序章 その2
そして今度は私の右隣に座っている方が話し掛けてきました。まだ幼い女の子です、多分六歳くらいだと思います。
「お姉ちゃん! 魔法使いなんだよね!? 魔法見せて!」
無邪気で可愛いのですが、その隣に座っていたお母さんに止められます。
「こらダメよ、そんなこと言っちゃ。……ごめんなさいね、魔法使いさん」
そう言うと、私に少し申し訳なさそうな表情を見せました。……ただ、私としても魔法を見せるくらいなんてことないので、目を輝かせているこの子のためにも引き受けてみます。
「いえ、構いませんよ。どんな魔法が見たいですか?」
「えーとね! えーとね! それじゃあね? キラキラしたのがいい!」
「分かりました、飛び切りキラキラしたのを見せますね」
私が頷いてみせると、この子のお母さんは「魔法使いさん、ホントに無理しないで大丈夫よ」と、心配してきました。魔法をあまり知らない方からすると一件無茶なように思えるかもしれませんが、実は結構簡単だったりします。方法は色々とありますが、かなり単純なやり方でキラキラを表現してみようと思います。
私は光魔法一型を発動して、光の球を作り出すと、それに加護魔法一型を使って星明かりのような輝きを付け加えてみます。
「どうですか? キラキラしてますか?」
「――わあ!! とってもキラキラしてる!」
女の子はとても嬉しそうに見入っています。どうやら喜んでくれたようです。
「お姉ちゃん! これ触ってもいい!?」
「大丈夫ですよ。害はありません」
女の子は「ホント!?」と反応すると、直ぐに光の球を突いたり、そっと触ったりし始めました。そんな姿が可愛いので、もう少し特殊なキラキラも出してみることにします。
私は精霊魔法を複数回発動し、風精霊や水精霊、光精霊などを沢山出してみました。
精霊の光に気付くと、女の子はさらに興奮し始めます。
「――これなに!? キラキラがたくさんあって、ふわふわして浮いてる!!」
「そうですね、ふわふわしてますね。……これは説明が難しいんですけど、とにかくキラキラしたものです」
「そうなんだ!? いろんな色のキラキラがすごいね!!」
まだ幼い子に精霊の説明をしたところでよく分からないと思うので、適当にそう濁しておきました。女の子もあまりそこには興味がないようで、とにかくキラキラしているところがポイントのようです。
こんなことで喜んでもらえるのなら幾らでもできますね。ホントに微笑ましい限りです。
私は女の子のことばかり眺めていて中々気付かなかったのですが、少し周りを見てみると他の方も食い入るように精霊や光の球を見ています。やっぱり魔法は珍しいようです。
「お姉ちゃん! 次はね、えーとね! えーとね!」
女の子は足をパタパタさせながら必死に考え始めました。
……どうして子供はこんなに無邪気で可愛いんでしょうか。思わずギュッと抱き締めたくなります。もちろんお母さんも見ているので、そんなことはしませんけどね……。
私がそんなことを考えていると、女の子のお母さんが私に話し掛けてきます。
「この子、クロエって言うの。私も夫も魔力はないけど、クロエは氷魔法なら使えるのよ。……でも学校に通わせてあげるお金はなくてね」
「……そうですか」
もちろんそれは仕方のないことですが、本人を目の前にして聞かされると、どうしても可愛そうです。
そんな私たちの話を聞いて、クロエさんは嬉しそうに私の方を向いてきます。
「お姉ちゃんにも氷あげる! 氷魔法!」
私の手の中にポトッと小さい氷が落ちてきました。とっても可愛いです。
「凄いですね、今これだけ扱えるなら、しっかり学べば――」
私はそこまで言った時に気付きます。今まさにお金がないから学校に行かせられないと聞かされたばかりでした。私が何も考えずにそんなことを口走ってしまったことで、馬車の中は微妙な空気に変わります。クロエさんだけは特に変わっていませんけど……。
「ごめんなさい、何も考えずに言ってしまって……」
私がそう謝ると、クロエさんのお母さんは「……いいのよ、今さら」と、どこか呆れながら言ってきます。それは全て私の不用意な発言が原因なので仕方ありませんが、とりあえずクロエさんにしてあげられることがないか考えることにしました。学校に行くだけのお金を渡すことはできないので、他の方法でないといけません。そうなると、私にできることは魔法を教えるくらいです。
ということで、私はクロエさんに聞いてみます。
「クロエさんは魔法が好きですか?」
「うん、大好き!」
「……なら手を出してください」
クロエさんは「うん!」と頷くと、私の方に可愛い手を出してきました。私はそれに触れると、記憶魔法一型を唱えてから、ゆっくりと魔力を流していきます。
それに驚いたクロエさんは、やや興奮気味に口を開きます。
「――これなに!? ぽかぽかするね!?」
