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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

【短編】アサシンヒーラー

作者: まな

昔のメモの復元。面白そうなら続きを書きます。




 ダンジョンの中ではなにものであろうと、常に死と隣り合わせだ。


 徘徊する数多のモンスター。解除しても復活するトラップ。未開のフロアなら遭難だって珍しくはない。


 冒険者たるもの準備は入念に、万全に。

 必要なものは全て持ち、しかし最小限に。武器は研ぎ澄まし、防具の点検は怠らず、鍛錬は無駄なく……だが人が一人で出来ることには限界がある。


 だから必要なのは自分の力だけじゃない。信頼できる仲間こそが、ダンジョン攻略において真に必要なものだ。


 そんなダンジョンの初探索に、俺は今から向かう。


 最初は誰でもビギナーだ。自分でできることの限界は分からず、かと言って同じビギナー同士でパーティを組んでも安全とは言いがたい。

 そこで登場するのが危険なダンジョンの探索に赴く冒険者のための仲介組織、ダンジョンギルドだ。ギルドに頼めば日の浅いビギナーでも、クエストに応じて中堅の冒険者を紹介してもらえる。

 このシステムは後進の育成と冒険者の死亡率を下げる目的があり、中堅冒険者たちにはギルドからの手当が出るため、本当の初心者にもありがたいものとなっている。


「今回が初探索のグレンです! よろしくお願いします!」


 今回のパーティメンバー、まずはこの俺【新人冒険者】Dランク剣士のグレン。俺のクエストなのでパーティのリーダーであり、剣士という職からわかるとおりに前衛だ。

 自分で新人などと名乗りたくもないが、ギルドとの契約上最初の半年は新人だ。そればかりは仕方がない。

 だが俺には実力がある。まだ冒険者をはじめて2ヶ月ほどだが、ダンジョンの外では魔物を倒した経験もあり、既にCランクへの昇格試験への挑戦が認められている。

 今回のクエストはその昇格試験であり、内容的にはソロでもクリアできる自信はあるが、俺は慢心しない。パーティメンバーの仲介をギルドに依頼したのも、この試験の成功率を上げるためだ。

 試験内容は至ってシンプル。まずはダンジョンに潜り、Cランクエリアに点在するギルドの出張所へ向かう。そこでサインを受け取って戻るだけだ。ただし合格するには2箇所以上のサインが必要であり、ルート選びや移動速度なども求められるので容易ではない。


「おう、元気があっていいな! 今回はお前さんの試験ってことだからな。戦闘以外で口出しはしねえから、思ったようにやってみな! だがあんまり危険なときには助けてやるから、そこは安心しな!」


 【義手義足の豪腕】斧使いのローゲン。俺とともにパーティの前衛を固める大男だ。

 現在はCランクだが、かつてはAランクエリアの更に奥にある『竜の巣』攻略隊にも籍を置いていた凄腕だと紹介されている。ドラゴンの皮や鱗から作られた鎧が何よりの証拠だ。

 しかしそこで負った重傷のため右腕と右足を失った。現在は前線を離れ、新人育成を主としているらしい。

 体格はいいが、やはり失った身体のせいか鎧が窮屈そうになるほど贅肉が目立つ。だが残った左腕が振り回す大斧は、衰えを一切感じさせない豪快さがある。

 思ったようにやれと言われたが、ギルドからはあまり人の意見を聞かない人だと注意されている。一応注意しておこう。


「グレンくんが冒険者に、それももうCランク試験とは感慨深いね」


 次に【火と氷】魔術士のソニア。俺たちのパーティの後衛であり攻撃の要だ。

 彼女との再開は想像もしていなかった。初等教育までは同じ街に住んでいたのだが、ある日魔術の才能を認められ彼女は街を去った。

 あれから8年。ゆったりとしたローブからでもわかるほどに随分美しくなっていたが、すぐにお互いを認識できた。当時はどこに行くときでも一緒に行動をしており、俺にとって姉のような存在だ。

 どこかの貴族の専属魔術士をしていたそうだが、今は辞めて冒険者をしているとのこと。

 彼女は普通の魔術士とは一線を画する。通常なら詠唱とともに杖などの触媒を通じて魔術を発動するが、彼女は詠唱もなく、複数の触媒から違う属性の魔術を同時に発動することができるのだ。

