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1、明かされた真実と不安

 今日の夕食はいつもより豪華で、僕の好物が所狭しと並んでいた。父ライドも久しぶりに王都に戻っており、長い食卓の端でワイングラスを掲げている。


「今日は、我が子アライアスレンの10歳を祝う。ここまで見守っていただいた神に感謝し、これから永きを共にする聖霊に、崇敬の念を込めて――乾杯。」


「「「「「「乾杯!」」」」」」


 全員でグラスを掲げ、楽しい食事が始まった。


 10歳になると教会で洗礼を受ける。洗礼を受けると、自分のステータスを見ることが可能になり、聖霊術の系統や特性適が判明する。

 そして、洗礼前後で明らかな変化が2つある。それは、全ての人がこの世に生を受けたときから共にある聖霊が実体を得ることと、聖霊術が使えるようになる事。


 聖霊の容姿や性格は人の性格や本質に強く影響されるとされ、聖霊が自らなるべき姿を決める。人が望んだ姿になることは稀有だという。

 また、実体化するまでは生命エネルギーを感じることができず、聖霊術が使えない。そのため、習得は洗礼後に開始すると決められている。

 貴族の場合、10歳までに読み書き計算、貴族としての生き方や都市の収め方、都市の開発や税についてなど、親の跡を継ぐための基礎を修めるのだが、僕は剣術にも力を入れて励んだ。


 貴族では特に聖霊術の威力や派手さが重要視され、剣術は護身程度で十分というのが常識だ。聖霊術重視が行き過ぎ、剣術を蔑む者も多くいる。僕は体を動かすことが好きだったので、父に無理を言って剣術の指南役をつけ、人よりちょっと、おそらく貴族としてはかなり多めに修練の時間を設けていたが、勉強については過分にこなしているので特にお咎めはなし。



 食事が終盤になった所で、乾杯後一言も発していない父がおもむろに口を開いた。


「食事が終わったら話がある。皆このままで。」


 全ての皿がメイド達によって下げられ、それぞれの前に紅茶のカップが置かれた。今日の紅茶は、柑橘の様な酸味のある香りにスッキリとした後味が特徴の、僕のお気に入りのお茶だった。

 母は、カップに口をつけ一息つき、膝に乗せたウサギの聖霊をそっと撫でている。父の足元に丸くなって寝ていたキツネの聖霊が、すくっと立ち上がって父と共にじぃっと僕を見つめてきた。


「さて、何から話そうか。

 …まず、明日は朝から教会に行く。皆、遅れぬように。」

 

 ガタッ


 父の一言を聞いて、勢いよく椅子の上に立ち上がる者がいた。テーブルに手をついて前のめりになり、キラキラ輝やく瞳で両親を交互に見ているのは、6歳の妹サラスティアだ。


 洗礼を見たことがない彼女にとっては、同行できる事実が嬉しかったのだろう。そう言えば、昨日も教会について色々と質問して来たな。


「わ、わたくしもついて行ってよいのですか!?」


「サラスティア、行儀が悪いわ。座りなさい。」


「レディらしい振る舞いが出来ないのであれば置いて行くぞ。」


 サラスティアは急いで座り直してドレスの裾を整え、微笑みを浮かべてカップを摘んで持ち上げた。父と同じブロンドの髪を耳にかけ、フーフーと紅茶に息を吹きかけ口をつける姿は、彼女がお手本とするレディ、母フィリアネラの仕草にそっくりだった。



「ふむ。次が本題だ。アライアスレン、心して聞きなさい。」


 無表情な父とその聖霊の心の底を見透かす様な視線に、居心地の悪さを感じた。


「私たちは、お前の本当の親ではない。」


「…えっ」

「…あー」


 サラスティアは何を言われているのか理解できず、口を開いたまま固まってしまった。

 一方僕は、なるほどそー言う事ねと納得してしまった。


 父の表情は全く動かず、母は心なしか申し訳なさそうに目線を下げていた。姉たちは僕より年上なんだから知っていたのだろう、それぞれ微妙な表情を浮かべている。誰も言葉を発さない重たい空気が続き、耐えかねた母が父に説明を促した。



