序章 その18
昼食を取り終えると、直ぐに出発の時間となりました。玄関までリタさんと師匠が見送ってくれるそうです。
ただそんな中、私は列車で襲われて以来ずっと師匠に言おうと思ってて、中々踏ん切りがつかなかったことを言うことに決めました。
「……師匠、出発前に話すことでは無いですけど、一つだけいいですか?」
そう言ってみると、師匠は私の顔を少し見た後に答えます。
「……なんだ?」
「私、先日の襲撃を受けて思ったんです。今の私では守りたい人を守るだけの力が無いと。私に師匠やパンドラさんのような力があればと。……だから、師匠がどうやって今ほどの力を手に入れたのか知りたいんです」
師匠はそれを聞くと嬉しそうに目を細めました。
「――面白い。……教えてやってもいい。だが……」
「だが、なんですか?」
「私とまではいかずとも、パンドラ同等の力を得るには最低でも、お前の『全て』を捨て去る覚悟が必要だ。それがお前にできるか?」
「……全てを、……ですか?」
「お前が守りたいと願うものも含め、全てをだ」
……それではなにも意味がありません。私はリタさんを守りたいんです。そのための力を得るためにリタさんを失う? 本末転倒です。そんなの有り得ません。
言葉を失う私に、師匠は冷静に告げます。
「極まった力を手に入れるというのはそういうことだ。生半可な覚悟で踏み入ることなど断じて敵わない」
……なら、私にはリタさんを守ることはできないんでしょうか。
「……私は、……私は大切なものを失わずに強くなれますか?」
「それはお前次第だ。お前が焦りを感じていることは知っている。だが一つ、良いことを教えてやろう。数年前にお前への修行を終わらせ仕事をさせるようになったのは、お前が成長し切ったからでは無い。また別の理由からだ。……つまり、まだ伸び代が残っているということだ」
「――本当なんですか? それは」
「ああ、事実だ。――お前が私を満足させるほどに成長したならば、その時はお前にもパンドラと同じように、力の極意を教えてやろう」
……なるほど、そういうことでしたか。師匠が私に期待していることが分かった気がします。
「師匠、私は学院で様々なことを学んできます。そしてきっと師匠を驚かせるくらい成長して戻ってきます」
私がそう言うと、師匠は僅かに笑った気がします。
「――流石は私の弟子だ。学院に行かせる本当の理由はそこだ、ユノ。お前の成長にある」
突然優しい言葉をかけられた私は少々取り乱してしまいました。
……師匠に褒められたのは初めてです。なんだかとてもそわそわします。それにどうしてでしょう、恥ずかしいです。……こういう時なんて答えればいいんでしょう。
私はあたふたしながらも、思ったことを素直に言うことにしました。
「師匠ありがとうございます、私頑張ってきます!」
「……ああ。期待しているよ、ユノ」
なんだか小さい頃を思い出します。いつもお父さんとお母さんが私に向けてくれたものもこんな感じだった気がします。……期待されることも、悪くないですね。
「では、行ってきますね」
私はそう言い外に出ようとしますが、師匠に止められます。
「まあ待て、ユノ。まだ航空券に金も渡していないだろう」
「……そう言えば忘れていました」
私がやらかしてしまうと、透かさずリタさんが反応してきました。
「お姉ちゃん? それ忘れるのはかなりやばいよ! 他に忘れ物無いよね? 大丈夫?」
「他に忘れ物は無いです。大丈夫です」
「あの、確認してから言ってくれないと心配なんだけど……」
「仕方ないですね。一応確認しますね」
私がそう答えると、師匠が航空券とお金を渡してくれました。師匠からそれらを受け取り、収納魔法でかばんを出して、中を見ていきます。
「……服と下着と靴下がこれです。あとこれがハンカチと髪留めです。制服は今着てますし、師匠からもらったペンダントも付けています」
「おいユノ。お前は馬鹿か?」
……む? さっきまで優しい感じだったのに、いきなりなんなんですか?