 無詠唱自体は珍しいことではないが、若くしてこれだけの魔術を扱えるものはそういないとローゲンも絶賛していた。冒険者としてはまだCランクだが、彼女の能力ならすぐに上のランクに行けるだろう。


「……よろしく」


 3人目は【ホワイトローブ】ヒーラーのアレア。ソニアと同じ後衛の支援担当だ。

 正直に言って俺は他の2人よりも、彼の存在がこのパーティで一番の当たりだと感じている。彼もまた同じDランクなのだが、ヒーラーはその性質上今回のようなクエストに来ることは少ない。ヒーラーはランクに関係なく、どこにでも駆り出される唯一の支援職だ。

 神より与えられた奇跡の回復術は失った腕を復活させ、浄化術はどんな毒でも瞬時に治す。その上ヒーラーは、誰も彼もが同じだけの実力を発揮できる。

 それこそヒーラーは最前線の『竜の巣』攻略や、未知のフロアの探索に駆り出されていてもおかしくはない。レアな職業ではないが、役割の重要度が他とはまるで違う。

 まだCランクではない俺が言うのも何だが、今回のような低ランクの探索に着いて来ても、彼の出番は殆ど無いだろう。

 しかし彼がパーティメンバーに配属されたということは、それだけギルドの俺への期待値が高いのだと確信していた。



 なぜならヒーラーの回復術は、その命を対価としているのだから。





 順調に思えていた俺のランクアップ試験。

 事件が起きたのはダンジョンへ入って3日目のことだった。


「ん? 来る時にこんな横穴あったか?」

「Cランクエリアは既に完全に解明されている。今までも地図通りに進んで来ただろ? ってことはだ」

「まさか、ダンジョン内を無作為に転移しているという隠し部屋!?」


 合格のためのサインは既に回収済みだが、帰りに少し欲を出したのが間違いだった。

 俺たちはダンジョン内に時折出現する隠し部屋を見つけ出し、高価な宝石を入手できた。そこまでは良かったのだが、部屋から出るとそこは入った場所とは違うエリアだった。


「入ってきた場所と違う?」

「なんだかここ……妙に広くない?」

「……柱の陰になにかいます」


 道中ずっと無口だったアレアが指をさす方向、柱の裏から現れたのはトカゲの頭を持つ猫背の亜人、リザードマンだった。


「クォア! クォア!」

「リザードマン!? このエリアにはいないはずなのに!」

「今の鳴き方は、仲間を呼ぶコールサイン! 戦闘態勢に入れ! さっさと片付けて、さっさと逃げるぞ! ポーションの使い惜しみはなしだ!」

「ソニアとアレアは下がって、念のため魔力ポーションを使用! ローゲンさん、カバーします!」

「むん!」


 ローゲンは俺の話を聞いていないのか、筋力増加ポーションを飲むと素早い身のこなしでリザードマンへ接近、斧を横薙ぎにする。なにかのスキルを発動していたのだろう。一歩目の動作は全く見えず、次の瞬間にはリザードマンの首が宙を舞っていた。


「クァッ!?」

「ふん! 雑魚が!」

(早すぎる……! これが元Aランク超えの実力者……!)


 俺は剣を構えてローゲンの後を追いはしたものの、追いつく前には終わっていた。

 戦闘は一瞬で終了。

 ふっと息を吐き、しかしその直後にソニアから警告が発せられる。


「グレン! 横にいるわ! アイススピア!」

「なにっ!?」

「クァァァァ!!!」


 柱に隠れていたリザードマンは一体だけではなかった。鋭い爪を振り上げ飛びかかってきたリザードマン。剣をしまわなくてよかった。ソニアの言葉も相まって、咄嗟に腕を振り上げることで奇襲を防ぐことができた。

