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6、宿屋の主人

 村は国の最端にあると聞いていたので、もっと寂れたところを想像していたのだが、意外にも大きな村だった。いくつか目立つ建物があり、その多くが宿屋になっている。通りに並ぶ露店は多く、見たことのない食材や工芸品が並んでいる所からして、隣国サルファイト皇国との交易の窓口なんてところか。これは徒歩で国境を越えるという手間を避けることができそうだ。


 フードで顔を隠しながらも露店を覗いて歩いていると、ふと建物の陰にいる男達が視界に入った。

 

 杖をついたお婆さんの前に3人で立ち、端の1人が地図を大きく広げて道を聞いている。それだけなら良いのだが、反対側の1人がそろりそろりとお婆さんの鞄に手を伸ばしているのだ。お婆さんは親切に地図を指差し道を教えており、男の様子に気がついていない。

 僕には今特に急ぎの用事はない。これを見なかった事にするのはとても簡単だが、しばらくの間嫌な気持ちを引きずる事になる。それはそれでとても面倒だ。そして、実家で姉達に鍛えられた演技力がある。それなら、今少しだけやる気を出して、安全に終わらせてしまうのが最適か。

 そんなことを考えながらも、既に駆け出していた。



「おばあちゃーん!ただいま!お菓子を貰ったから一緒に食べよ。

 あれ、この人たちは誰?」


 無邪気な孫を演じ、荷物に手を伸ばしていた男を押し除け、お婆さんの横に立つ。すると、男達は顔を顰めてそそくさと逃げ出してしまった。

 万が一に備えてイヤリング型聖具からすぐに剣を取り出せるようにしていたが、使わずに済んでなにより。ここで争いになれば、警備隊が集まってくる。身元を洗われるだろうそれは、僕にとっても都合が悪い。

 

 男たちの姿が見えなくなったのを確認し、お婆さんに向き直る。


「突然ごめんなさい。男の1人が貴女の荷物を取ろうとしていたのが見えて、咄嗟に声をかけました。被害がなくて良かったです。どこにでも悪さをする者はいるのですね。」


 お婆さんは目を丸く見開いて驚き、杖を取り落としてしまった。杖を拾い上げて返し、「では」と通りに戻ろうとすると、お婆さんに力強く肩を掴まれ、食い気味に迫られた。


「私に孫はいないし、何事かと思ったけど。そうかい、私を助けてくれたのかい。何かお礼をしなくちゃね。急ぎの予定はあるかい。とりあえず、お茶とお菓子を出させておくれ。話はそれからだ。」


「あ、えぇ、特に予定は無いですが。」


「遠慮は要らないよ。付いてきておくれ。」


「は、はい。」


「よし、家は直ぐそこだ。」


 60歳は超えていそうなお婆さんだが、早口で捲し立てる迫力がすごい。さらに、杖をついているとは思えないスピードで歩いていく。早歩きで後を追いながら、村の様子について聞いてみる事にした。


「僕は今日この村に来たばかりですが、国の端にある村にしては中々賑やかな所ですね。やはり、サルファイト皇国との往来が多いのでしょうか。」


「見ない髪色だと思ったら、やっぱり旅の人かい。ここ数年は特に交易が増えて、グラディリスの王都からもサルファイト皇国からも商人やら冒険者やらたくさん人が来ているよ。おかげでウチは休みなく仕事ができてるのさ。

 さあ、着いたよ。」



 立ち止まると、目の前には村の中で最も大きい建物、宿屋があった。


 お婆さんに続いて扉をくぐると、木の温かみを感じる広い食堂があった。王都で泊まった宿屋も入って目の前が食堂だったことから、これが宿屋の一般的な形なのだろうと納得する。昼過ぎのため食堂に客はおらず、厨房からは仕込みの音が聞こえている。

