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4、父上公認家出計画

誤字・脱字、その他言葉の間違いなどがあれば教えてくださると助かります。

 教会から帰宅後、一息つく間も無く父の部屋に呼ばれ、ソファーに座り父母と対面していた。


「アライン、ステータスカードを見せてもらえるか。能力に適した講師を選ばねばならない。」


「…はい。

 しかし、際立つものが無く、失望させてしまうかもしれません。」


 教会での僕の表情から大体察していたのか、いつもぶっきら棒な父にしては、優しい言い回しをしてきた。もちろん僕に断る事は出来ず、ステータスカードを机に置いて父の前へ滑らせるが、カードの上に置いた指を簡単には離せないでいた。


 養子である僕の、このあまりにも平凡で魅力のないステータスを見たら、2人はどう思うだろう。失望する。興味をなくす。見捨てる。新たに能力の良い養子を探すのだろうか。


「心配するな。我が家は領地を統括している訳でも、国の重要な役職を担っている訳でもない。伯爵家以上なら外聞も大事だろうが、我が家では堅実に仕事をする事が重要だ。」


「あなたは(わたくし)たちの子です。ステータスに恵まれずとも、やっていけるだけの知恵や実力、経験を得られます。」


 父母の言葉に勇気をもらい、改めてステータスカードから手を離した。それでも顔を直視できず、膝の上で握り拳を作って俯き、言葉を待った。



「ほう…なるほど。

 一般的に貴族の中では公開できるものではない。だがステータスに良いも悪いもない。

 良い師を探そう。くれぐれも努力を怠るな。」



 話が終ると、緊張と安堵から気分が悪くなり足元がふらついた。メイドに付き添われて部屋に戻り、無造作に服を脱ぎ捨ててベッドに潜り込んだ。


 洗礼直後には、解放されたばかりのエネルギーに振り回されて体調を崩す事があるらしく、治まるまで安静にするのがお決まりだと言う。自分は洗礼前からエネルギーを扱えたため、解放とは関係なさそうだなと思いながらも、実際に体調が悪いことに変わりない。深夜になると高熱が出て、全く身動きが取れなくなってしまった。


 翌朝、高熱でベッドから起き上がれず唸っていると、起こしに来たメイドが慌て父を呼びに行った。常にメイドが一人看病に付き、騒がしい姉妹達には父から面会禁止が言い渡された。

 熱は丸3日続いた。その間は食事が喉を通らず、甘みをつけた水や果汁を摂取して凌いでいた。


 4日目の朝になると、それまでの高熱が嘘のように、自力で身体を起こせるまでに回復した。食欲もあり、野菜をすり下ろしたスープと少しの果物を食べた。胃の負担が考えられたスープは、味気なかったが完食できた。

 メイドに看病と食事の礼を言い、食器を下げて貰うと、入れ替わりに父母が部屋に入ってきた。


「もう熱は下がったか。」


「3日間も寝込んで、本当に心配したのよ。食欲が戻って良かったわ。」


「ご心配をおかけしました。まだ身体が重たく感じますが、問題なさそうです。」


「何度も見に来たのだけれど、ずっと熱にうなされていたもの。元通り元気になるには時間がかかるわ。ゆっくり休みなさい。」


 3日も寝ていたとは驚きだ。頭が割れるような激しい痛みと、暗闇で苦しみ続ける夢に魘されていた記憶しかない。普段無表情な父の顔にも、さすがに心配の色が窺える。


「私もアイリッシュも洗礼の後に体調を崩したけれど、あなた程酷くは無かったわ。しっかり体力を戻してから、聖霊術の勉強を始めましょうね。」


「洗礼と言えば、アライン、聖霊はどうだ。」


「?」


 教会の司祭の話によると、現れるまでの時間には個人差があるが、長くても一晩で現れると言う。寝込んでいたとは言え、今日で4日。慌てて自分の周囲を見渡し、布団をめくってもそれらしき姿は無かった。


「い、いない?ようです。」


「まさか。小さく隠れているのか。何か今までと違う感覚は無いか?」


「感覚…特に何も感じません。」


 僕の返事を聞いた父は目を見開いて硬直し、母は顔面蒼白でふらふらと倒れそうに後ずさる。その2人の様子を見て、この事態がどれ程異常なのかを知った。



 聖霊と人間は一心同体。命を共有している存在。生まれたその瞬間から共に居る。それが、現れない。


 耳元に心臓があるかと思うほど、けたたましく心音が響いている。額からは汗が吹き出し、布団を強く握った指先は震えが抑えられない。

 僕はまだ10歳。聖霊について学んだとは言え、最低限の知識しかない。そして世の中についてもまだ知らない。一般的な事でも不十分な知識では、聖霊に関しても例外的なことは知り得ない。そこで、もしかしたら特異な例があるかも知れないと望みを込めて質問した。


「父上、過去に聖霊がいない人間がいた事はありますか?」


「いいや。それは、あり得ない。」



 微かな望みは、父の説明によって消し飛んだ。


 聖書には我々人間と聖霊が神によって造られたとある。

 創世期、神々は地上に降りて人間と共に生活し、様々な恵を下さったという。平和な世が続く中で、神に恋した人間が道を誤り、その神を殺してしまったそうだ。神殺しは大罪。まもなくその人間は斬首刑、聖霊は首が落ちると共に消滅し、間違いなく死んだはずだった。