 攻撃を防がれて無防備になったリザードマンに、ソニアの魔術が突き刺さる。この隙を逃す訳にはいかない。


「はあああっ!」


 袈裟斬りに振り下ろした俺のロングソードはリザードマンの肩へと喰らいつく。

 しかし思った以上に堅く筋肉質な身体を断つことができず、途中で止まってしまう。一瞬のことだが動きの止まった俺を、斬られたリザードマンが見逃すはずもなく、


「クァァァァ!!!」

「!? しまっ! ……がはっ!」


 リザードマンの鋭い鉤爪が脇腹に突き立つ。口からは血が溢れ、このままリザードマンが爪を滑らせれば、腹は裂け内臓がこぼれ落ちるてしまう。


「大丈夫かグレン!? ぬうう、どきやがれトカゲ野郎!」


 だが間一髪、ローゲンが間に合う。彼の豪快な横薙ぎは正確にリザードマンの首を吹き飛ばし、それ以上の動きを許す前に死に至らしめた。

 その場に崩れ落ちそうになる俺をローゲンがしっかりと支えてくれる。


「ロ、ローゲン、さん……お、れ……」

「喋るんじゃねえ! ああクソ、傷が深い! 低ランクのポーションじゃ足りねえぞ!」


 準備は万全だと思っていた。しかし俺たちは長い道中で回復薬を使いってしまっている。今残っているのは毒状態異常を治すポーションと自然回復力を高めるポーションだけ。

 欲をかいた。隠し部屋に入らなければこんなことにはならなかったのだが、どれほど後悔しても遅い。

 最期の頼みの綱は彼だけだ。


「おい大丈夫か、意識を失うんじゃないぞ! アレア! 出血が酷い、はやく傷口を止めてくれ!」


 後衛の2人がやってくる。滂沱と溢れる血を見てソニアは顔を伏せ、アレアも思わず息を呑む。


「あ、ああ、グレン……! なんてこと……!」

「おい! 早く回復術を使わねえか! ヒーラーなんだろう!?」

「……はい」

「ああ、死なないでグレン! お願いアレアさん、グレンを助けて! わたしに出来ることならなんでもするわ!」

「生命を司る母なる女神よ……この哀れな魂を救い給え……」


 傷口に痛みが走る。残っていたポーションを傷口にかけられたようだ。これがあると回復術のまわりが良くなるらしい。

 横たわる俺の横で腕を組み、祈るように目を瞑り、呪文を詠唱するアレア。回復術の暖かな魔力に包まれ、傷口が戻っていく。これで俺は助かる。そう安堵すると、急に意識が薄れてゆく。

 今まで何度か回復術を受けたが、こんな感覚は初めてだ。


(……身体が、重い……?)


 なにかがおかしい。ふと気がつくと身体から熱が失われていく。目を開けようにも凍ったように動かない。全身にも力が入らず、まるで川に沈んでいくような感覚に襲われる。


「君に恨みはないけれど、君に恨みがあるやつは何人も居てね。彼らと君では到底釣り合わないのだけれど、それでも許してくれるそうだ。よかったね」


 沈む意識の中、耳元でアレアの声がそう呟く。

 何を言っているのかは分からなかったが、彼の冷たい目を見て、自分が死ぬのだということだけは理解した。





「……間に合いませんでした」


 横たわったグレンの隣で祈りを捧げていたアレアが口を開く。


「回復術は使用したけれど、間に合わなかった。思ったより傷が深かったみたいです」

「そ、そんな……!? グレン、そんなことって……!」

「ふざけるんじゃねえ!!」


 ソニアはその場に泣き崩れ、ローゲンはアレアの胸ぐらを殴るように掴み上げて怒鳴る。


「俺はお前らヒーラーの回復術の凄さを知っている! あのくらいの傷で間に合わねえはずがねえ!」

「……傷が深かったんです。間に合いませんでした」


 ローゲンに掴まれたまま、まるで何事もないかのようにグレンへと視線を向けるアレア。その傷口はたしかに塞がっていたが、その露出する肌は人形のように白くなっていた。


「ボクの術はそんなに大したことはできません。必死に祈りましたが、叶わなかった」

「……舐めるなよクソガキ!」


 ローゲンがアレアを叩きつけるように投げる。たまたま落下地点にはリザードマンの死体があったのでダメージは少ないが、血溜まりになっていたため血が激しく飛び散る。


「お前らヒーラーは俺たち冒険者のために神が用意した身代わりなんだぞ!? 回復術はどんな傷も治し、失った手足も復活させる! 浄化術はどんな毒も呪いも一瞬で治す! そんなヒーラーが、お前が、あの程度の傷を治せないはずがねえ!」


 ローゲンは怒鳴り散らかす。ヒーラーには戦う術がない代わりに、どんな傷でも癒せる能力がある。

 それは彼の経験からくる認識であり、冒険者の間では常識だった。


「それでも、助けられませんでした。間に合いませんでした。それに、ローゲンさんの腕はないじゃないですか」

「……たしかに俺の右腕と右足はない。だがそれ以外のすべてがある! 俺は生きたままドラゴンのブレスで焼かれた。だがヒーラーの回復術で死の淵から生き返ったんだよ。それこそ間に合わなくて右腕を治し切る前にそいつは死んじまったが……そうだ、それがあるじゃねえか!」

