3、婚約候補と洗礼
使用人と共に馬車の前で待っていると、2番目と3番目の姉、双子のエリアーナとクリスティーンが腕を組んでやってきた。
双子の姉エリアーナは父の次に無口だが、自分の好きなことになると興奮して話し出す癖がある。最近特に熱を入れているのは、絵画鑑賞と読書らしい。読んでいる本について質問したら最後、彼女の気が済むまで話を聞く羽目になるので、絶対に自分からは触れてはならない。
今日も分厚い本を片手に持ち、妹のクリスティーンに付けられたであろうお揃いのリボンが頭で揺れている。
双子の妹クリスティーンは自分達の容姿に自信があり、ドレスや靴、アクセサリーが大好きな年頃の少女だ。しかし、貴族令嬢には珍しく大きな宝石やたくさんのドレスを望まず、自分の持っているものを工夫して組み合わせたり、メイドと相談して作り直して楽しんでいる。
今日も母のお古のドレスを流行りのデザイン風に作り変え、お気に入りの靴に新しいレースをあしらっている。
2人の容姿は鏡のようにそっくりで、母と同じ赤茶色の髪も同じだ。控えめに言っても美人な自慢の姉達である。
わかりやすく違う所は2つ。エリアーナは母フィリアネラと同じ翠の瞳で、あまりオシャレに興味がないのか無造作に髪を下ろしていることが多い。クリスティーンは父より鮮やかなコバルトブルーの瞳で、毎日髪型を変えている。
クリスティーンが髪を上げていれば、大抵は遠くからでもシルエットで見分けがつく。
しばらく待つと、紺色の上質な生地に身を包んだ父と、柔らかな黄色のドレスを纏った母がやってきた。2人とも緊張した様子で、今日のために仕立てた新品の服を着ている。養子である自分の洗礼にもここまで真剣になってくれる両親を見て、胸の奥がじわりと暖かくなった。
7人を乗せた大きな馬車はしぶきを上げて進んでいく。貴族街の道はレンガやタイルが敷き詰められ、雨が降ってもぬかるむことはない。ガタゴトと座席に響く揺れから意識を外し、窓から街並みを見ていると、馬車の足が緩み御者席から声がかかった。
「旦那様。マキュラン子爵家のご令嬢がいらっしゃいました。」
マキュラン家とは、父と同じ子爵位を持つ家で、我がアーデルベリア家とは深い交流があり、親同士の仲も良い家である。さらにその令嬢、レイチェル・マキュランは僕の婚約者候補。
貴族の子女は10~15歳で婚約を結び、両者が成人の15歳を迎えたら婚姻を結ぶ決まりになっている。レイチェルが10歳を迎えるのは9か月後。その頃には僕との婚約が正式に発表されることになるだろう。
「マキュラン嬢、ご機嫌いかがかな。」
「アーデルベリア子爵、ごきげんよう。
お停めして申し訳ありません。無事に雨が上がり、晴れやかな日差しの中ご挨拶できることをうれしく思います。」
「うむ。アラインのためにわざわざありがとう。」
父と言葉を交わしたレイチェルは、父に促されて馬車の中が見えるように窓に近寄った。少し背伸びをし、反対の窓近くに座る僕を見つけた飴色の瞳は嬉しそうに細められている。
「おはよう、レイチェル。今日の髪型も髪飾りもよく似合っているよ。大切な日の朝から君に会えるなんて、今日は素敵な一日になりそうだ。」
姉達に鍛えられた、女性の機嫌を損ねないための話術はこんなところでも役に立つ。毎日聞き慣れている家族達は気に留める様子もないが、レイチェルは今日も頬をピンク色に染めて、恥ずかしがりつつ喜んでくれている。
「ごきげんよう、アライアスレン様。洗礼の場にご一緒することはできませんので、良き祝福が得られるよう心から祈っております。
それと、わたくし、プレゼントを用意いたしましたの。受け取っていただけるでしょうか。」
そう言ったレイチェルは、馬車を半周して僕側の窓から小さな箱を差し出した。それはレイチェルの手に納まるくらいの小さな白い箱で、金色のリボンが掛けられている。
未来の可愛い妻からの思いの込められたプレゼントだ。嬉しくないはずがない。
「ありがとうレイチェル。本当にうれしいよ。後日、改めてお礼をさせてね。」
いくつか手短に言葉を交わし、レイチェルに見送られて馬車が動き出す。
妹のサラスティアがプレゼントを開けて見せろと騒ぎだしたが、母に諫められておとなしくなった。双子の姉も気になっているようだが、長女のアイリッシュが「大切なものは一人の時に開けるものです。お相手の気持ちを蔑ろにしてはダメですよ。」とサラスに釘を刺すのを聞いて、歯痒そうにこちらを見ていた。
