く騙しているのなら氷魔法でないとしても矛盾はありません。……まあ、その疑問もありますが、もう一つの疑問はラピスさんは私に何を期待しているのか、ということです。これに関しては予想しようが無いので本人から聞くしかありません。
私はそれらを聞く前に別の質問をしてみることにしました。これの答えによって大体の方向性が定まります。
「ラピスさんは、私の『固有魔法』が何か分かりますか?」
そう聞いてみると、ラピスさんは表情を変えずに答えました。
「この段階でその質問をしてくることも素晴らしい。……もちろんユノ、お前の固有魔法は知っている。――時間魔法だ」
……なるほど。これを知っている以上、ラピスさんが何か特殊な固有魔法を扱えることが確定しました。
ダメ元ではありますが、一応聞いておきます。
「ラピスさんの固有魔法が何か教えてもらえませんか?」
「私の固有魔法はお前が考えるような特殊なものでは無い。氷魔法という認識のままでいい」
ラピスさんが何を考えているのか分かりませんが、私に協力的なのは確かです。グリフィスさんのことを私の敵だとアドバイスもくれてましたし……それに私の固有魔法まで知っているのであれば、もしかしたら……。
「ラピスさん。さっき『今回のお前に期待している』と言っていましたけど、別の私がいるんですか?」
かなり確信を持ってそう質問してみたのですが、私の考えとは逆の答えが返ってきます。
「別のお前は存在しない。存在するのは今私の目の前にいるお前、ただ一人だ」
「なら、どうして『今回の』なんて言い回しをしたんですか?」
「それについて話すことはできない。……私にはある『制約』が掛けられている。言えることはかなり制限されているわけだ。だから、私の言葉から、お前が答えを導き出せ」
……ラピスさんは私の固有魔法を知っている時点で、師匠やパンドラさんのように普通の域を超えた人物なのは簡単に推測できます。そんな方が私を騙したりして遊ぶメリットも無いでしょうから、制約が掛けられている、と言うのもほぼ間違いなく真実なのでしょうね。
「ラピスさんに掛けられた制約を解く方法はないんですか?」
そんなことを聞いてみます。すると、ラピスさんは無言のまま一冊の本を手の上に出しました。
……今、無詠唱で収納魔法を使いましたね。そうかと思っていましたが、やっぱりできるようです。
私はそう思いながら、ラピスさんが出した本を見つめます。
「ユノ、この本を見てみるといい」
ラピスさんはそう言い、出した本を私に渡してきました。私は中を確認してみますが、一切何も書かれていません。表紙から中まで全てが白紙の本です。どういうことか困惑していると、ラピスさんが説明を始めます。
「『それ』は私の存在理由であって、私そのものだ。『それ』の導きによって私はこの世界を旅する」
……? さっぱり分かりません。
私が言っていることを理解できずにいると、ラピスさんはその本を私から取り上げて静かにこちらを見つめてきました。ラピスさんは私に何かを伝えたいのかもしれませんが、とりあえず一番聞きたかったことを聞いてみます。
「ラピスさんは私に何を期待しているんですか?」
ラピスさんはそれには答えずに相変わらず無言のままです。なので、私はラピスさんの様子を見ながら一人で喋ることにします。
「分かりました。それも制約で喋れないわけですね。制約の仕組みも凡そ分かってきましたよ? ラピスさん自身に関すること、それと私に関することで言えば、誰がいつ私を襲ってくるかなど、具体的なことは言えないという感じですね?」
モー・グリフィスさんのことを踏まえればこんな所でしょうか?
ラピスさんは特に反応を示さずに言います。
「今回のお前を見込んで、私のことで唯一制約に引っかからないことを教えよう」
ラピスさんが反応を示さないことから逆に分かりますが、私の制約に関する予想は大体当たっているようですね。
とりあえず私はラピスさんの次の言葉を待ちます。そして、ラピスさんは少し黙った後に口を開きました。
「――私は、運命の旅人だ。決して私から運命を変えることはできない。ただ『その時』を待ち続けるしかない。……私はこの世界の主人公では無い、ただの力無き傍観者に過ぎない。――42穣6859稌7016垓2843京0908兆2363億4700万9835回、この世界を見てきた。宇宙の始まりから……ずっと――」
……? えーと? なんですか? なんのお話ですか?
「ユノ、お前の死は……。18穣8019稌2298垓5973京4984兆0555億1671万6630回、見てきた。――お前は死にそうな時に諦める癖を直せ。抵抗しろ、希望は必ずある。それにお前が死んだら、リタがお前を追って自殺するぞ?」
……リタさん? いや、何をさっきから――。
そう言い終えた瞬間、ラピスさんは姿を消しました。しんと静まり返った闘技場に、私は一人残されてしまいます。
ただ、私はしばらくその場でラピスさんの言っていたことを考えてみることにしました。
白紙の本に対してラピスさんは『それの導きによって私はこの世界を旅する』と言っていました。そして『私は、運命の旅人だ』とも言っていました。これらのことから、私には白紙に見えたその本に、実はラピスには文字が見える、そしてその文字には制約のことや、何かしら運命に関する記述があるのではないかと考えられますね。『決して私から運命を変えることはできない』『ただその時を待ち続けるしかない』これらの言葉はつまり、ラピスさんが制約によってお話できない、ラピスさんが果たさなければならない『目的』? に関することだと考えられます。その目的と言うのは流石に現状では、予想することはできません。そして『――回、この世界を見てきた。宇宙の始まりから……ずっと』『お前の死は……――回、見てきた』と言っていましたね。これらは、そのままの意味で考えるなら……ラピスさんは時間を遡ることができるということになります。それも、ラピスさんの言い方から推測すると、戻ると言っても宇宙の始まりまで戻ってしまう、とかそういうことでしょうか? ……しかしそれですと、あまりにも超越的ですし、人知を遥かに超えた事柄になります。そんなことは師匠ほどの魔法使いであっても間違いなく不可能でしょうし、とても考えられません。仮にその不可能が起こり得たとしても、宇宙の始まりから現代まではおよそ五百億年と言われています。その長い時間をどうやって生き長らえたと言うのでしょうか。このお話は始まりから終わりまでの全てが絶対に有り得ないのです。――ですが、本当にそう片付けてしまっていいのでしょうか? 何か引っかかります。そもそも、ラピスさんは私に『私の言葉から、お前が答えを導き出せ』と言っていました。そして『特に今回のお前に期待している』とも言っていました。『今回の』が指すところはあまり分かりませんが、これらは結局のところ、私が真剣に考えれば答えに辿り着けるということを意味しているのではないでしょうか。つまり、私が考えるべきことは、ラピスさんの目的、制約、そして運命に関すること、宇宙の始まりから世界を見る方法……についてですね。最後のは不可能だと思うので、実質除外ですが……。