3話 その3
私たちが食券売り場まで行くと、前に並んでいた方々がこちらを見るなり直ぐに話し掛けてきました。よりにもよって、フォーデン皇国の方々です。まさかこんなに直ぐにお会いすることになるとは思いませんでした。その方々の中に一人、王族の制服を着ている方もいます。間違いなく私の変装をしたパンドラさんと揉めた方でしょうね。そして私に話し掛けてきたのはまさにその方です。
「おいお前! 入学試験の時は散々俺の事を馬鹿にしてくれたよな? しっかり覚えてるぜ。どう責任取るつもりなんだよ」
最初の一言目がこんな感じなのは終わっていますが、それもまあ仕方ありません。それよりもこの方が本気で責任を取らせようと思っているなら、入学式の辞令交付で私が学院に入学したことは分かっているはずなので、その日にでも、遅くても次の日にでも先生に言えばいいのです。それをしていない時点でこの方が私に対してそこまで怒ってないのが分かります。ここは素直に謝っておきましょう。その方が今後また会う機会があっても揉めたりする可能性が低くなるでしょうから。
「あの、フォーデン皇子様。私もあの日は試験のストレスで気が動転していて本意ではなかったんです。……それでも失礼な態度、発言をしたことは変わりません。今後はそのようなことが絶対にないように心に留めておきます。ごめんなさい」
私はしっかりと頭を下げて誠意をアピールします。
「――あ、いや……、俺も別にそんなに気にしてる訳じゃねーからさ。……お前もそんなに気にすんなよ」
……あれ? 随分あっさりと許してもらえました。案外優しい方のようですね。
とはいえ、一度許してもらえたからと言って気は抜けません。……それと一応、アヴィさんは空気を読んでくれているのか割り込んでこないで静かにしててくれます。
私がしっかりと答えようとしたところで、フォーデン皇国の別の方が会話に割り込んできました。
「おいフィル! なに緊張してんだよ」
そう言い、とても楽しげにフォーデン皇子の肩に手を回し始めます。それに対して、フォーデン皇子も満更でもないようです。
「ジャック! 俺は別に緊張なんてしてねーよ!」
フォーデン皇子は肩に回された手を払い除けながらそう言います。ですが怒っているわけではなく笑っています。
……なんだかとても仲良さそうですね。
因みにフォーデン皇子の本名は『フィル=ジーラ・フォーデン』です。だからフィルと呼ばれているわけですね。そして、もう一人の方は『ジャック・グリーニッシュ』さんです。
……それにしても、片方は王族、もう片方は貴族という関係で、お互いを名前や愛称で呼び合うというのはかなり珍しい方なんじゃないですか? 微笑ましいですね。
私が話を切り出そうと思っても、お二人はこそこそと何かを話し合っているようで、中々声を掛けるタイミングが見つかりません。そうこうしていると、また別のフォーデン皇国の方がフォーデン皇子達に声を掛けました。
「フィル、ジャック、何こそこそ話してんだ?」
「お、アーリング! お前もちょっと耳貸せよ」
「ああ、なんだ?」
そうして今度は三人で何かを話し始めてしまいました。
「おい、フィル! それ面白いじゃねーか!」
「馬鹿、声がでけーよ」
とても楽しそうです。まあそれはいいことなんですけど、アヴィさんも私も食券を買いたいのです。なのでとりあえず、アヴィさんに謝っておきます。
「ごめんなさい、私の問題で時間を取ってしまって」
「……全然構いません! むしろ我は他人に謝っている主様の姿を、第三者として俯瞰して見ることができて大変嬉しいです!! どんな姿も可愛いですね!!」
……えーと、またよく分からないことを言っていますね。人が謝っているところを見て喜ぶって……結構な変人だと思います。まあアヴィさんはそれ以前に変人要素沢山ですけど。
私はアヴィさんに何となく質問してみました。
「アヴィさんって自分のことどんな人間だと思っていますか?」
「んー、我ですか……」
思いの外アヴィさんは悩んでいたようで、答えたのは少ししてからでした。
「我は、そうですね……何でも出来てしまう天才だと思います!!」
まあ、質問が悪かったのもありますが、悩んでいた割にはかなりひどい返答です。まったく、アヴィさんは……。
そうこう思っていると、アヴィさんは直ぐに私にも同じことを聞いてきます。
「主様は自分のことをどんな人間だと思っているんですか!?」
「……あの、それに私が答える必要ありますか?」
「ええ!? 一方的に聞くだけ聞いて自分が答えないというのはひどいと思いませんか!?」
「たしかにそうですね、アヴィさんの言う通りかもしれません」
私はアヴィさんにそう答えると、フォーデン皇子達に近付いて話し掛けました。
「……あの、少しいいですか? ……直ぐに買わないのであれば、私たちが先に食券を買っても大丈夫ですか?」
そう聞いてみると、フォーデン皇子は少し慌てながら答えてくれます。
「あ、ああ! 先に買っていいぜ」
「そうですか、ありがとうございます」
そう感謝を伝えると、私は再びアヴィさんの元に戻りました。
「私たちが先に食券を買ってもいいそうですよ」
そんなことを言ってみますが、アヴィさんはそれには答えてくれずに無言のままです。
「……アヴィさん? 体調が悪いんですか?」
「違います、主様! なにか分かりませんか!?」
……えと? 突然なにか、と言われても……。
「ごめんなさい、よく分からないです」
私がそう言うと、アヴィさんは「ならもういいです!!」とそっぽを向いてしまいました。
……どうしていきなりこんな感じなんでしょうか。意味が分かりません。
「アヴィさん、なにが原因か言ってもらわないと分かりませんよ?」
一応声を掛けてみますが、相変わらずアヴィさんは答えてくれません。私のことを無視しているようです。
一体どうしてですか……。でもまあいいです。とりあえず、食券を買ってみましょう。
私はアヴィさんのことは置いておいて、食券販売機の前に着きました。メニューが沢山あってどれにするか悩みますが、最初ということもあり大好きなパスタに決めました。チーズの乗ったトマトクリームパスタです。とっても美味しそうで楽しみです。それと、食券販売機はメニューを選択してお金を入れるか、生徒証をかざすと、自動で厨房の方に注文が届く仕組みのようです。私は注文番号の紙を持って、適当な席に座って待つことにしました。程なくして受け取り口の上の映像魔法具に私の番号が表示されたので受け取りに行きます。食事を受け取ると席に戻って早速食べ始めることにしました。
「いただきます」
一口食べただけでその美味しさが口全体に広がります。トマトの程よい酸味とそれを和らげる濃厚なクリームソースが絶妙な加減で合わさって、美味しさを引き立てあっています。
……うん、いいですね。かなり美味しいです。ちょっと値段は高いですが、それだけの味はします。しかし今後のお昼は朝に作ったお弁当を食べることになると思うので、中々食堂を利用することは少ないでしょうね。まあ、私が特待生になればまた話は変わってきます。特待生は色々と免除されるのです。
私は美味しいごはんを食べ終わり満足しながら、お皿を返却して教室に戻りました。結局アヴィさんが私に話しかけてくることはなく、教室でも同じでした。そのまま六限目の授業が終わり、アヴィさんと私はエレナ先生にモー・グリフィスさんのことで呼び出されたのでした。