 話を要約すると、僕の本当の父は目の前のライドの弟で、兄弟の仲は良かったが、幼い頃から奔放で成人するとすぐに冒険者になって家を出て行ったと言う。その後は疎遠になり、冒険者の女性と結婚したことも、子供が出来たことも、家どころか父にも連絡が来ていなかったらしい。


 弟が妻と共に亡くなったと連絡を受けて駆けつけると、2歳の僕がいたそうだ。ライドには男児がおらず、フィリアネラと相談して、血のつながりのある僕をそのまま養子に迎えることにしたらしい。


 もちろん僕は2歳の頃のことなんて覚えていない。


「本当の子どもではないが、血のつながりもある。貴族に養子など珍しくもない。今まで自分の子として育ててきたことも変わらない。実際、お前は頭の回転が速く、講師からの評価も優良だ。15歳になったら私の補佐につき、ゆくゆくは家を継いで貰おうと思っている。――何か聞いておきたいことはあるか。」


「い、いえ…驚き過ぎて、今は何も浮かびません。」


「そうだろうな。何かあれば、その都度聞くと良い。今後も変わらず勉学に励みなさい。」


「はい。」


 微妙な空気感から早く逃げたくてはぐらかし、ひと言ふた言交わして、母の「やはり一人でゆっくり考える時間が必要では」という言葉によって、早めに自室に戻ることができた。



 姉達の部屋と違い特別飾り付けのない僕の部屋には、ベッドと簡素な勉強机など、必要最低限のものだけ。華美な装飾や美術品収集には興味がなく、実用性を重視した部屋を作っている。部屋はその人の心を映すとは言ったもの。物に執着のない自分を体現している。

 自室に戻る際メイドにお茶を頼んでおり、毎日何時間も座っている勉強机でゆっくりと楽しむ。ざわつく心を鎮めるため、ジャスミンという花を中心にブレンドしたお茶を選んだ。特別好きなことも趣味もない自分にとって、このお茶の時間だけは譲れないものだった。


 窓から見える満月には薄雲がかかり、淡い光を放っていた。星はほとんど見えない。


 食後に聞いた話は予想の範疇である。

 母フィリアネラが僕と距離を取る理由について考えなかった事はない。しかし、父に関しては全員に対して素っ気ない感じで、姉達の様子にも疑問を抱かなかった。ただひとつだけ、自分の容姿が父とも母とも違う事がずっと心に引っかかっていた。

 しかしまぁ、予想していたとしても大きな衝撃であったことに変わりない。


 中身の量と不釣り合いなほど大きなウォークインクローゼットの扉を開き、姿見の前に立つ。そこに映っているのは、肩まで伸びた純白の髪を後ろで束ね、貴族らしい日焼けしていない白い肌をした線の細い少年。常に眠そうな瞼の奥には金色の瞳が輝き、右目に涙ボクロがある。手足はすらっと伸び、これからの成長が待ちきれない。

 鏡の自分に向かって手を伸ばしてつぶやいた。


「実際に父様の口から聞くと、なんというか、受け止めるしかないよな。家族の中で僕だけ髪が真っ白で、瞳の色も違う。…なるほどね。」

 

 父はブロンドの髪に空色の瞳、母は赤茶色の髪に翠の瞳だ。姉妹も皆、その特徴を置け継いでいる。物心ついた時からの一番の疑問にようやく答えが出たのだが、複雑な気持ちが膨らむばかりだった。



 明日は教会で洗礼を受ける。平民街では月に一度10歳になった子供が集まり、まとまった人数で洗礼を行うらしいが、貴族の子の洗礼は1人で行われる。

 それは、ステータスや聖霊の情報が他家に漏れないようにするためで、僕も例外なく、貴族街の教会にて1人で洗礼を受けるのだろう。


「僕にはどんな聖霊がついているのかな。ステータスを見れるのも楽しみだよね。」


 もやもやすく気持ちを誤魔化すように、意識して前向きな言葉を発して笑顔で窓辺に戻る。

 月に掛かっていた雲は通り過ぎ、満月が姿を現した。瞳に月の光が反射し、明日への期待と不安で揺れている。飲み干したカップの底を見つめ、緊張と共に眠りについた。




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