序章 その9
――私は目を開けると、……いえ。
目を覚ますと、体中が熱く、視界の片方赤く染まっていました。
理解できないまま体を起こそうとした瞬間、左腕の感覚が無いことに気付きます。左腕を見てみると、二の腕の辺りに瓦礫が突き刺さり、そこから下が千切れていました。
じわじわと痛みを感じ始めましたが、周りの光景を見て、その痛みもいつの間にか消えていました。
空は薄暗い灰色で塵が舞っていて……、辺りには瓦礫が散乱していて――。
近くには体中に瓦礫が突き刺さり、そこかしこが潰れている、お父さんとお母さんだったものが転がっていました。頭には岩の破片が突き刺さり、顔から落ちかけた虚ろな目は私のことを見つめています。
私は現実を受け入れたくなかったからでしょう。
まだ生きていると信じたくて、それに近寄って触ってみました。
しかし、それはすでに冷たく、硬くて……。
どれくらいそうしていたのかは分かりませんが、その後、私はリタさんを探しました。
数メートル先に倒れていて直ぐに見つかりましたが、リタさんの下半身は瓦礫で潰されていて、辺りは赤黒く染まっていました。
私はリタさんにも触れてみました。
体はかなり冷たくなっていましたが、まだ僅かに鼓動と息があります。
助けを求め、声を出そうとしますが、どうやっても出ず、私はただリタさんに抱きつくことしかできませんでした。
それから間もなく、人の声が聞こえてきました。
既に私にはそこから動くだけの力が残っておらず、ただその人たちが来てくれるのを待つしかありません。
しかし、その人たちが私たちを助けてくれないことは直ぐに分かりました。
「まったく……。生き残りが居るはずだって? 何を根拠に言ってんだ?」
「あれだけ大きく吹き飛ばしたら、生き残りなんて居る訳ないっすよね~」
「でも、今回の捜索に五千人以上出てるらしいですよ」
「上層部はついに頭おかしくなったのか?」
「――おいお前たち。その辺にしておけ。どういった魔法で監視されているかも分からんのだ」
「分かってますって。……でも軍曹、これだけ派手に吹き飛ばして生き残ってる奴が居るなんて本気で思ってんすか?」
「上が居ると言っているんだ。だから我々は必ず居るものだと思わねばならん。仮に居なかったとしたら、我々全員の首が飛ぶことになる。そういう心持ちで居ろ」
「はいはい。分かりましたよ」
「何でもいいっすけど、こんなことして帝国にはバレてないんすか?」
「それは私も教えられていない。我々はただ無心で任務を遂行するだけだ。余計な詮索はせず、気を引き締めろ。生き残りは必ず居る」
「了解っす」
「生き残りが見つかったら俺がぶっ殺して良いっすか?」
「まずはそいつが対象かどうか、この魔法具で確認をする。殺すのはその後だ」
「――って、軍曹。小隊との通信がプッツンしたっす」
「何?」
「いやガチですって」
「支給品の通信魔法具が不良品とか俺たちのこと殺す気かよ」
「いや、魔法具が不良品であることは万に一つ無い。考えられる可能性は二つ。一つは小隊本部が襲われ母体となる魔法具が破壊された場合。もう一つは、既に我々が何者かの結界魔法の中に入っている場合だ。周囲を警戒しろ。水平方向は勿論、鉛直方向への警戒も怠るな」
その声は次第に私の方に近づいて来ました。
「………信じらんねぇ」
「……おいおい!! マジかよ!! なんでこんなガキが生き残ってんだ!?」
「可愛いじゃないですか。こいつは俺に殺させてください」
「何言ってんだ!! 殺すのは俺だ!! 馬鹿野郎!!」
「待て、今確認する。お前たちは周囲の警戒に専念しろ」
「はよして下さいよ~。……まずは腹に一発ぶち込むかな~」
「先輩もこっち系なんですか? なら別に殺すの譲りますよ。その代わりじっくりなぶって殺してくださいね?」
「あぁ。任せとけ~」
私はただ何を思うこともなく、その人たちを見つめていました。
「よし、確認できた。こいつらが対象だ。私が殺す。命令だ、お前たちは周囲を警戒しろ」
「え、軍曹が殺すんすか!?」
四人に指示を出していたその人は、躊躇なく銃をリタさんに向け、引き金を引こうとします。
――次の瞬間、その人たちの頭に光る剣が突き刺さっていました。
「何とか間に合ったね。オリビア♪」
「お前の支度に時間がかかったせいだよ。バカ弟子」
「そんな酷い呼び方しないでくれる?」
「ああ、分かったから静かにしていろ。パンドラ」
「は~い♪」
「――それはそうと。……聞こえているか?」
私の方を見ながらそう言います。私は何も言わずに視線を落とし、リタさんのことを見ました。
「……そうか。ならば、お前に三つの大きな大きな貸しを作るとしよう」
その人はそう言い、私の首を骨が軋むほど強い力で持ち上げると、冷酷で褪せた目を私に向けてきます。
「よく聞け。――一つ、お前の体を治してやろう。二つ、そいつの体を治してやろう。三つ、お前たちを守ってやろう」
補足と言わないばかりにもう一人が説明します。
「ここは既に軍に包囲されているの。ここに居たらすぐ見つかって殺されちゃうのがオチ♪ 意味分かった?」
私は殺されるのも別にいいかな、そう思った時です。
お母さんの最後の言葉を思い出しました。
『ユノ。リタのことをお願いね』
――だから。お母さんのその言葉に応えるように。――私は精一杯、力を込めて頷きました。
「……よし。お前の決意は伝わった。助けてやろう」
そう言い終えると同時に、私の意識は無くなりました。
次に目覚めた時は既に師匠の家でした。そして私とリタさんの体も完治していました。
それから、私は命の恩人である師匠に魔法や剣術などのことを非常に厳しく叩き込まれ、現在のように命令されたお仕事をこなすようになったのです。
――しかし、この爆撃は、この惨劇は、どの歴史書にも文献にも載っていませんでした。
つまり、何者かによって隠蔽されたのです。師匠もパンドラさんも、このことに関しては何も教えてくれません。
ですが、軍人さんの服装から『シュベール人民共和国』の軍隊だということは分かっています。
私は復讐をしようと思っている訳ではありません。
……いえ。それは綺麗事です。
私は、いつかきっと、あの惨劇の裏で糸を引いていた方々を一人残らず、地獄の底に叩き落とそうと思っています。
――そんなこと、お父さんとお母さんは望んでいないんでしょうけどね……。