「そ、そうよ! ヒーラーには失われた命をも回復させる奇跡の術、リザレクションがあるでしょう!? アレア、それを使いなさい! あなたの命でグレンを助けるの! さもなくば、さもなくばあなたを殺します!」


 ソニアはフラフラと立ち上がり、魔力を込めた杖をアレアに向かって突きつける。

 リザレクション。それは使用者の命を対価に蘇生を行う本物の奇跡だ。


「アレア! お前はヒーラーだ。今ならまだ間に合う! この将来有望な冒険者のために命をかけろ!」

「断れば、あなたを殺すわ! いいえ、あなただけじゃない。あなたの家族も友人も、あなたに関わったすべての人間を探し出して殺し尽くしてやる!」


 アレアはローゲンとソニアを順に見て、ため息をつく。


「お断りします。命を交換するほどの仲じゃない」

「……分からねえやつだな。どっちにしろ死ぬなら、有意義に死ねや!」

「アイススピア! ねえ、見えるでしょ? この鋭い氷の槍があなたを貫く前に、もう一度よく考えて? ね? グレンを救って立派に死ぬか、家族も一緒に皆殺しになるか、どっちを選べばいいか、わかるよね? 言っておくけどダンジョン内ではヒーラーがどうなろうと、冒険者は罪に問われないのよ? 駄々をこねてないで、はやくグレンを助けて?」


 狂気をその目に宿したソニアは、言葉遣いだけは優しげにゆっくりとアレアに迫る。

 彼女の言うことは間違っていなかった。冒険者の間でのヒーラーの役割は荷物運びと回復術だけ。食料が尽きれば陽動に利用されて命を落とすこともあるし、今回のように命を使いきるまで回復するように命令されることもある。生きて帰ることなど殆どない、まさに使い捨ての生きたハイポーションだ。

 そして冒険者がそのように認識しているということは、ギルドもまたヒーラーをそのようなものとして扱っている。


 ではなぜそれでもヒーラーが存在するのかと言えば、外でそれを知るものはいないからだ。

 万が一に生きてその場を離れても、ヒーラーがダンジョンの外へ出ることはない。



 ヒーラーは使い捨て。



 生きて帰らなければ、その事実を知るものはいない。



「わかった! 対価ならやる! 隠し部屋で拾った宝石はお前の家族のもんだ! どうだ、それなら話が違うだろ?」

「っそ、そうよね。ただで死ねというわけではないわ? あなたの命にも対価は払う。グレンも一生貴方のことを忘れない!」


 じりじりとアレアに詰め寄るローゲンとソニア。

 焦る二人がグレンに拘るのは、何も彼の命が大切だからだけではない。クエストが失敗すれば彼よりも上位ランクだった二人の責任になる。

 ましてやたかがCランクの昇格試験程度で死者を出すなど、あってはいけないのだ。

 彼らがアレアに暴力を振るわないのは、回復術の源が彼の生命力に依存しているから。しかしそれも時間の問題だ。ローゲンは斧を振りかぶり、ソニアの杖には魔力が込められている。


「早くしなければ、本当に間に合わなくなっちまうんだよ!」

「お願い、今ならまだ間に合う! グレンのために死んで! あなたがそれを願うだけで、彼は生き返るの!」

「……」

「はやくしやがれ!! 痛い目を見ねえと分からねえのか!?」


 アレアは、酷く冷めた目で二人を見上げていた。


 彼は知っている。彼らが同じような言葉で何人ものヒーラーを騙して来たことを。


 彼は知っている。彼らが何人のヒーラーを使い潰してきたかを。


 彼は知っている。このダンジョンで何人のヒーラーが犠牲になったのかを。


「もう、間に合いませんよ。彼も、あなたたちも」


 彼は知っていた。目の前の二人が、麻痺毒ですでに動けないことを。


「「え?」」

「クア!」


 間抜けな声を上げる二人と、リザードマンの鋭い鉤爪が彼らの喉首を切り裂くのは、ほとんど同時だった。





「元Aランクとは聞いていたけど、大したことなかったな」


 アレアの足元に転がる3人の冒険者の死体。彼らの死因はリザードマンによる一撃だが、彼らがうまく動けなかった原因はポーションに混ぜられた遅効性の麻痺毒にある。

 アレアは最初から彼らを全滅させるつもりで動いていたのだ。リザードマンはイレギュラーであったが、いい仕事をしてくれた。


「こいつらが殺した愛子(いとしご)は28人。なのにその3人を殺しても11人分しか帰ってこない。俺は計算ができなくなっちまったのか?」


 閃光とともに現れたのはダンジョンには全く似つかわしくない天使。手には鳥かごを持ち、3対6枚の翼がある。衣服は身につけておらず、上の2枚の翼で頭を隠し、中央の2枚で胸元を隠し、下の2枚で下半身を包んでいる。顔は見えないが長くきれいな髪が見え隠れするため、金髪の女性だということはわかる。

