序章 その10
私はリタさんと一緒にお昼ごはんを食べた後、師匠の部屋に向かいました。因みにリタさんも一緒です。
師匠の部屋のドアを、トントントンと叩きます。
「師匠、少しお話があります」
「ああ、入れ」
そう返ってきたので、私は「失礼します」と言い、ドアを開けて中に入りました。師匠は椅子に座りながら目を瞑っていたようですが、寝ていたわけではなさそうです。
何をしてるんでしょうか?
なんとなく気になったので、「師匠? 今は何してるんですか?」と聞いてみました。すると、師匠は少し間を空けてから答えます。
「……何もしていない。目を瞑っていたらおかしいか?」
「……えと、おかしくはないですけど。……その、師匠がぼっーとしてるなんて珍しいですね。いつもはもっとこう、隙のない感じですから」
そう言うと、師匠は少し笑って「……そうか」と答えました。
何だか今日の師匠は様子が変ですね。
聞いてみようと思ったところで、リタさんが先に質問します。
「ねぇ、オリビア! お姉ちゃんと一緒に、帝都にお買い物に行ってきていい?」
「ほう、帝都か。……いいだろう。なにも今日帰って来なくてもいい、たまには二人でゆっくり過ごせ」
そう言い、師匠はお金が入った袋をリタさんに渡しました。横から眺めてるだけですが、かなり大金な気がします。……嬉しいことですが、師匠はリタさんにとってもとっても甘いです。
「オリビア、ありがと! お姉ちゃん、行きたいところある?」
「……えーと、そうですね。帝都には何があるんですか?」
「――え? ……えと、じゃあ、行ってからのお楽しみね。まずは私の行きたいところを回ろうね!」
「ええ。そうしましょう」
リタさんは嬉しそうです。一瞬、驚いてるようにも見えましたが、気のせいだったようです。
しかし、帝都ですか。初めて行くので楽しみですね。……と、気を取られてはいけません。言うことがあったのに忘れてしまうところでした、危ない……。
「師匠、パンドラさんが帰ってきても直ぐに他のお仕事に行かせないでくださいね? 色々と話すことが多いので」
「ああ、分かっているよ」
……んん? こうもすんなりと? やっぱり変ですね。聞いてみますか。
「師匠。今日何かありました?」
「まぁ色々とな」
……ほうほう。師匠でも嬉しいことがあると優しくなるんですね。……意外です。
○
その後、私が出かけるために自室で荷物をまとめて着替えているときです。リタさんは私が準備しているのをベッドに座りながら眺めていたのですが、突然口出ししてきました。
「お姉ちゃん、フードはダメだよ」
「えと、帝都って人が多いんですよね?」
「……?」
リタさんは不審な顔をして私を見てきます。あまり意味を分かっていなさそうなので、しっかりと理由をお話しておきます。
「ですから、私たちの髪色は目立ってしまうので、隠した方がいいと思いました」
「それじゃお姉ちゃんの顔見えないよね?」
「たしかに見えづらくはなりますけど……」
「だからダメなの!」
「……分かりました」
よく分かりませんが、リタさんの言う通りにします。適当に別の服を着ることにしました。私が着替えると、リタさんは嬉しそうにします。
「お姉ちゃん可愛い~! 似合ってるよ!」
「そうですか? まあなんでもいいですけど……」
「……むう、なんでもいいってそんなのダメだよ。お姉ちゃんはせっかく可愛いんだから、もっと楽しまないと勿体ないよ?」
「……そんなことよりも、部屋の掃除はリタさんがしてくれてるんですよね? 私が帰ってきたときも綺麗で驚きました」
「……そうだよ、お姉ちゃんがいつ帰ってきても良いように綺麗にしてるの。……話逸らしたのは今回だけ見逃してあげるね」
リタさんは最後になにやら不吉なことを言いましたが、特に気にしないでおきます。
そうこうして、私は準備を終えました。
その後、私はどういうわけかリタさんの着替えに付き合わされています。
なぜ私が着替えてる時に着替えなかったんでしょう。……まあ、気にするほどでもないんですけど。
私がぼーっと眺めていると、リタさんは楽しそうに服を選んで、都度私に見せてきます。
「お姉ちゃん、さっきの服と比べてどう?」
「どちらも似合っています」
「そうじゃなくて……どっちの方がいいと思う?」
「えーと、そうですね。……その、どちらも?」
私が曖昧に答えると、リタさんは少しむっとします。
「それじゃ結局さっきと同じだよ!」
「……分かりました、頑張って選びます。……んと、今の服の方……が似合ってると思います」
「ホント? じゃあこれにする♪」
そんな感じで大体私が選ぶ形でリタさんの支度も済み、師匠に帝都に向けて出発することを伝えると、駅までは師匠が転移魔法で送ってくれました。これはリタさんが一緒にいるおかげですね。帰りの時も迎えに来てくれるでしょう、安心です。
「二週間以内には帰って来い。あとは好きにするといい」
