23話 その19
剣や体に魔力を流すタイミングも適切でとても洗練された剣戟なので、時間を忘れて見入ってしまったのですけど、もう数分はひたすら打ち合い続けています。どう決着がつくのか分からなかったのですが、相手の太刀筋により早く順応したミハエルさんが、一歩前に出ることになりました。遠くから見ているだけでは分からないのですけど、本当に僅かな隙を狙ったようでミハエルさんの剣がアルフさんのお腹を貫いたのです。そして瞬間的に剣を引き抜きながら、アルフさんの体を蹴り飛ばします。
ただどういうわけか、アルフさんは体が後ろに吹き飛ばされながらも、空中で身を翻して綺麗に着地すると、おもむろに剣を下げるのでした。そんな不思議な行動にミハエルさんも警戒したようで、剣を冷静に構え直します。
そして僅かな静寂が流れた時、突然アルフさんは目を閉じました。
――瞬間、肌をピリピリとした気配が伝います。
……どうやらここからが本気のようですね。この感じは間違いなく危険です……。
アルフさんの穏やかな雰囲気は一変し、どこか厳格で緊張感をはらんだ威圧的な雰囲気に変わってしまいました。目を閉じるだけでこうも変わってしまうというのは、なんとなくラファエルさんとアステルさんのことを思い出します。もしかしたらアルフさんも同じように二重人格でそれを自由に切り替えられるのかもしれません。
そんなことを考えている間に、アルフさんはなにかを一言喋ると、あとは静かにミハエルさんが動き出すのを待ち始めました。ミハエルさんもどう攻めるのか決めたようで、体全体に魔力を纏うと一瞬にして加速しアルフさんの元に迫ります。そして、剣を振り抜く瞬間にさらに加速して、私の目では捉えられない速度で剣が放たれたのですが、アルフさんはそれを一歩も動くことなく受け止めると、続くミハエルさんの攻撃も同じようにして防いでいきました。攻撃自体はよく見えないのですけど、アルフさんが片手で剣を持っているのはなんとなく分かります。全力のミハエルさんの攻撃をここまで簡単に受け切れているので、優勝候補と言われる意味が分かってきた気がします。これは圧倒的ですね……。
ひたすら激しい剣戟の音が鳴り響いていたのですが、アルフさんが攻撃に転じたことでそれも終わりを迎えます。一撃でミハエルさんを結界近くまで吹き飛ばすと、瞬間的に距離を詰めて体勢を立て直す隙も与えずに二撃目を放ち、ミハエルさんの体を結界外に弾き飛ばしました。一応ミハエルさんも攻撃を防いで綺麗に着地したようですけど、負けは負けなので仕方ありません。
そうして長い試合にも終結が言い渡されます。
「第九試合勝者、正道オーストレイニア皇国、アルフレッド=ウィリアム・オーストレイニア!」
そんな宣言と共に会場からは大きな拍手と歓声が起こりました。私たちもお二人を称えて拍手をします。ミハエルさんも肩を落としているのは見て分かりますけど、アルフさんと握手をした後にお二人で楽しそうにお話を始めたので、だいぶ満足しているのかもしれません。良かったです。
しばらくそんなお二人を見つめていると、ラファエルさんが口を開きました。
「ユノが勝ち進んだら、あの皇子と当たることになりそうだな」
……なんですかいきなり。そんなの今言わないでください。
私がなにも答えずにいると、なぜかラファエルさんは勝手に一人で喋り続けます。
「ミハエルの代わりに私が出場していれば、なんの問題もなく勝利できたのに……完全に教師の選択ミスだな」
……? ラファエルさんはあんなに弱かったのによくそんなことが言えますね。不思議です。
「……あの、ラファエルさん?」
「どうした?」
「ラファエルさんは選抜試験でとても弱かったです。それなのにホントにアルフさんに勝てるんですか?」
「――くっ、あれは違う! 本当の私の実力はあんなものではないんだ!」
「……アステルさんのことですか?」
そんなことを言ってみると、ラファエルさんは少し驚きながらも頷いてきます。
「……そ、そういうことだ。アステルになれば間違いなく勝てる。……もしかして、ミハエルからなにか聞いたのか?」
……あれれ? ラファエルさんも意外と鋭いんですね。気付かないと思っていたのですけど……、まあいいです。
「ミハエルさんから少しだけお話を聞かせてもらいました。ラファエルさんも潜在能力はすごいんですね」
「ユノ、なんだその言い方は……。私だって今の状態でもユノには勝てる」
……むう、別にそんなことは聞いていませんし、どうでもいいです。
私がそう思った時、突然オルさんがラファエルさんに言いました。
「マスターにそんなこと言うなんてひどいです」
「――な!? わ、私はひどくなんてない!」
「ひどいです。マスターが可愛そうです」
「……そうですね。ラファエルさんはひどいです」
私もオルさんと一緒にそんなことを言ってみます。すると、ラファエルさんはかなり動揺して取り乱し始めたので、無視してアヴィさんの方を向きました。私は特になにも言わずに振り向いただけなのですが、アヴィさんは嬉しそうに目を輝かせてきます。
そんなアヴィさんを見て、ふと言うことを思い出しました。
「えと、アヴィさん?」
「主様、なんですか?」
「今日のお昼は一緒に食べられません」
「――!? どうしてですか!!」
「アムネシアさんと一緒に食べるからです」
「そんなのひどいです!! なら我も一緒に食べます!!」
……えぇと、私はひどいのでしょうか……。今日のお昼ごはんは保存してあるので、別にいつ食べても大丈夫なはずです。明日か明後日にでも食べればいいんです。
そんなことを思っていると、アヴィさんは私に抱き付いてきます。
「主様! アムネシアというのは昨日の女ですよね?」
「そうですね」
「……むぐぐ。我も一緒に食べますからね! いいですか!?」
「ダメです。アヴィさんがいるとアムネシアさんの元気がなくなってしまいます」
ホントにそうかは分かりませんけど、なんとなくです。
「なんですかそれ! ひどすぎます!! 我は主様の親友ですよ!?」
「親友だからっていつも一緒にいるわけではありません」
「主様ぁ……。我は悲しいです」
アヴィさんはしょんぼりとしながら目に涙を浮かべ始めました。これでは可愛そうなので、私もアムネシアさんに聞いてみることにします。
アヴィさんのことを撫でながら、指輪に魔力を流してみました。すると、先程の私の言葉への返信が来ているのでした。
『オルフェさんはすごいですね。圧倒的でした。あと、お昼ごはんは一緒に食べましょう。楽しみにしてます。……パスタが食べたいです』(九時十七分)
『あの、パスタは大丈夫です。……それと、私お金を持っていないので、お昼を一緒に食べるのは無理そうです。ごめんなさい。……はあ、食べたかったです』(九時十七分)
『お金はヴェロニカが出すから大丈夫かな。お昼は適当にパスタのお店にしよっか』(九時三十八分)
……うう、なんというか、少し無理を言ってしまったのかもしれません。まだ魔法具を使いこなせていないせいです……。早く慣れてしまいましょう。
とりあえずアヴィさんのことを伝えておきます。
『えと、ありがとうございます。アヴィさんもお昼を一緒に食べてもいいですか? ……アヴィさんは昨日アムネシアさんが帰る直前に部屋に来た方です。私の親友です』(九時五十七分)
いい感じですね。しっかり送れました。あとは返事を待つだけです。




