1話 その4
そして、先生お二人の自己紹介が終わったことで、生徒の自己紹介に移るようです。
「ではまずは、アメリア・クレーティさん、お願いします」
「は~い♡」
……なんだかヤバそうな方ですね。あまり関わらないようにしましょう……。
アメリアさんは教壇まで上がると、ウインクをしてから自己紹介を始めました。
「こんにちは、みんな~? 私はアメリア・クレーティです♡ 私のことはミアたんって――」
まあこんな感じで、自己紹介はどんどん進んでいき、私の右隣の方の番となりました。男性の平民の方です。
「続いては、レンさん。お願いします」
「ああ、分かった」
……先生にタメ口なのはさておき、勇者かどうか観察しましょうか。
レンさんが前に出ると、他の方はどういうわけか少し緊張し始めました。何故だか分かりませんが、大半が女性です。
「俺の名前はレンだ。まあ、あんまり裕福な家じゃないけど、それなりに恵まれた環境で育った。昔から魔法が得意だった事もあって、この学院の入学試験を受けてみたら合格したって感じだ。学費の関係で来月が終わるまでに特待生になれなかったら俺は退学することになると思う。だからまあ、とりあえずやりたいことって言えば、特待生を目指すってことだな。そんな感じで期間は短いかもしれないけど、これからよろしくな」
結構適当な感じでしたが、意外にも皆さんは拍手しています。クラスの方は相手が平民だからとか、挨拶が適当だったからだとか、そう言うのは気にしない方々なんですね。もしかしたら私でも仲良くなれるかもしれません。
ただそれはそうと、何となくですけど、この方が勇者な気がします。雰囲気と言うよりは単純に心の余裕が伺えます。普通、親にやっとのことで学費を賄ってもらっているなら、何としてでも特待生になる、という決意のようなものが有りそうですけど、この方からはそれが感じられません。普通の平民ならこうはならないでしょうね。
そしてレンさんが席に戻ってきて、私の名前が呼ばれます。
「では次です、ユノさん。お願いします」
一応、今少しでも声を掛けておいたほうがいいでしょうか?
そう思ったので、私はレンさんにだけ聞こえる声で喋ります。
「今の挨拶とても良かったです。緊張が和らぎました。ありがとうございます」
「ん? ああ、そうか。頑張れよ」
……よし。これで、私の自己紹介に少しは注目してくれそうです。いい感じですね。
私は教壇に上がると自己紹介を始めます。いえ、始めようとした所で邪魔が入ります。
「貴女でしょ? 入学試験の時にフォーデン皇国の皇子と揉めたのは」
……ん? どう言う……いえ、パンドラさんの仕業ですね、間違いなく……。学院に入ってから特にそれらしい事は無かったので安心していたのに……。ってそうではなくて、いきなり自己紹介に割って入ってきてこんな事を言ってきているわけですから、まずこの方を先生方が止めるべきでは?
そんなことを思いましたが、さっきの仕返しでしょうか、エレナ先生は全く止めてくれる気配はありませんし、変なロレンツォ先生は言うまでもありません。なので、私が何か答えないといけないようです。……そうなると、とりあえずここでは否定しておくのがいいでしょう。
「いったい何のことですか? 私はそんなことしてません」
「僕も君が揉めているところを見かけたよ。その髪色のこともあるし、間違いなく君だったね」
なんか加勢してきましたね。と言うか、さっきからあなた達は誰なんですか?
