序章 その14
――三時間前。
どうやら……無事に成功したようです。
列車に乗る直前とかではなく、しっかりと指定した時間まで戻れたようですね。
私はリタさんと一緒に展望台にいた時まで戻りました。本当は更に前が良かったんですけど、魔力の補助無しではこれが限界です。
「……お姉ちゃん。また二人で一緒に来ようね」
そんな優しい、大切な家族の声が聞こえてきました。
「――リタさん!!」
私はリタさんを強く抱き締めます。思わず涙が溢れてきます。色々な感情が沢山湧き出てきて、もうよく分かりません。
「……え? なに?」
「ごめんなさい。ごめんなさい。守ってあげられなくて、ごめんなさい」
「お姉ちゃん!? いいからまずは落ち着いて!」
「違うんです……。だから……」
なんででしょう、言葉が全然出てきません。
「分かったから。……大丈夫だからね」
そう言い、私が落ち着くように優しく背中をさすってくれます。
「……リタ、さん……」
私はそんなリタさんのことをギュッと抱き締めて泣き続けました。
そのまま数分が過ぎて、やっと私も冷静になってきます。
「……ありがとうございます、リタさん。だいぶ落ち着きました」
「うん、大丈夫だよ。それでね? どうしたの?」
優しく問いかけてくるリタさんに、私はしっかりと説明します。
「リタさん、私は時間魔法を使って未来から時を遡ってきたんです」
「……えーと?」
リタさんも時間魔法のことは知っていますが、流石に直ぐには理解できないようです。私はさらに説明していきます。
「帰りの列車に乗ったら私たちは全く知らない方々に襲われたんです。……なので、列車には乗らずに師匠たちが助けに来てくれるのを待ちましょう。二週間以内に帰ってこなかったら師匠が不審がるのは間違いないです」
「……よく分からないけど。でもお姉ちゃんが言うなら信じる」
リタさんが納得してくれたので、私はこの後のことを話します。
「どこに隠れているかが問題ですね。程よく人の目があり、目立ちすぎない場所……」
私が考えを巡らしていると、リタさんが質問してきました。
「一応だけどね? 列車に乗らずに転移魔法で飛んで帰るのはダメなの?」
「それが一番ですけど、時間魔法でほぼ全ての魔力を使ってしまったので厳しいんです」
「……むー。私の魔力だけだと無理だしなぁ」
「難しい問題ですね。……とりあえずは人混みの中に行きましょう」
私がそう言うと、リタさんは何かを思い出したかのように、私のことを真剣に見つめてきます。
「――お姉ちゃん! オリビアに連絡できればいいんだよね?」
「そうですけど、方法がありますか?」
「オリビアからね、緊急の時用に通信魔法具もらってたんだった!」
「――え? なら、今すぐお願いします」
「うん。……待ってね」
そう言い、リタさんは収容魔法で通信魔法具を出しました。……因みに、私はお仕事の時でも、そんな便利なものは一度ももらったことがありません……。
リタさんは直ぐに通信魔法具を起動させます。
それから数秒間の沈黙――。
なんだか怖いです。先程の方々なら傍受くらいは簡単にできそうですし……。とにかく早く繋がってください。
そう思っていると、魔法具が青く点滅します。
『リタ無事か?』
師匠の声がしました。
――良かった、これで安心です。師匠ならこれくらいのピンチはどうにでも対処できると思います。
「オリビア! 助けて! とりあえず来て!」
『……分かった。パンドラを行かせよう。その場から離れるな』
師匠がそう言い終えると、魔法具の光が消えました。
「……え? どうしてオリビアは通信を切っちゃったの?」
「もしかしたら傍受を警戒されたのかもしれませんね」
「そっか。そういうことね」
「――ええ。ワタクシも同じ意見でございます」
「――っ!?」
刹那、なんの片鱗もなく黒いローブの方が現れました。
――どうしてまた? この時間は列車の方にいるはずじゃ……。
――いえ、そんなことよりも!!