 促されるままテーブル席に座ると、お婆さんは一度厨房に行ってすぐに戻ってきた。


「今お茶を用意させてるよ。改めて、助けてくれてありがとうね。私はここの主人のメイリだ。ところで、あんた王都から来たんだろ。サルファイト皇国に行くのかい。」


「大したことはしていません。僕はアレンです。えぇと、なぜ僕が王都から来たと分かったのか、聞いてもいいですか。」


「簡単なことだよ。さっきも言ったように、グラディリス王国からサルファイト皇国へ行く人が多いのと、珍しい白髪、加えてその年でそんな話し方をするのは王都の裕福な子供だけさ。」


「そんな…、髪は隠しているつもりだったのですが話し方も。僕は目立ちますか。」


「白髪はいないこともないけど、髪を隠しても分かる人には分かる。身なりは質素なようで良い生地の服に、傷の無い綺麗な手。私らのような家の子どもとは違うね。」


「勉強になります。」


「国を越える理由は聞かないから安心しな。何か聞きたいことがあれば、盗人から守ってくれたお礼に答えようじゃないか。」



 厨房から運ばれてきたお茶とお菓子に口を付けつつ、メイリさんから情報を得ることにした。お茶は王国の平民には最も一般的なものらしいが、貴族だった僕には物珍しく、新しい味を純粋に楽しむ事ができた。

 メイリさんからはサルファイト皇国へ行く手段、最近の魔物の情報、街や村の情報など、今後に役立ちそうな情報をたくさん得ることが出来た。それだけでなく、お礼に無料で宿に泊まらせてくれるという。さすがに良くしてもらいすぎだと断ろうとしても、気にするなと相手にしてくれないので、夕食の時に追加で注文させてもらう事で落ち着いた。



 泊まる個室は木の香りが良く温かみがあり、古さは気にならない居心地の良い部屋だった。夕食は僕の好物のミノタウロスのステーキだった。実家では塩と胡椒しか味付けがなかったが、初めて食べた白いソースが美味しすぎて、2皿平らげてしまった。どうやらこのソースはメイリさんお手製らしい。宿泊者以外にも、メアリさんの食事目当ての客が多く見られた。


 他の宿泊者を見習い、厨房からお湯をもらって体を拭いた。まだ肌寒い気温の中水浴びするのは気が引けたので、お湯代はケチらないことにしたのだ。旅の汚れを落としてさっぱりしたことで、硬いベッドでも良く眠ることができた。



 朝食はパンに切り込みを入れてソーセージとたまごを詰めた物と、見たことのない酸味のあるフルーツを食べた。

 初めて一人きりでの宿泊だったが、主人のメイリさんと親しくなったこともあってか、何の不安もなく過ごすことができた。改めて出発の準備を整え食堂に降りると、何かを持ったメイリさんが待っていた。


「アレン、もう行くんだろ。これを持って行きな。」


「はい。これは何でしょう。」


「サルファイト皇国へ連れて行ってくれる奴に渡す手紙と、あんたの弁当だ。昨日のテーキ、気に入ったんだろう。」


 渡された包みを開くと、朝食と同じように切り込みのあるパンに、昨晩の白いソースが掛かったミノタウロスステーキのコマ切れが詰められていた。朝食を食べたばかりにもかかわらず、美味しい香りによだれが溢れる。


「ありがとうございますメイリさん。色々とお世話になりました。」


「いやいや、助けてもらった礼だよ。またこの村に寄る事があれば、ウチを利用してくれれば嬉しいね。」


「それはもちろん。」


「紹介した店は、まっすぐ行って3本目の道を右だ。気を付けて行きなよ。」


「はい。ありがとうございました。」


 メイリさんにはサルファイト皇国までの行き方を聞いていたが、今日出発する商人が手伝いを募集しているという事で紹介してもらっていた。手伝いをすれば馬車の運賃が掛からず、むしろ小遣いが貰えるという。実家から持ってきた資金は有限。働き口を見つけるまでは節約したいので、僕から食い気味にお願いしたのだった。


お読みいただきありがとうございます。

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