 鳥かごの中に入っているのは3つの霊力の塊。みなが魂と呼んでいるものだ。


「……そういう契約だからね。むしろ3人が11人になったんだ。ありがたいと思わなくちゃ」

「わかってるっての。……で? お前はなにしてるんだ?」

「こいつらが死んで喜ぶのは、なにもお前たちだけじゃないってだけさ」


 アレアはダンジョンで死んだ3人、グレン、ローゲン、ソニアの指を根本から切り落とし、それぞれ瓶に詰めていく。瓶には彼らのギルドカードを同封し、どれが誰のかをわかるようにしておく。


「ボク以外にも、こいつらを恨んでるやつがいた。どうせ殺すならと頼まれたからね」

「それはわかるが、殺したのに何だってそんな手間を?」

「口だけじゃなく証拠がほしんだよ。それにコレを渡せば多少は金になる」


 アレアは金に興味はなかったが、金がなければダンジョンの外で自由に活動できない。

 証拠の隠滅に、新しい身分、狙った冒険者をダンジョンに連れ込むのだってタダじゃない。別に勝手にダンジョンに入っていたやつを狩ってもいいのだが、その場合は刈り取った魂の交換に手間がかかるため、無駄足になることも多い。


「ふーん、こいつらを殺したらいくら貰える事になってんだ?」

「さてね。金を受け取るのはダンジョンの外のボクの飼い主だから。3人だし3万くらいじゃないかな」

「1人1万かよ。ゴブリン1体2ゴールドってのは聞いたことがあるから、人間ってのはずいぶん高いんだな。おっと、ようやく来たか」


 天使が待っていたのはダンジョンの奥底に眠る魔神の眷属、悪魔だ。今回現れたのは漆黒の甲冑を身にまとった騎士風の悪魔で、手には同じように鳥かごを持っておる。こちらの中には11人分の、輝く魂が入っていた。


「おまえ、まぶしい。うしろを、むけ」

「そういうお前は真っ暗闇で、どこに何があるのかわかんねえよ」

「まあまあ、そのためにボクが居るんですから」


 天使と悪魔は、お互いにその姿が見えない。そのため魂の交換の仲介はアレアが行っていた。


「11人分、確かにあるな。これで女神さまもお喜びになるぜ」


 天使は満足気に頷くと目が眩むほどの閃光を発してその場から消え去る。


「……おまえ、もっとひところせ。そうすれば、もっといっぱいかえす」

「はいはい、わかってますよ」

「めがみのこのたましい、くさくてくえない。いらない。つぎもまってる」


 悪魔の方もアレアに文句を言って闇に溶けるように消えていった。


「……ボクも帰るとするか。その前に、彼らをきちんと処理しないとね」


 アレアは手指のない3人の冒険者の死体を、万が一にもリザレクションをかけられないようにアンデッド化させてからその場を去る。


「……ヴヴァ……ア、アアァァァ……」


 その場に残ったのは、戦いに敗れた2体のリザードマンと、アレアの羽織っていた白いローブだけだった。





 ヒーラーは使い捨て。



 アレアが冒険者たちの暗い常識を知ったのは、大好きだった孤児院の太陽がダンジョンから戻らなかったときだった。


「凄い! ターシャお姉ちゃん冒険者になったの!?」

「ええ。神殿でいくつか職業を見てもらったけど、ヒーラーの適性が一番高かったの! しかも他と違ってヒーラーは貴重だから見習いでも上のランクのパーティに入っていいんですって! 早速明日からお仕事なのよ? 前金も貰えたし、これで孤児院のみんなに少しは楽をさせてあげられるわね!」