私は即座にこの方に向けて時間魔法三型を発動します。
――この魔法は視界内に入った対象の時間を止める魔法です。
しかし、魔法は正しく発動したはずなのに、なぜか止まりません。私の残り魔力は僅かですが足りているはずです。
「おやおや……。恐ろしいですねぇ。……出会い頭にそのような魔法を使われては。……本当に困りました、ええ……」
「――どうして? どうして効かないんですか!?」
「どうしてもこうしてもございません。……ワタクシだから効かないのでございます。んふふふふ……」
さっきはこの笑いの直後にもう一人が……。
そう思った時、既にもう一人の方がそこに立っていました。
「ナブー。楽しむのは構わないが、あまり時間を掛けるな」
「ああ、これはこれは……。申し訳ございません、エア様」
……あぁ、どうして? さっきと全く同じじゃないですか……。
絶望する私を他所に、その方は私の方を向いて静かに言います。
「……そうか。私に会うのは二度目という訳か。固定軸が変化するのも無理はない。固有魔法は時間操作と言ったところか」
……固定軸? いえ、どうして? 何を根拠にこれが二度目だと分かるんですか? それに時間魔法のことまで……。明らかに異常すぎます。
私はリタさんを必死に抱き締めました。
――怖いです。もう何も私から奪わないでください。お願いですから……。
「では、先程の通信もございますし……。リタ様、アナタには消滅していただきます」
その声が発せられた瞬間、リタさんを守るように結界が現れます。私はリタさんを抱き締めていたので、運良く結界の中に入れました。
そしてその直後、その結界に高速で数百、数千と金属のような何かがぶつかる音が響きます。
「……おやおや。これはこれは、中々硬いですねぇ」
「上か、姿を見せるといい」
「あはは♪ 姿を隠してるつもりなんて無いんだけど♪」
そんな言葉と共に、金色の長い髪を風になびかせながら、空から一人の女性が降りてきました。
――パンドラさん、来てくれたんですね! これでリタさんは絶対に無事です……。
「パンドラ助けて! この人たち頭おかしいの!」
「あら、そうなの? 可愛そうな人たち♪」
「――これはこれは。狂気の化身のようなお方ですねぇ。アナタ様こそ……救いようの無いほどに可愛そうでございますよ。んふふふふ……」
「そんなこと言うなんて酷いわ。死んで♪」
刹那、謎の無数の文字がパンドラさんの周囲に展開されます。
「……少し戯れてやろう」
「宜しいのですか? 今のワタクシ達の肉体ではお相手するのは厳しいかと」
「問題は無い。お前は任務を遂行しろ」
「かしこまりました」
その方がそう返事をすると、再び結界に高速で金属のような何かがぶつかり始めます。
「あら♪ 作戦会議はもう終わり?」
「パンドラと言ったな。少しは期待しているぞ」
「随分と余裕なのね。貴方の絶望する顔が早く見たくなったわ♪」
次の瞬間、白い光と爆音と共にパンドラさんとその方は消えます。……いえ、私が認識できないほど高速で戦い合っているようです。
それから数分が経ちました。リタさんの周囲にできた結界にはかなりヒビが入っていて、いつ壊されてもおかしくない状態です。それをパンドラさんは見兼ねたのか、結界の周囲にも謎の文字が展開されます。そしてその直後、結界への攻撃も止まりました。
「……おや? これはこれは……危ないところでしたねぇ。あと数秒で破壊してしまうところでしたよ、ええ……」
そんな声が響くと同時、パンドラさんと戦っていた方も戦闘をやめます。
「……引くぞ、ナブー」
「もうご満足頂けたのですね? ……かしこまりました」
そう告げると、瞬時に黒いローブの方々は姿を消しました。
「中々面白かったわ♪ ――でも、私から逃げられる訳ないでしょ? 分からない?」
虚空に向かってそう言うと、パンドラさんは楽しそうに宙を指でなぞり始めます。
それから少しして「そういう仕組みだったのね♪」となにかに満足したようで、私たちの方へ歩いてきました。
「リタ、無事みたいね♪」
「パンドラ! 助けてくれてありがと」
「……パンドラさん、本当にありが――」
「――今はリタと話してるんだけど。なに?」
そう言い、パンドラさんはゴミを見るような目で私を見てきます。
「……いえ、なんでもないです」
私がそう答えたのは無視され、私なんて元からいなかったように、パンドラさんはリタさんとお話を始めました。
「護衛するの面倒だし♪ 私の魔法で家まで飛んじゃお♪」
「うん!」
……これ大丈夫ですよね? 私も含まれていますよね?
そんなことを考えた次の瞬間、私の目の前からお二人は消えました。
……やっぱり、そうですよね。
私はその場で十分ほど待ってみましたが、一向に迎えに来てくれなさそうなので、仕方なく列車で帰ることにしました。……正直もう乗りたくないですけど。
しかし、そう思っていた時はまだ良かったです。駅まで向かうも、お金は全てリタさんが持っていたので列車に乗れませんでした。……なので、今日は野宿をすることになります。もちろん野宿なんて久しぶりですし、現代の普通の生活に慣れてしまった以上、正直言えば嫌です……。残念なことに、魔力が回復しない限り絶対に帰れないので、仕方ありませんけどね……。
とまあ、それはたしかに辛いことですが、改めて……パンドラさんが来てくれて本当に助かりました。……あの状況では、ほんの一瞬でもパンドラさんが遅れていたらリタさんも私も死んでいたと思います。
まだ朝ですけど、仕方ありません。とりあえず寝て魔力の回復を優先しましょう。
そういうわけで、私は人の少ない路地裏に行き眠りました。