「あの、馬鹿とは?」
「馬鹿でないなら入学書類は収納魔法で仕舞っているんだろうな?」
……う、完全に忘れていました。
「……多分、机の上にあります」
「お前はどうやって学院に入るつもりだったんだ?」
「ごめんなさい、忘れてたんです。すぐ取ってきますから……」
そう言うと、私は直ぐに必要な入学書類を持ってきて、収納魔法で仕舞いました。……これで安心です。
「危なかったね、ホントに」
「……はい、リタさんのおかげです。助かりました」
「お姉ちゃん? あんまり抜けてると学校で虐められちゃうよ? 気を付けてね」
「そうします」
「……うん。あんまり響いてる感じしないけど、いいや……」
リタさんは何かを諦めたようにそう言います。まあそれは置いておいて、とりあえず私は師匠に確認してみます。
「えーと、これで忘れ物は無いですよね? 他のものは大体寮にあるんですもんね?」
「ああ。……もう行け、間に合わなくなるぞ」
「……はい、分かりました」
そう答えると、私はリタさんを抱き寄せます。
「リタさん。行ってきますね」
「うん、お姉ちゃんのこと遠くからでもいつでも想ってるからね」
「私もです、リタさん」
リタさんは嬉しそうに微笑みます。私もそれに応えるように微笑み、ほっぺにキスをしました。リタさんも同じように私にキスを返してきます。
「お姉ちゃん? 何度も言ってるけど、キスは他の人としちゃダメだからね」
「分かってます、大丈夫ですよ」
「うん、信じてる」
それに頷いて答えると、リタさんも納得してくれたようです。そして最後に、師匠に向かって挨拶します。
「師匠、きっと成長して帰って来ます」
「ああ。上手くやって来い」
「――はい、行ってきます!」
そうして私は家を出ます。
「またね、お姉ちゃん!」
リタさんが手を振って見送ってくれるのを背中に、私はイルニア山駅に向かって歩き出しました。
○
私は予定より少し早くイルニア山駅に着きました。
そして列車を待ちながら、私とリタさんを襲ってきた襲撃犯について考えていました。
実は玄関で師匠とお話するまでは、あの襲撃犯お二人が師匠の差し金だったのではと思っていました。と言うのも、理由はちゃんとあります。
一つ目の理由は、パンドラさんとの戦闘が終わりあのお二人が逃げる時に、無詠唱で転移系統の魔法を使っていたことです。たしかに転移系の魔法具は作れますが、魔法具を使うなら何かしらの動作があるはずです。しかしあの時、特にそう言ったものはありませんでした。なので、ほぼ間違いなく無詠唱だったと思うんです。そして師匠曰く、魔法を無詠唱で発動するというのは、現代の魔法理論では解明不可能なものらしいので、そんなことをできるのなら師匠が絡んでいてもおかしくないと思ったのです。
二つ目の理由は、師匠たちの元から私を逃げられなくするということです。つまり、私が師匠たちや今回のお仕事が嫌で、リタさんと一緒に逃げてしまうのを防ぐということです。私がリタさんを守れないとなれば、師匠たちの元を離れて暮らすというのはほぼ不可能になります。だから今回の襲撃犯のように私では太刀打ちできない方を使い、師匠たちにより一層依存させる企みがあったのではないかと思いました。
ですがまあ、これらの考察は大きく的を外れていたようですね。二つ目の理由に関しては、そもそも私ではなくリタさんを執拗以上に狙っていたことからも、ほぼありえないことですけど……。
そしてこれからが襲撃犯のお話なのですが、私は襲撃犯のお二人はシュベール人民共和国の方なのではないかと思っています。
私たちの名前を知っていたこともありますし、これまでの人生で師匠やパンドラさん以外の方に命を狙われたことは今回の他には一度だけです。
十二年前、爆撃の生き残りを探していたシュベール人民共和国の軍の方です。あの方々は上層部の命令で生き残りを探していると言っていたのを覚えています。なので、あのお二人はその上層部との繋がりがある方々だったのではないかと考えています。
……しかし、あの日は謎が多いです。私とリタさんが爆撃で死ななかったのはお母さんの運命魔法によるものだとは分かっていますが、師匠やパンドラさんがどうして私たちを助けたのか分かりません。パンドラさんの発言から、生き残りがいることは間違いなく知っていたのでしょうけど……。
とまあ、そんなことを考えていたら魔法急行列車が駅に到着しました。
私は列車に乗ってからは、暇潰しに魔法具の生成をしていました。なんと言っても帝都まで十三時間かかるので、やることが無いのです。
そして夜遅くなったところで私は寝ることにしました。
○
程よい揺れで私は目を覚ましました。
……えぇと、時刻はまだ大丈夫そうですね。それにしても首や腰が痛いです。帝都まであと二時間といった感じでしょうか。それから空港を出るまでに一時間も掛かります。……早くもしんどいです。まあ、あまり考えないことにしましょう。
それから私は本を読んで時間を潰すことにしました。
アナウンスの音が聞こえ、それから少しして帝都に到着します。
三週間前に来たというのに何だか久しぶりな気がします。リタさんと一緒に来たのが懐かしいです。
そんなことを思いながらも再び私は人混みに揉まれて、かなりテンションが下がってしまいました。
それから私は幾つかの乗り物に乗って空港まで行き、師匠から教えられた魔法国際旅客機に乗って出発するのを待っていました。
「……はぁ、これから二十時間も旅客機の中ですか。……しんどいですね。さっき寝たばかりですし、当面の間は眠れなさそうです」
そう思った直後、隣に座っていた方が不審な顔をして私のことを見てきます。
……もしかして、今の声に出てました? ……まだ旅客機が出発すらしてないのにこれは嫌な空気ですね。話しかけて誤解を解くべきでしょうか? ……いえ、そんなことをしたらより一層不審がられてしまいそうですね。
そんなことを考えていると、アナウンスと共に機体が動き出し空港を出発しました。
それから二十時間はかなり過酷な時間でした。気まずいし長いし眠れないしで最低でしたよ、もう。
一応、周りの方々を見回してみましたが、私と同じ制服の方はいませんでした。王族はもちろん、貴族の方々も特別な機体や席に乗っているんでしょうね。そもそも、そういう方々はもっと余裕を持って神聖ヴァレンシア帝国に向かっていることでしょう。
旅客機が神聖ヴァレンシア帝国に到着した時、私はいつの間にか寝てしまっていましたが、到着のアナウンスで起きました。
「……んぅ。体いたいです……」
それにしても疲れました……。寝た後なのになんでこんなに疲れなきゃいけないんですか。
そんな感じでだいぶテンションが下がりながらも、私は空港から学院に向かったのでした。
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