序章 その1
「はぁ……今日もお仕事が疲れました」
ようやくお仕事に一段落着いたので、私は早速ベッドの上に寝転がります。
思えばここ三ヶ月、毎日働き詰めでろくに休息をとっていませんでした。
「……このままじゃ過労死しそうです」
そう不満を漏らしてみますが、特に何かが変わるようなことはありません。それに、お仕事がきついのはいつものことで、今更なにか言っても仕方ないのです。
私は命の恩人である師匠の命令で、これまでにとても多くのお仕事をこなしてきました。それは他国での潜入捜査や要人警護のように危険を伴うものから、お薬の調剤や飲食店での雑務、畑のお手伝いのように危険を伴わないものまで種類は問いません。
今回は鉱山での魔石採取と資料作りのお仕事ですが、これがまた休む時間が全然ないんです。と言うのも、そこが普通の鉱山では無いからです。
『禁足指定区域・レランダ鉱山』
国によって立ち入りを禁止されている危険な場所です。
地脈に流れる魔素濃度が非常に高く、人体に影響を及ぼす有毒なガスが鉱山全域に充満しているため、魔力を持たない人ならもちろん、優秀な魔法使いであっても少し気を緩めると体内の魔力の流れに大きな欠陥を生み、体中の内蔵が次々に壊死して死んでしまうのです。
そのため、鉱山自体には純度の高い魔石が非常に沢山作られているのですが、それを採取するには普通、国からの許可と高い魔法技術が必要となるのです。
私は国からの許可は得ていないので、見つかれば捕まってしまいます。……なので、鉱山でのお仕事の内容は、誰にも見つからずに鉱山内に入るための結界魔法具の生成から始まり、有毒ガスの解毒薬製造、魔石採取に地脈の経過観測、魔石の品質管理やそれらを元にした鉱山内の魔石分布や統計などの資料作りと、毎日毎日やることが尽きないのです。
ですが、三ヶ月目にして今日やっと、大まかなお仕事の自動化に漕ぎ着けました。
「ふぅ……頑張りましたね、私」
そう自分のことを褒めてみるのでした。
〇
それからしばらく経って、私がベッドの上でごろごろしながら本を読んでいた時です。
トントンと、部屋のドアが叩かれると、直ぐに声が聞こえます。
「ユノさん、あなた宛に手紙が来ていますよ」
どうやら、お世話になっている宿屋の女将さんのようです。
「分かりました、今開けます」
私はそう返事をしてベッドから立ち上がると、ドアの方へ向かいます。
ドアを開けると女将さんが「これですよ」と手紙を渡してくれたので、私は「わざわざありがとうございます」と、お礼を言い少し頭を下げました。それを見た女将さんは直ぐに私のことを褒めてきます。
「ユノさんは本当に礼儀正しいわねぇ。……流石は帝都の学生さん、やっぱり育ちが違うわね」
女将さんはそう言い、微笑みながら私を見てきます。私はそんな女将さんに申し訳ないと思いながらも簡単に答えておきました。
「……礼儀正しいだなんて、そんなことはありませんよ」
「ユノさんったらまた謙遜しちゃって。……っていけないわ、忙しいユノさんのお時間をこれ以上頂戴しちゃうのは野暮よね。……夕食がもう直できるので、少ししたら食堂に来てくださいね」
「分かりました、少ししたら食堂に行きますね」
私がそう答えると、女将さんは食事の支度に戻っていきました。私は女将さんの背中が見えなくなるまで待ってからドアを閉めると、早速手紙の差出人を確認してみます。手紙の封筒にはとても綺麗な字で『オリビア』と書いてありました。
……師匠、ですか……。まあ、私に手紙を送って来る人なんて師匠か妹くらいしかいませんけどね。そして師匠からの場合、大体が私にとって面倒なことばかりなんです……。
そんなことを思いつつ、手紙を開いてみると、
『――ユノ、お前に新しい仕事が入った。そこでの仕事を直ちに切り上げ、お前が作った魔法具と資料を全て消却し、採取した魔石を持って二十一日までに私の元に戻ってこい』
と、短く端的に書かれています。
……ふむ、新しいお仕事が入ったので、今のお仕事を切り上げるんですね。それに、魔法具や資料の消却ですね……。
「――って、待ってください!」
三ヶ月かけてやっとの事で軌道に乗ったというところなのに……。わざわざ、なんでこんなタイミングで? 師匠のことなので、私の仕事状況を予想しての嫌がらせとかでしょうか? まあ、流石にそれは冗談ですが……。しかし、作った魔法具の消却は納得できますが、資料まで消却するというのは納得できません。鉱山の情報をまとめて、資料を作れと言ったのは師匠じゃないですか。一体何のために作らせたんですか? 一番大変だったのが資料作りだったんですからね。……それと、この最後に書かれている二十一日までに戻れって、明後日なんですけど?