 革鎧の上から修道士の上着を羽織り、子供には少し大きい杖を持った血の繋がらない姉。

 彼女が初めてのダンジョン探索に出る前日、満面の笑みで本当に嬉しそうに銀貨の入った革袋を孤児院に持ってきたのを、今でも覚えている。



 それが、彼女の命の値段だったと知るのは、その数日後のことだ。



 

「Cランク冒険者パーティ『赤い爪』が、リトルドラゴを倒したってよ!」


 外から聞こえてくる喧騒。それは冒険者パーティの凱旋を祝う声。


「ターシャお姉ちゃんの入ったパーティだ!」


 孤児院で内職に励んでいたアレアは、居ても経ってもいられずに外へと飛び出した。誰かが必死に呼び止めていた気もするが、もう覚えていない。


「おいおいまじかよ! 東のCランクエリアの主だって話だろ? 新エリア開放か!?」

「いや、まだまだ奥に道が続いていて、2フロアまで確認して戻ってきたらしい」

「賢明な判断だな。リトルドラゴの素材もあるだろうし、無理に未調査域を歩くことはねえ。それに全員無事だったんだろ? これで奴らもBランクか、出世したもんだなあ」


 人集りの向こう、遠くに見える鎧やローブに身を包んだ冒険者たち。彼らは荷車に見たこともない量の大きな魔物の素材を載せて西町に消えていく。

 そちらは冒険者通りと呼ばれる場所で、孤児院では冒険者たちは危ないから近寄るなと言われていた。しかしどうしてもターシャにお祝いを言いたくて、アレアは走っていった。


 だが果たして、ターシャは見つからなかった。


「ターシャ!」


 冒険者ギルドと呼ばれる酒場の中に、彼女は居なかった。


「……ターシャ?」


 ギルドの裏手の加工場と呼ばれる素材置場に、彼女は居なかった。


「……ターシャ……?」


 その中に運ばれた彼らの荷車にも、彼女は居なかった。


「ターシャ、どこにいるの?」


 アレアは小さいながらも必死に考えてあちこちを探し、辿り着いたのは冒険者パーティ『赤い爪』が打ち上げをしているという別の酒場だった。

 そこはギルドよりも薄暗い場所だったが、扉のない入り口からは店内の明るい光が漏れていた。

 篝火に向かっていく羽虫のように、彼はその戸をくぐる。


「ターシャ! ……あれ?」

「なんだあガキ。ここはおめえみたいなガキの来るところじゃねえぞ?」

「ターシャを、ターシャを探してるんです。あなたたちと一緒にダンジョンに入っていった、冒険者、見習いの……」


 目の前にいた冒険者たちの表情から感情が消えていく。それは『赤い爪』のメンバーだけでなく、見回せば酒場にいた全員の冷たい視線がアレアに注いでいた。


「ターシャだあ? 誰だよそいつは」

「ぼ、冒険者見習いの、お姉ちゃんなんです!」

「俺たちはこれでも名のあるパーティでな。見習いなんて雇わねえ。なあお前ら?」

「で、でも、ターシャは見習いだけど、ヒーラーで……!」

「外でその話をするんじゃねえよ。飯が不味くなる」



 意識はそこで失われ、次に目が冷めた時、



「……ターシャ……」


 アレアはいつもの夢を見て目が覚める。寝汗が酷く、心臓の鼓動も早い。この夢を見るのは、決まって仕事がある日だった。

 ふらふらとした足取りで香水臭いドミトリーを出る。行き先はダンジョンの外での飼い主の部屋。

 アレアには3人の飼い主がいる。1人はヒーラーを生み出した女神。1人はダンジョンに住まう魔神。そして最後の1人がブラックギルドのオーナー。


「いつものことながら、呼ぶ前に来るんだから、あんたほどの忠犬はいないよ【ネメシス】」

「……」

「早速だが仕事だ。喜びな。今回のターゲットには、お前の探していた元『赤い爪』のメンバーもいる。殺りがいがあるだろう?」


 渡された資料には、つい先程見た顔があった。間違いない。赤い爪だ。


「高い金を払ってお膳立てしてやるんだ。失敗は許されないよ?」

「……ボクが失敗をしたことがあったかな」


 冒険者を、ヒーラーを殺してきたすべての冒険者を皆殺しにする。それがアレアの宿命だった。



 【ネメシス】神罰の代行者アレア。彼は今日もダンジョンで人を殺す。



 それがダンジョンで殺されたヒーラーの魂を救い出す、唯一の方法だから。





ここまでお読みいただきありがとうございます。


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