「はい、ぽかぽかしますね。……良いですか? クロエさん。今流しているのは魔力というものです。そして、今ぽかぽかしていて温かいところが、クロエさんの魔力の流れ道です。……氷魔法をもう一度使ってもらえませんか?」
「いいよ! 氷魔法!」
再び氷がポトッと私の手の中に落ちてきます。
「今、氷魔法を使った時に魔力の流れ道に強い力が入ったのが分かりますか?」
「うん! ギュッてしてた!」
「……それが分かれば上出来です。どんな魔法を使う時でも、その魔力の流れ道にどれだけ力を込めるかで、使う魔法の効果が変わってきます。……氷魔法で試してみましょうか」
ワクワクしながら見つめてくるクロエさんの体を少しだけ抱き寄せると、もう一度クロエさんにお願いします。
「では、また氷魔法を使ってください」
「――いくね、氷魔法!」
瞬間、先程よりも大きい氷が複数出現します。そして、それらは全て落下することなく宙に浮いています。
「――わあっ!! どうして!? 落ちないよ!? それも沢山ある!!」
クロエさんはとても喜んでいますが、記憶魔法も使っているのであまり時間をかけずに次を教えていきます。
「今の強さで魔力を使うと、これくらいの氷が沢山作れます。……今度は何か好きな形を思い浮かべてください」
「えーとね、ならね! うさぎさん!」
「……いいですね。ならそのまま、うさぎさんを思い浮かべて氷魔法を使ってください」
「分かった!! 氷魔法!!」
クロエさんがそう唱えると、『うさぎさん』の形をした氷の塊が複数現れました。……クロエさんのイメージ通りなので、『うさぎさん』というのが普通のうさぎと比べて少しぐにゃぐにゃとしていますが、まあそこは今はいいのです。
魔力は私が負担しているので、特に魔法を連発してもクロエさん自身に負担はありません。なので、直ぐに次のことも教えていきます。
「好きな形の氷を作るなら、今みたいにイメージしてから魔力を込めると作れますよ。……次はただ氷を作るのではなく、周りを凍らせる魔法です。これまでと比べて一気に難しくなりますからね。……クロエさん、氷魔法を使ってください」
「うん、難しいのでもたくさん頑張る!! 氷魔法!!」
――刹那、馬車の内部が完全に凍り付きます。もちろん、人は誰も凍っていません。
私は直ぐに消却魔法で氷を消すと、クロエさん以外の方に少しだけ頭を下げました。全員突然のことで驚いて何も言うことはなかったです。ということなので、私も気を取り直してクロエさんに氷魔法の最後の使い方を教えます。
「今の強さとイメージで使えば、クロエさんの周囲を凍らせることができます。……そして次が最後ですが、最後は任意の対象を凍らせるというものです」
私はそう言うと、適当に物質生成魔法で布を作り、浮遊魔法で宙に浮かせてみます。
「これに魔力が向かうようにイメージして、氷魔法を使ってみてください」
「――うん、いくね!! 氷魔法!!」
クロエさんが魔法を放つと同時に、宙にひらひらと浮いていた布は凍り付き、全く動かなくなります。私はそれを消却魔法で消すと、記憶魔法を止めました。
そして、まずは上出来なクロエさんを褒めることにします。
「クロエさん、とても良かったです。これで氷魔法はほぼ使えるようになりますよ」
「――ホント!? やったぁ!! お姉ちゃん、ありがと!!」
私にギュッと抱き付いてくるクロエさんを撫でていると、周りの方々から厳しい目つきで睨まれます。一瞬どうしてか分からなかったのですが、直ぐに原因が分かったので説明しておきます。
「魔法というのは感覚さえ覚えることができれば、後は問題なのは魔力量だけなんです。今クロエさんに氷魔法を使ってもらっている間、ずっと記憶魔法を使っていたので、その大事な感覚はもう忘れません。だからクロエさんを騙したりしているわけじゃないですよ」
私がそう説明しても、先程の失言で余程信頼を失ってしまったのか、それとも元々魔法使いということで内心嫌われていたのか分かりませんが、あまり私を見る視線が変わることはありませんでした。
仕方ないので、気にしないでクロエさんに説明の続きをします。
「良いですか? クロエさん。……魔力というのは使えば使うだけ増えていくので、地道にコツコツと努力していけばいいですよ。魔法に生まれつきの才能なんてものは、ほぼほぼ存在しませんからね。とにかく努力あるのみです」
「お姉ちゃんはたくさん頑張ったの?」
「そうですね、今もその最中ですが、小さい時から沢山努力しましたよ」
私がそう言うと、クロエさんはキラキラした瞳にたしかな決意の輝きを宿して頷きます。
「――なら私もたくさん頑張る!!」
「クロエさんのこと応援してますね」
「――お姉ちゃん大好き!」
クロエさんはさらにギュッと抱き付いてきます。そのまま私が頭を撫でていると、いつの間にかクロエさんは寝てしまいました。……私が魔力を負担していたとは言っても、初めての魔法を幾つも使ったので疲れてしまったんでしょうね。
結局、クロエさんが目覚めたのは駅に到着する少し前でした。