師匠はそう言い残し、転移魔法で戻っていきました。
「じゃあ行こっか、お姉ちゃん!」
「はい、行きましょう」
そうして、私たちは魔法急行列車に乗って帝都に向かいました。
〇
列車に乗ってから数分が経ち、私とリタさんは穏やかな時を過ごしていました。
「お姉ちゃん! お外見てみて! すごく綺麗だよ!」
「そうですね、とても綺麗です。……でもリタさん、今からそんなにはしゃいでいたら帝都に着く頃には疲れちゃいますよ?」
そう心配してみますが、どうやら不要だったようです。
「別にいいの~。疲れたら休めばいいし。せっかくお姉ちゃんと二人きりで旅行なんだもん♪ 全部楽しむつもり~!」
そう言いながら私に寄りかかってきます。私もリタさんに少し寄りかかってみました。すると、リタさんはくすくすと笑い出します。なぜかは分かりませんが、私も笑ってしまいます。私はそのままの姿勢で、微かに揺れる列車の振動を感じながら目を瞑りました。
こうしてずっと平和に過ごしていたいです。本当に夢のような時間です……。
「……あのね、お姉ちゃん。……覚えてる?」
リタさんはふとそんなことを言ってきます。でもよく分からないので、私は素直に聞き返してみました。
「何をですか?」
「……昔、まだお父さんとお母さんがいた頃ね。お姉ちゃんが私に本を読んでくれててね……」
そこまで言うと、少し沈黙がありました。
お父さんとお母さんが亡くなったとき、リタさんはまだ三歳だったので、記憶もあまり無いはずです。それでも、たまにこうして昔のことを話してきます。
私は静かにリタさんの次の言葉を待っていました。
「……私ね、お母さんが本を読んでくれるのが大好きだったの。……お姉ちゃんが本を読んでくれるのもね、同じくらい大好きだった。だから……」
そう言ったきり、再び沈黙します。
きっとリタさんは不安なんでしょう。私がお仕事に行ったきり帰って来ないかもしれない、お父さんやお母さんのように二度と会えなくなるかもしれないと……。
「……リタさん」
「ごめんね。なんて言ったらいいんだろ……」
どこか苦しそうにリタさんはそう言います。私はそんな姿が見てられず、リタさんのことを精一杯優しく抱き締めました。
「……リタさん、大丈夫ですよ。私は必ず帰ってきます。今回のお仕事のことを師匠から何と聞いたのかは分かりませんけど、特に大きな危険を伴うものではないですから。安心してください」
「お姉ちゃん、でもね? オリビアはね……もしかしたら、お姉ちゃんが……」
……ん? どういうことでしょう?
「師匠は、私が殺されるとでも言ったんですか?」
「そうじゃないけど……。とっても危険なお仕事だって」
そんな言葉を聞いて、私は考えを巡らせました。
私が師匠から聞いたお話では、そこまで危険なお仕事ではなさそうでした。勇者の監視をするだけだからです。……しかし、師匠はリタさんのことを可愛がっているので、わざわざ不安にさせるようなことはしないと思うのです。なので、リタさんに『とっても危険なお仕事』だと伝えたというのなら、本当にそうなのかも知れません。
――私が聞いたお話と全然違うじゃないですか、師匠……。
私は少し焦りましたが、平静を装います。
「……そうですね。本当は危険なお仕事です。……でも大丈夫です。私はこれまでに師匠から出された無理難題な試練を幾つも突破してきましたし、もっと危険なお仕事だって沢山こなしてきました。だから今回だって必ず無事に帰ってきますよ」
そう言うと、リタさんは涙を堪えながら真剣な眼差しを私に向けてきます。
「――本当に?」
「……本当に、です。それに、休暇の日には極力戻ってくるつもりです。パンドラさんとお話してみてからじゃないと分かりませんけどね」
「……うん、分かった。お姉ちゃんのこと信じてる」
「はい。信じてください」
リタさんは安心してくれたようで、いきなり「お休みさない」と言って寝てしまいました。
かなり思い詰めていたようですね。無駄な心配をかけさせて何のつもりでしょう、師匠は。
それからリタさんが起きたのは半日ほど経った頃でした。既に帝都まで後少しのところに来ています。
まだ眠そうなリタさんは目を擦りながら私の方を見てきます。
「お姉ちゃん……私、どれくらい寝てた?」
「えーと、半日くらいでしょうか」
「うわ。すっごい寝ちゃった……。お姉ちゃんは寝てた?」
「いえ、起きていましたよ」
「……なら、着くまでは寝てて」
リタさんは急にちょっと不機嫌です。どうしたんでしょう?
「私は眠くないので大丈夫です。それにあと数時間もせず帝都です」
「お姉ちゃんは疲れてないの?」
どうやら私の体を心配してくれてるようです。
……なら、別に疲れてるわけじゃないですけど、寝ておきましょうか。
「分かりました、帝都に着くまで寝てますね」
「うん。そうしてて~」
私はリタさんに言われるがまま眠りにつきました。