教会まではあと10分程。大切な贈り物を無くさないよう、ジャケットの内側にしまい込み、流れる街並みをぼんやりと見つめた。
◇
教会に到着し馬車から降りると、40歳前後の司祭と若いシスターに迎えられた。
豪華な彫刻が施された扉を開くと、入口から祭壇前まで臙脂色の絨毯が伸び、その両脇には5人掛けの光沢ある木の長椅子が正面を向いて等間隔に並んでいる。祭壇には神の姿を象った大きな石像と、ふかふかな大きなクッションに乗った、人の頭より大きな水晶玉があった。祭壇の周りは鮮やかな花で飾られ、果物やお菓子、ワインが奉げられてる。
司祭に誘導され、最前列の長椅子に分かれて座ると、洗礼が始まった。
「これより、アライアスレン・アーデルベリアの洗礼を行う。神の起こした奇跡の話から始めましょう。」
聖教が崇める神は現在1柱。神々が生きていた神話の時代に動乱があり、他の神々はお隠れになったそうだ。大陸のほとんどの国で信仰されており、各地に教会が設けられている。
長い神話を聞き神へ祈りを捧げた後、僕だけが大きな水晶の前に導かれ、金属を薄く伸ばした掌サイズのカード状のものを渡された。紐を通せるような穴が一つ空き、全体は銀色の鈍い光を放っている。促されるままカードを持った手を水晶の上にかざすと、強烈な光に飲み込まれ目をきつく閉じた。サラスが驚く声が聞こえて来る。
「お兄様!?」
ゆっくりと光が収まると、手に持ったカードには情報が刻まれていた。
【ステータス】
名前:アライアスレン・アーデルベリア
性別:男
系統:風
色:白
特殊技能:■■
他人のステータスなど見たことないが、これはちょっと、普通すぎる。洗礼という特別な舞台で期待していた分、普通というのは心に刺さる。
貴族の継嗣であれば、系統を2つ持っていたら才能あり。3つ持ちなら将来安泰。4つあれば100年に1人の逸材、即座に王立の学園に特例入学の上エリートコース確定だ。
平民で2つ持っていれば、それだけで貴族の養子に迎えられる事も多い。
さらに問題は色だ。色によって聖霊術の使用に変化が現れ、術との相性次第で強力な効果を生み出せる。
僕のステータスにある白は、最も比率の多い色。"何も効果がない色"だ。
特殊技能も記載なし。期待外れも甚だしい。
カードを見つめて意気消沈する僕に司祭から声がかかった。
「期待していた系統でなかったり望んだ色が得られないのはよくある事です。大切なのは、自分の今を知り、高める努力を惜しまない事です。」
司祭に促されてやっと席に戻ると、浮かない顔の家族の視線が突き刺さる。教会内であれこれ騒ぐわけにもいかず、その後の話や手続きを済ませていく。
すべてが終り、姉妹が順番に馬車に乗り込んでいる時、ついに我慢の限界に達したサラスが馬車の中で騒ぎ出した。
「ねぇ、お兄様の聖霊はどんな子だったの!なんで見せてくれないの!ねぇ!!」
出発前に聖霊について語っていた彼女は、僕の聖霊の姿が気になって仕方がないらしい。先に馬車に乗り込んでいる姉達が懸命に宥めている声が聞こえるが、サラスの癇癪は治まらない。馬車の外で額に手を当てて呆れる父と、落ち着かせようと慌てて乗り込む母の様子に、見送りに立っていた司祭が笑顔で話しかけた。
「お嬢さん。お嬢さんが聖霊だったらと考えてみてください。
あなたがゆっくりとお昼寝していたのに、他人の都合で今すぐに起きて出てこいと言われたら困りませんか?人前に出るには色々と準備も必要ですよね。聖霊も同じで、姿を見せてくれるには少し時間がかかります。焦らず、現れてくれるのを待つのです。」
「そうなのですか!?聖霊は私と一緒でお寝坊さんなんですね。私だったらすぐには起きられないし、お着替えしたり、髪を結ってもらったりと時間がかかるわ。いきなり出てきてと言われたら困ります。」
「そうですね。今はまだ準備中なのでしょう。遅くとも一晩経って朝になる頃には姿を現しますよ。でも先ずは、お兄様と聖霊を2人きりにしてあげましょうね。」
「当然ですわ!お兄様のパートナーですもの。」
馬車の窓から身を乗り出して答えるサラスに、司祭が何度も頷いた。
母は恥ずかしそうに帽子で顔を隠し、父はため息をついて、司祭に求められるまま握手をしていた。僕も疲れを誤魔化すように笑うしかなかった。
帰路に着いた馬車の中では、当然サラスが父に説教された。
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