序章 その16
次の日の朝、私は起きてから直ぐにある作業に取り掛かりました。
「……よし。これでやっと完成です!」
私はこの前突然襲撃にあった事から万が一の時に備えて、魔法で出来た剣すなわち『魔剣』の生成をしていたのです。ここ三日間ほぼずっと魔力を注ぎ込んでいてかなり大掛かりで大変でしたが、何とか出来上がりました。
この魔剣には時間魔法をベースに神聖魔法と封印魔法を施しています。時間魔法からは時間逆行を、神聖魔法からは浄化を、封印魔法からはそのまま封印の性質を魔剣に取り込みました。
なので、剣で触れた魔法や物の時間を戻すことが出来ます。物に関してはあまり効果は期待できませんが、魔法に関してはかなり効果が期待できます。と言うのも、物の時間を数秒数分ほど戻したところで特に変わりませんが、魔法は数秒戻しただけで大きく変わります。
魔法というのは魔力を魔法式に変換して発動するので、放たれた魔法を数秒前に戻したなら、ただの魔力になるというわけです。
これだけでかなりの価値がありますが、加えて対呪詛、対闇用の浄化の力に、時間を戻してもどうしようも無いものの対策に封印の力まで付いています。それに耐久性にも勿論自信があります。
剣自体はこれで完成なのですが、このままでは誰でもこの剣の力を使うことが出来てしまいます。
ですが、魔剣は名前を付けることで命名者だけがその剣の力を引き出せるようになるのです。さらに、付けた名前を呼べば瞬時に引き寄せたり、収納魔法から取り出したりすることもできます。これは口に出さなくてもできるので、とても便利です。
そういうわけで、私もこの剣に名前を付けることにします。
……さて、なんて名前にしましょうか。
『剣』『剣さん』『包丁』『包丁さん』『私の剣』『ユノの剣』『魔剣』『魔剣さん』『ユノの魔剣』『対魔ソード』『便利な剣』『第一号』『一号さん』『最初の剣』『魔剣一つ目』『白い剣』『白い魔剣』『私の白い魔剣さん』
……うーん、思い付く限りどれもひどい名前ですね。どうしましょうか……。
剣の名前なんて考えたこと無かったので、全然いい感じのが思い付きません。こうなったら聞いたことのある名前から付けましょう。
しばらく考えましたが、結局思い付かず『包丁さん』に決めようとしたところで、ふと昔の記憶を思い出しました。
……いいのがありました!
『アリアとトラキア国物語』の主人公アリアが持っていた剣の名前です。確か名前は……。
「――では、あなたの名前は『オルトリンデ』です!」
オルトリンデと名付けられたその魔剣は、私の言葉に呼応するように煌びやかに光ります。
「しっかり成功したようですね!」
とりあえずオルトリンデは、師匠やパンドラさんに壊されても困るので、家を出るまでは収納魔法で仕舞っておくことにしました。
それから、私は師匠の部屋に来ました。
「師匠、学院の事でまだ幾つか聞いておきたいことがあります」
「なんだ?」
「私は学院に通う間はどこに住むんですか?」
「前に言ったはずだ。学院内の寮に住むことになる」
……? 一度もそんなこと聞いていませんよ。でもまあいいです……。
「分かりました。それと学院には制服があるんですか?」
「それも前に言ったはずだ。制服は既にお前の部屋にあるだろう」
「……え? そんなこと一度も……じゃなくて、私の部屋にあるって本当ですか?」
私がやや驚いてそう聞き返すと、師匠は呆れたように答えます。
「何度言わせるつもりだ?」
「あ、え……ごめんなさい。探してみます。……あとですね、私が乗る魔法国際旅客機って何時発ですか?」
「明日の十時発だ。航空券は既に取ってある。お前はイルニア山駅を二十時発の列車に乗れ」
「……えと、それって今日の二十時ですよね?」
私が確認のためにそう聞いてみると、師匠は「そうだ」と短く返事をしました。
ただ、今日の二十時発の列車となると、山を下ることを考えたらもうあまり時間がありません。なので、期待はあまりしていませんが、一応聞いてみます。
「あの、私はイルニア山駅までは転移魔法で送ってもらえるんですか?」
「なに甘えたことを言っている。私の前でそんな舐めたことを言って、――ただで済むと思っているのか?」
師匠はしっかりと殺意の籠った目で私のことを見てきます。私はこれ以上怒らせないように、直ぐに頭を下げました。
「……ごめんなさい」
「次は無いぞ」
「……はい」
そんな萎縮した私を見て師匠は満足してくれたようで、機嫌を戻してくれました。なので、私も落ち着いて考えてみます。
転移魔法で送ってくれないなら七時間は早く出ないといけないので、私は今日の十三時には家を出ないといけないようです。あと数時間しかありません。それに、少し計算してみると学院に着くまで四十一時間かかるらしいです。アホらしいですね、まったく。
とりあえず、私は気になっていたことを聞いてみます。
「そう言えば、リタさんから聞きましたが、今回のお仕事は危険なんですか?」
「そうだな」
「……結構あっさりですね」
「他にはあるか?」
