9話 その8
王女様が胸に突きを放ってきたタイミングで、剣に流していた魔力を変えて攻めに入ることにしました。王女様の剣の軌道を読み、それに合わせて私も剣を滑らせると、受け流すことに成功して懐に入り込みます。そしてその瞬間、剣の持ち手を回転させて返しの刃を王女様に向けて放ちました。
「――っ!?」
王女様の体を剣が捉える寸前、なぜか逆に王女様の蹴りが私のお腹に直撃していたようです。私は後ろに吹き飛ばされると、少しよろめきながらも、直ぐに立ち上がります。
「あのねぇ。本気で来ないのなら、私には勝てないと思うのだけど?」
「……はぁ、ぅう……はぁ……」
王女様はまったく息切れを起こしていませんけど、私はかなり限界が近くなってきました。一度でも攻撃を食らってしまうと、体力のなさが原因でかなり厳しい状況になってしまうんです。ただそうは言っても、状況は変わらないので、私はなんとか剣を構え直して、目の前の王女様に集中します。
そして、直ぐに王女様は私に向かって距離を詰めてくると、先程よりも剣速重視の攻撃に切り替えて、的確に私の隙を狙うようになってきました。それをギリギリで受け流しながら、私も何度か王女様の攻撃を意図的に誘発させて返しの攻撃を試みたのですが、それでも簡単に弾き返されてしまいます。それから直ぐに蹴られたお腹がギュッと沈むような痛みを放ち、腕の痺れも限界になってきたところで、私は敗北してしまいました。王女様の大振りの一撃を剣で受けたのですが、衝撃を抑え切ることができずに、私は結界外まで吹き飛ばされてしまったのです。
それを確認したコスタンティーノ先生が、「勝者、クラウディア様」と告げて戦いは終わります。どうやら王女様はあまり納得していないようで、少し不満げな表情をして私に聞いてきました。
「貴女、もしかして手加減してたの? 途中からやる気が感じられなかったわ」
「……いえ、単純に私の技量不足です」
「まあいいわ。そういうことにしておいてあげる」
……むう、手加減なんてしてませんけどね。……はぁ、まだお腹痛いです……。
そう思ってお腹を押さえていると、アヴィさんが再び走って寄ってきました。
「主様! 可愛そうに……我が慰めてあげます!」
アヴィさんはそう言いながら、手を広げてきます。続けて「どうぞ我の胸に飛び込んでください!」とのことです。私はアヴィさんに「別に落ち込んでいません」とだけ伝えると再び王女様の方を向きました。
「王女様はどこで剣を習ったんですか?」
「それを聞きたいのは私の方よ。貴女こそどこで習ったの? 随分腕が立つようね」
……あの、どうしてでしょう。私が聞き返されてしまいました。言わない方が良かったです。
とりあえず仕方ないので適当に答えることにします。……師匠のことは言えませんからね。
「えと、私は家の近くに住んでいた親切な方から教わりました。私が幼い頃からよく剣や魔法のことを教えてくれたんです」
「そうなのね、その方のお名前を伺ってもいいかしら?」
……うぅ、困りました。これも適当に答えるしかありません。
「……その、名前は分からないんです。私もその方のことを師匠としか呼んでいませんでした」
私がそう言うと、王女様は「……そう」と短く返事をしました。ただ、確実に怪しんでいるようです。もし私がオリビア師匠の名前を出したとして、王女様が師匠のことを知っていたら困るのです。私は師匠が何をしている方なのか全く知りませんし、師匠が自分のことをお話してくれたことは一度もありません。少なくとも私とリタさんを助けてくれた時に五人の人を殺害していますし、あの感じだともっともっと数え切れないほどの人を殺害していると思います。なので、アルスティナ帝国の警察機構から直接指名手配されていてもおかしくはありませんからね。そんな危険がある方の名前を出すわけにはいかないのです。
私が一人でそう納得していると、王女様は私を見て少し笑いました。
「貴女ってかなり変わってるのね。とっても新鮮で面白いわ」
「……そうですか」
私が少し落ち込むと、王女様は呆れてきます。
「なに落ち込んでるの? 私は貴女のこと面白いって言ったのよ? 悪い意味で言ったわけじゃないのだけど」
変わってるところが面白いって、そんなこと言われても別に嬉しくないです。王女様は褒めてくれてるのかもしれませんけど……。
私が特に変わらず落ち込んでいると、王女様は仕方ないわねと言った感じで、私の腕を引っ張ってきました。
「たしか貴女はユノと言ったわよね?」
「……そうですけど、なんですか?」
「次の試合が始まるまで、私の話し相手になりなさいな」
「……分かりました」
私がそう答えると、結界から少し離れたところで王女様は腰を下ろしました。私も同じように腰を下ろします。……因みに、アヴィさんも私の横に座っていますが、王女様のことを露骨に嫌がっています。
「貴女のことはレンから何度か聞いてるわ……」
そう言い、王女様はなぜか緊張し始めました。私がそれを見て体調が悪いのか聞こうとした時、王女様は勝手に口を開きます。
「……その、レンと一緒の部屋で寝てるってホントなの?」
「えと? そうですね、ホントです」
それを聞くと、突然王女様は顔を押えて恥ずかしがります。
「――じゃあ、その……お風呂とかはどうしているのかしら!?」
「……? どうと言うのは?」
「そ、その、一緒に使ってるのかってことよ!? 私を弄ってるのなら怒るわよ?」
「え、待ってください。どういうことですか? お風呂場はもちろん一つだけなので一緒に使ってますよ?」
「なら、浴槽も……一緒に使ってるの?」
さっきからなにを知りたいんでしょうか……。全然意図が分かりません。慎重に答えておきましょう……。
「……えと、一つしかないのでそうなりますね」
「そ、そうなのね……」
王女様はしばらく顔を押えたままでしたが、何かを小さな声で呟いた後に顔を上げました。
「それで? レンは嫌がっていなかったのかしら?」
「……何をですか?」
「あ、貴女もホントに……聞いてはいたけど鈍いわね……。レンが貴女たちと一緒の部屋を使うことをよ」
「えぇと? 特に嫌がってはいないと思いますよ?」
私がそう言うと、王女様は「それはホントなの?」とかなり食い気味に私の方に顔を近づけてきます。私は少し気圧されながらも頷きました。
「……なら、レンは私の部屋で暮らすように言ったら来てくれるかしら?」
「別にレンさんはどこの部屋でも大丈夫だと思います。……ただ、レンさんが出て行ってしまったら……美味しいご飯が食べられなくなってしまうのは悲しいですし、残念です」
私はレンさんのごはんが食べられなくなることを想像して、深いため息をつきました。王女様は少し黙った後に口を開きます。
「ユノ、貴女はレンのことどう思っているのかしら?」
「……?」
どう思うってなんでしょう。優しい方だと思ってると言えばいいのでしょうか。