 しかしそれは頭が無くなっても立ち上がり、首から溢れ出たエネルギーが次々と周囲の人間を襲っていった。それが暗黒期の始まり。魔人の誕生だ。

 その後生み出される魔人は人間によく似た容姿をしていたが、頭には角が生え、誰一人聖霊を持たなかったと言われている。

 今から2000年以上前、力を合わせた神と人間によって撲滅され、再び平和が訪れたと言う。


「この話は神話として描かれているが、実際の出来事であったと考えられている。つまり、聖霊がいないという事は、そう見られてしまうという事だ。」



 何も言葉が出なかった。父の目が見れない。


 淡々と話をする父は、直立したまま顔ごと僕から目をそらしていた。母はついに床にへたり込み、両手で顔を覆って震えている。2人の精霊は寄り添いあって、項垂れているように見えた。


 当然だ。恐るべきものに与えられる"魔"という名前。僕が"魔人"かもしれないと恐怖しているのだ。



 早鐘を打つ胸を無理やり押さえ込み、冷静になるよう必死に呼吸する。

 まだ、本当に聖霊がいないと決まったわけではない。特別にお寝坊さんで、まだ実体化できていないだけかもしれない。しかし、このまま聖霊がいないままで世間に知られてしまえば、魔人として処刑されるのだろうか。最悪の場合、家族も罪に問われるのではないか。

 たかが10年の知恵で対応できる事では無かった。





 長く続いた沈黙を破ったのは、正午を伝える教会の鐘だった。


「貴族の子は、洗礼を受けて10日後に誕生披露のパーティーを開かなければならない。当然お前のも予定されている。その時までに聖霊が姿を表さない場合、対策を考えなければならない。」


「ぼ、僕は、殺されるのでしょうか?!

 知られたら、家はどうなりますか?!

 隠す方法は?!」


「お前が生きていくためには、この家を出て、平民に紛れて生きるのが最善の策かも知れない。」


 貴族の当主になれば、人目を避けることができない立場になる。上位貴族や陛下の前では、聖霊も姿を表し首を垂れるのが礼儀と学んできた。つまり、聖霊が居ないことを隠し続けるのは不可能。家を巻き込んだ大事になるのは避けられないだろう。


「キッドはお前に違和感など無い様だ。聖霊の姿を表す義務がない生活なら、誤魔化して生活できる可能性がある。もちろん、私の方で急ぎ聖霊について調べてみるが、公に調査できない分あまり期待できないだろう。今後の身の振り方について考える必要がある。」


 父はキツネの精霊キッドの背を撫で、母の腕を取って立ち上がらせた。そして母を連れて部屋を出ると、代わりに執事のレイモンドを連れて戻ってきた。

 レイモンドは代々我が家に仕える家の生まれで、僕の祖父の代から執事をしている。家人の中でも最も信用できる人物だった。


 一通りの話を聞いたレイモンドは、眼球が零れ落ちるかと思うほど目を見開いて驚いた。彼の聖霊のリスも、隠れていた胸ポケットから勢いよく顔を出して、僕を凝視している。

 2人とも直ぐ普段の冷静さを取り戻した様だが、悲しそうな表情は隠せていなかった。



 その日は夜まで3人で話し合い、今後の計画を練った。


 誕生パーティーが予定されているのは6日後。それまでの5日間に聖霊が現れなければ、パーティー前日の夕刻にレイモンドに先導されて家を出る事。その場合に備えて準備をする事。僕は病で臥せっているとして、部屋から出ず父とレイモンド以外との接触をしない事。父には聖霊についての情報収集を、レイモンドには様々な準備を任せ、自分はただ部屋に篭って待つことしか出来なかった。





 準備をレイモンドに任せ、部屋で剣や聖霊術の練習をして時間を潰していると、あっという間にパーティー前日の朝になってしまった。

 僕は流行り病で寝込んでいる事になっており、ずっと部屋にこもっている。期待も空しく聖霊は姿を見せず、期限はもうすぐそこだ。


 気が滅入りそうな引き篭もりの毎日でも、ひとつだけ心が温かくなる事があった。洗礼の日に婚約者候補のレイチェル・マキュランからもらったプレゼントを開封したのだ。金のリボンをほどいて白い箱を開けると、小さく折りたたまれた手紙とイヤリングが1つ入っていた。手紙にはレイチェルの綺麗な字で、祝いの言葉とイヤリングについて書かれていた。

 イヤリングに付いた石は王国の端に生息するウォーリアイーグルの魔石で、光にかざすと見える虹色の光沢がとても綺麗だった。そしてただのイヤリングではなく、1メートル四方の容量のある聖具の鞄だった。聖具は小さなものでも非常に高価で、いくら貴族と言えど気軽にプレゼントするものではない。早速右耳に装着した。


 レイチェルの思いを感じ嬉しく思うと同時に、正に今日、その思いを裏切ってしまう事に酷い罪悪感が湧いた。もう、彼女の手を取ることも、言葉を交わすことも叶わない。


 今日、僕アライアスレン・アーデルベリアは流行り病で死ぬのだから。

お読みいただきありがとうございます。

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