と、そんなこと考えている余裕はまったくありません。冷静に対処しなければ相当まずそうです。
まずやってはいけないことは証拠はあるのか、と聞くことです。フォーデン皇子に会えば分かるなんて言われてしまったら、確実に私がやったことがバレてしまいます。もしバレてしまえば間違いなく退学でしょう。他国の皇子とただの平民が揉めたことで国交に支障をきたしたなんてことになれば大問題です。なので、ここはそうならないように立ち回らなければいけません。方法としては、仮定として一部を最初に認めてしまうことです。相手の出方を探ることもできますし、そうすることで深手に成らずに済ませやすくなります。つまり完全黒となるよりは黒よりのグレーで済ませようということです。
そんな作戦を考えた私は、それを実行に移します。
「そもそも、仮に私がフォーデン皇子と揉めていたとして、何か?」
「……は?『何か?』じゃないわ。頭おかしいの? 無益に他国の皇子と揉めるなんて気が狂っているとしか思えないわ」
……ふむ、この感じは単に文句を言いたいだけのようですね。退学だとかそういう危険がないのであれば、多少嫌われても仕方ありません。とりあえず、この流れならなんとかなりそうです。
「……えと、たしかにそうですね。私は揉めてなんかいませんけど、今後はそういう事にはより気を付けておきますね」
「そう。あくまで否定する気なのね。……気持ち悪い。こんなのと同じクラスなんて最悪」
……あの、私じゃなくてパンドラさんに言ってくださいよ、そういうことは。
ひとまず追求が終わったことで、ロレンツォ先生が口を開きました。
「ユノ、本当に君がフォーデン皇子と揉めたというのであれば問題だが? 本当に君はそのようなことはしていないのだな?」
ロレンツォ先生も念押ししてきます。もちろんここで素直に答えることはできません。
「私はさっきも言いましたが、そんなことはしませんし、記憶にありません」
「そうか、なら自己紹介を始めたまえ」
そういうわけで、突然自己紹介が再開しました。しかし……。
……うぅ、最悪な空気ですね。なんでこんな空気の中で自己紹介をしなければいけないんでしょう……。
パンドラさんに少し怒りを覚えましたが、この場にいない以上どうしようもありません。少しでも空気を変えるために私は咳払いをしてみます。
「――こほん、こほんっ……」
しかし、教室内は相変わらず重くしんどい空気のままで変化は見られませんでした。いえ、それどころか少し悪化したようです。
……はぁ、仕方ありませんね、自己紹介を始めましょうか……。
「……えぇと、そうですね。先程から何度か呼ばれましたが、改めて、私の名前はユノと言います。学院に入る前は……」
って誰も興味無さそうじゃないですか……。はぁ、今すぐ自己紹介をやめたいです。
「学院に入る前は……あれ、なんでしたっけ……。えぇと……」
なんだか頭が混乱してきました。若干目眩までします……。
そんな言葉に詰まる私を見て「何あれ? 緊張してるの?」「ぷぷっ。だっさ~」「やめてあげようよ。彼女なりに必死頑張ってるんだからさ……っぷはは」とか何とか皆好き勝手に笑い出します。
前言撤回です、こんな方々とは仲良くできそうにありません。それに……許しませんからね、しっかり顔は覚えましたよ。……とはいえ、私も落ち着いて冷静になるべきですね。初日から色々と厄介事が多くて疲れが溜まっていたようで、集中力が切れてしまったみたいです。一度頭をリセットしましょう。
「…………」
……ふう、こんな程度でへこたれる私ではありません。自己紹介の続きをしましょう。
「えぇ、学院に入る前は、私は普通の家庭で特に変わったことなく暮らしていました。趣味は……本を読んだり、ベッドの上でごろごろまったりすることです。魔法や剣戟にはそこそこ自信があります。……私自身は皆さんと仲良くしたいなと思っているので、私でも構わないという方は仲良くしてください。これからよろしくお願いします」
もちろん学院に入る前のことは嘘です。そして、直ぐさま言い返されます。
「誰が貴女みたいなゴミと仲良くすると思うの?」
「君は自分の立場を分かっていないみたいだね。もう少し客観的に自分のことを見れるようになれるといいね」
……えぇと、いったい何なんですか? どうして私は最初からこんなに嫌われてるんですか……。
私が黙っていると、今回は流石にエレナ先生も止めてくれます。
「二人ともそれ以上はやめなさい。人間同士の差別が原因でこれまで幾度となく戦争が繰り返されてきたことを歴史学で学んだはずです。それとも、貴方たちはそんなことすら学んでいないのですか?」
エレナ先生にそう言われると、お二人は渋々といった感じで引き下がりました。
……しかし、エレナ先生もよくここまで自分を棚に上げて説教ができますね。相当理不尽です。
そんなことを考えていると、私はエレナ先生に席に戻るように促されたので、自分の席に戻りました。
「続いては、オルタヴィアさん――」
それから三十五人全員の自己紹介が終わり、エレナ先生が連絡事項をお話します。
「今日はこれで解散となります。教科書等はまた明日配布します。明日の時間割だけは特殊でまだ授業は始まりません、授業は明後日からです。……以上となりますが、何か質問がある方は居ますか?」
私は行事のことなど質問したかったのですがやめておきました。これ以上目立ちたく無かったのです。そして他の方も特に質問する方はいないようなので、エレナ先生は早々に切り上げました。
「では皆さん、今日はお疲れ様でした。解散です」
……さて、今日のところはもう誰とも話したくないので、できるだけ早く寮に行きましょうか。
そういうわけで、私は誰かに絡まれる前にと、人の間を縫うように寮まで一直線に向かうのでした。