師匠の決めた期日に間に合うようにするには、明日の朝にはここを出発しないといけません。
……まったく、少しは師匠に振り回される側の気持ちも考えて欲しいです。
「はぁ……」
溜め息しか出ませんし、色々と言いたいことは沢山あります。とは言え仕方ないので、私は作った魔法具と資料を消却魔法で消していきました。
〇
次の日の朝、私はお世話になった方々に挨拶を済ませてから、最寄り駅行きの馬車に乗りました。
私が馬車の中に入った時には既にほぼ満席で、席は真ん中の一つしか余っていなかったので、とりあえずそこに座ってみます。私の他には行商の方や村の方が数名乗っているようです。
私が席に座ってから数秒と待たずに、ゆっくりと馬車が動き始めます。それから少しの間こそ会話はなかったのですが、直ぐに対面に座っている行商の方が私に話し掛けてきました。
「魔法使いさんはホントに荷物を持たないで済むんだねぇ」
「……えと、そうですね、収納魔法を扱えれば大体の物を収められますからね」
「――本当に、羨ましい限りだよ……」
その方は自分の足元に置いてある、荷物が沢山入った大きな鞄を見てそう呟きました。
しかし、そう羨ましがるのも無理はありません。平民の中で魔力を持つ人はおよそ百人に一人と言われていますし、その魔力を持つかどうかは先天的に決まっているので、魔力を持たない人はどれだけ努力しても、どれだけ望んでも得られようがないのです。……そして、せっかく魔力を持って生まれたとしても、魔法を学ぶためには帝都の学校に通わないといけないので、どうしても家庭の経済事情などにも依ってしまい、しっかりと魔法を修学して正しく扱える魔法使いというのはとても珍しいのです。そのため魔法使いを名乗っているというだけで、かなり恵まれた人だと思われるわけです。
私がぼーっとその大きな鞄を眺めていると、今度は左隣の方が話し掛けてきました。かなりお年寄りなのですが、この方は村で何度も見かけたことがあります。
「お嬢ちゃん、どうだったかい? レランダ村での研究というのは上手くいったかい?」
「……はい、時間は掛かってしまいましたが、満足のいく出来になりました」
「そうかいそうかい。それは良かったのぉ、安心したわい」
「お気遣いどうも……」
「ははは、若くて元気なのは良いことじゃ!」
私が少し頭を下げると、お年寄りとは思えないような力で肩をばしばしっと叩いてきます。……こんなに強く叩くのに一体なんの意味があるんでしょうか。……と、それはいいのです。
今回は鉱山での魔石採取や資料作りのお仕事でしたが、もちろん村の方にそれを言うわけにはいきませんし、かと言って余所者の私が何も言わずに何ヶ月も宿に泊まっているとなれば、きっと怪しまれてしまうでしょう。そうならないためにも、私は帝都から来た学生ということになっているのです。地質、環境、気候の多様性を調べて論文を書くということになっていました。一応、魔法使いであることも最初に言ってあります。目撃された時の言い訳をしないで済みますからね。




