8、早くも窮地
無事サルファイト皇国に入国した僕は、行商人の手伝いをこなし、少しの稼ぎを手に入れた。
住み込みの働き口を探して、様々な店に声をかけて1日半が経過した。
まず、職探しの結果から述べよう。教えてもらった店4つと興味を引いた店2つを尋ねたところ、どれも人手には困っていない、または子どもは雇わないと追い返されてしまった。読み書き計算ができると言っても、雇うならば即戦力になる成人以上の男が良いらしい。そもそも、この街は流入してくる人が多く、働き手に困っている店は滅多に無いとゴンドさんの知人から聞いている。
別の街に行く方法を検討しようと思いながら、宿屋を探して歩いた。昨日泊まった宿は、今いる場所からはかなり離れているので、近場で新たに探すのだ。
考えてみれば、キョロキョロと周囲を見渡す僕は、土地勘がないと丸わかりだったのだろう。気になる物音に迷い込んだ路地で、5人の男に囲まれてしまっている。
「僕に何かご用でも。」
「その通りだよお坊ちゃん。身包み全部置いて行け。」
一番体格がいいリーダーらしき男が、ライオンの聖霊と共に進み出て、片手を上げると同時に地面が盛り上がった。土から突き出た4本の腕に手足を捕まれ、いくら藻掻いても抜け出せない。既に男たちの包囲も狭まって、逃げ道がなくなっている。
聖霊術で水を生み出し土の腕にぶつけたり、可能な限りの抵抗をするが、聖霊術での戦闘訓練をしたことがない僕の威力ではどうしようもなかった。
「お。お前、珍しい髪色してるじゃないか。」
体を捻って抵抗するうち、常時深くかぶっていたフードが外れてしまった。ふいにリーダーが眼前に迫り、顎を掴まれて顔を覗きこまれる。
「あぁ、肌もきれいだし、顔も整ってる。これはいい値で売れるぞ。」
気色悪いねっとりとした声に不快感を覚えると同時に、頸部への強い衝撃で意識が遠のいて行く。
◇
ぼんやりとした視界の隅に、赤色がチラついている。不鮮明な視界を払うため目を擦ろうとするも、後ろ手に縛られているようで身動きが取れない。落ち着いて自分の状況を確認すると、手足を縄で縛られ口に布を詰め込まれて、ごつごつとした岩の床に転がされていた。遠くからはゲラゲラと下品な笑い声が聞こえている。
「う、っ…。」
「お~。白いガキが目ぇ覚ましたようだぜ。」
僕が身体を起こす音に、炎を囲んでいた男の一人が気が付いた。目を凝らすと、起きている男は3人。どうやらリーダーや他の男たちは少し離れて寝ているらしい。ここは洞窟の様な場所で、焚火以外に明かりはなく、外の様子は窺えない。地面には酒瓶やゴミが散らばり、壁際には大小様々な荷物や木箱、魔物が入った檻などが積まれていた。酒瓶を持ったスキンヘッドの男がふらふらと近づいてくる。
「お前も飲むか~んん?」
「はっガキには勿体ねーよ。」
「違いねぇ!ガハハハ!」
「…。」
スキンヘッドは品のない笑みを浮かべ、壁にもたれる僕を見下しながら酒をあおっている。男の背中には、ニタニタと醜悪な笑みを浮かべるサルの聖霊がいた。
僕の事を玩具としか思っていないような目は、今にも飛びかかられそうな怖さがある。
とにかく目の前の状況よりも、どうやって逃げるか考え周囲を窺ってていると、突然顔の横の壁を蹴りつけられた。
「なーに生意気な顔してんだよ。あ~?俺たちから逃げられると思ってんのかぁ?お前は貴族の変態ジジイに売り飛ばされて、俺たちのぉ酒代になるんだよぉ。その前に俺の相手だがなぁ。」
「ハハハッ、またあいつの悪い癖だよ。売り物なんだから、優しくしてやれよ~。」
この顔は生まれつきだし、特に変な顔はしてないはず。
意識して表情を作らなければ、基本無表情。実家では姉たちの機嫌を取るため、常に笑顔を張り付けていた。
特に表情を変えずにスキンヘッドを見上げると、それがさらに刺激したようで、横っ面を蹴り飛ばされた。
「その目だよ!反抗的な目。あーイライラするぜ。お前貴族だろぉ?俺は貴族のガキがクソ程嫌いなんだ。」
「ぐっ…う。」
肩を捕まれ、胸や腹を何度も殴られる。焚火の周りでは2人の酔っ払いが手を叩いて、スキンヘッドを囃し立てている。どんどんヒートアップする暴力を止める者はおらず、サルの聖霊も奇声をあげて飛び跳ねていた。
バシンッ
ガッシャーン ガラガラガラ…
「お、おい。それは流石にやべぇぞ。」
「落ち着けよ。」
僕は、蹴られた勢いで荷物の山に突っ込んだようだ。重たいものに押しつぶされている。全身が痺れ、既に痛みを感じなくなっていたせいで、自分の状況なのにどこか他人事のように感じている。ただ、何故だか顔が燃えるように熱かった。
「うるせぇな…
何してんだお前ら!おい、商品が台無しだろ!直ぐ片付けろ。」
「「「はい、今すぐ。」」」
「畜生共が。ガキの怪我も治せ。こいつも大金になるんだ。」
大きな物音でやっと目を覚ましたのだろう。僕をさらったリーダーの、ドスの聞いた声が岩で囲われた空間に反響した。他の男たちも起き出したのか、バタバタがやがやと騒がしくなる。
瓦礫の山から運び出されながら、やっと理不尽な八つ当たりから逃れられるのかと安心する。
しかし、なぜか徐々に心臓の鼓動が大きくなり、呼吸が荒くなってきた。春の夜風の心地良い涼しさとは打って変わって、身体の芯から震えるような寒さを感じ始めた。殴られて骨折でもしたのだろうか。震えに耐えるが、意識が途切れ途切れになる。
「お頭!ガキがやべぇ。」
「治癒できるやつ呼べ!急げ!」
視界は真っ暗で、全身の感覚が曖昧になり、次第に男たちの声が遠ざかっていく。意識が途絶える寸前、耳元で誰かが囁いた。
『助けてあげようか。』
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