お話の切り替えもあっさりしてます。ですが今に始まったことでは無いのでいいです。
「……えと、パンドラさんと色々とお話しなければいけないんですけど、全く取り合ってくれないんです。もう悠長にしている時間は無いので、師匠の方からパンドラさんに言ってもらえませんか?」
「……なら、今呼んでやろう」
……う、師匠もお話を聞くんですか。でも仕方ありませんね。
「……ありがとうございます」
私はそうお礼を言っておきます。ただ、師匠は呼ぶと言ったのに何もしていません。
……えーと? 私はどうしていればいいんでしょうか? なんというか、困ります……。
そんなことを考えていると、いつの間にかパンドラさんが近くに立って私のことを見てきていました。
どうやって呼んだのか……。ではなく、とりあえず要件を伝えてしまいましょう。
「パンドラさん、幾つかお話があります」
無言のままでしたが、私は続けることにします。
「まず一つ目がこれです」
私はそう言い、師匠からもらったペンダントを出します。
「これは私の固有魔法を偽るための魔法具なんですけど、今のままだと学長さんに直ぐに見抜かれてしまう可能性があるので、もう少し性能を上げて欲しいんです。お願い出来ませんか?」
「無理♪」
即答でした。しかし諦めてはいられません。私もどうにか説得を試みます。
「見抜かれたら多分退学ですよ? そうしたらこのお仕事も失敗してしまいます。今回のお仕事はかなり大事なものだと聞いていますし、本来こういう大事なお仕事は一番弟子であるパンドラさんがやるはずですよね? だからもう少し協力してください」
「その上で無理って言ってるの。分からない? 私は情報を集めてあげたんだから♪ これ以上はしないわ♪」
ここまで協力してくれないのはひどすぎます。パンドラさんからしたら、魔法具をほんの少しいじるくらいのことなのに……。どうしてそれすらやってくれないのでしょうか。
私は落胆しながら、もしものことを言っておきます。
「……失敗しても許してくださいね」
「いや、ユノ。――失敗したらお前は殺す」
師匠は感情のない目で、そう告げてきました。この感じは失敗したら間違いなく殺されてしまうと思います。
……はあ、完全に頭がおかしいです。理不尽にも程があるというものです。一体私はどうしたらいいんですか……。
悩む私の心を見透かして、パンドラさんはどこか楽しそうに言います。
「命を懸けて仕事に励むのよ♪」
……どうしてこのお二人はいつでもこうなんでしょう。もう何も聞く気が起きません。……でも、ここで話すべき事を話しておかないと、きっと次がありませんよね。頑張りましょう……。
「あの、二つ目です。学院で私が集めた情報はどうやってパンドラさんに伝えればいいですか?」
「そんなこと全然考えてなかったわ♪」
……えと、なに言ってるんです?
私が理解に苦しんでいると、師匠が口を開きました。
「安心しろ。学院近くにある建物の一室を借りてある。そこに書き置きでも残しておけ。適宜パンドラが回収する」
そう言い、住所が書かれたメモを渡してきます。鍵は渡してくれなさそうなので、毎回部屋には侵入する感じなんですね。ただとりあえず、なんとかなりそうで安心しました。
「……三つ目なんですけど、私の固有魔法を闇魔法3級としたのは何故ですか?」
「気分に決まってるでしょ?」
「……そうですか」
そんなことだとは思っていました。パンドラさんが私のことを考えてなにかしてくれることなんてありませんからね。
――○○魔法☆級の、級というのは等級を略したものです。等級は1から7まで有り、数が大きくなるほど使える魔法の幅や強度が増えていきます。
固有魔法の等級は遺伝の影響を強く受け、王族や貴族の方が生まれながらに高いという傾向があるのです。なので平民は1から3、貴族は3から5、王族は5から7とある程度決まっています。
そして、生まれた時に1級だとしても、学んでいけば成長していきますし、固有魔法以外の魔法はどんな人でも1級から学んでいくことになります。なので正直、固有魔法が何であっても、本人の努力次第で覆せるものではあります。ですが、時間魔法のような現代の魔法理論で解読できない魔法を固有魔法として有する者もいて、そういう者と比べる場合に限り、努力で埋めることができない差が生まれるのです。ただまあ、そういう魔法は非常に珍しいので、そんなに頻繁に起こることではないらしいです。
昔、師匠から聞いた各等級の説明はこのような感じでした。
1級……実用性はほぼ無し。ただ僅かに使えるだけ。
2級……王族や貴族が成人するまでに最低限、各魔法で身に付けるレベル。
3級……専門職に就けるレベル。
4級……戦争・戦場で十分効果的に使えるレベル。
5級……専門の研究者・教授レベル。
6級……国に影響を与え、魔法によっては他国から危険視され命を狙われるレベル。
7級……基本勇者のみ。
6級ほどになると大国にも扱える方は数人しかいないらしいです。7級を扱える方は勇者以外では、歴史上で王族に三人だけいたそうです。