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10、都合の良い相棒

 しばらく歩き続けると、どこからか光を感じ始める。さらに歩くと、光に照らされた岩壁が近づいてきた。徐々に強さを増す光に目を細めると、左目は正常な視界を保っていることに気がついた。

 記憶を辿ると「眼をひとつあげた」と言っていた。その「ひとつ」が、右目の毒々しい視界のことだろう。僕の目はどうなってしまったのか。

 明るみに近づくことで、左右の異なる視界が重なって新たな見え方になっていった。



 やっとのことで洞窟から脱出すると、太陽は頂点を過ぎた頃だった。

 重なった視界は目眩を起こしそうな毒々しい色で、思わず右目を閉じてしまう。


 新鮮な空気を大きく吸い込み心を落ち着けていると、足を突かれた。そこには先ほどまでの青さと打って変わって、純白の身体に4つの黄金の眼を持つヘビがいた。


『脱出できたし、これからよろしくね。』


「うん。ヘビだった衝撃が強くて、もう驚かないと思っていたけれど、まさか目が4つとは…。

 行動を共にするだけで良いんだよな。それならいくつか頼みがあるんだが。」



 出口へ向かっている間、頭では今後の事を考えていた。

 図らずも相手は聖霊のような妖精のような存在だった。僕と共に行動したいというのなら、僕の聖霊のフリをしてもらえれば、お互いに街での平穏な生活が可能なのではと。


「僕は人間だが、なぜか聖霊が現れない。だから、君に僕の聖霊のフリをして欲しい。君も単独で街をうろつけば、魔物と勘違いされかねないからね。普段は服の下などに隠れていて構わない。人前では僕から離れず、他の人間に接触しなければそれで充分だ。君がもう要らないというまでの間、そんな契約はどうだろう。」


『君に聖霊が居ないのは知っていたわ。愚かな人間のこと、聖霊を持たない異端者を見つけたら、大変なことになりそうね。うん。私に損は無いし、良いんじゃない?それなら聖霊として私に名前を頂戴。そう言えばあなたの名前は?』


「僕の今の名前はアレン。」


 白く輝く美しいヘビ。僕の未来に差した光。


「これからよろしく。ルクシエ。」


 名前を言い終わると同時に、僕たちは眩い光に包まれた。暖かく優しい、母の腕の中のような光は、5秒程で収まった。


「…今の光は、何が起きた。」


『何かしら。私の身体に変化はなさそうね。』


 互いに体調の変化はなく、考えてもわからないと今は気にしない事にした。


 ひとり寂しい旅に相棒が加わった。





 ひとまず、最寄りの町か村に向かおう。


 改めて自分の身体を見下ろして気がついた。盗賊の男に散々嬲られたことで、ローブは所々裂け、白いシャツには血が滲み、全身まるも無惨な状態だった。

 慌てて右耳に触れるが、イヤリング型聖具は盗られていなかった。保存食が減って空いたスペースに、手持ちの皮袋を押し込んでいたので、結果的に荷物の被害はゼロだった。

 いつも通りローブのフードを目深に被り、屈んでルクシエと目線を合わせる。


「ルクシエ。ここから先はいつ人と会うか分からない。とりあえず、僕の首周りで落ち着けるか。」


 片手を差し出すと、器用に腕を登って首に巻き付く。マフラーのようになったルクシエが、フードの隙間から頭を出した。


『案外落ち着けそうね。ここなら前も見えるし、アレンが小声でも聞こえる。』


 10センチ程の距離で見るルクシエは、眩い光を放ち更に美しい。上下に並んだ眼球が左右で対になり、縦に伸びる瞳孔は刺すような視線を周囲に向けている。


「ところで、僕に『眼をあげた』ってどういう事?まだ右目は不思議な色合いのままだけど、どれかの眼と視界を共有してるのか?」


『違う。言葉の通りよ。私の額にある眼をアレンにあげた。』


 言われて目を凝らすと、ルクシエの額には縦に1本の筋がある。ちょうど眼球の横幅と同じくらいの筋だ。閉じているのだろうか。


「ん?それなら本当は5つ眼か。」


『そうなるわ。ちなみに視界共有するならこんな感じ。』


 既視感のある視界の揺れを感じ、急いで足を踏ん張る。すると左目の視界には、通常の色味の僕の横顔が特大サイズで映っていた。


「これが…視界の共有。」


 自分の意思に反して動く視界に目が回り、屈んだ状態からさらに地面に手をついてしまった。


『そうだ、いい加減自分の怪我の状態を確認しなさい。』


 首元をスルスルと這う冷たい感覚と共に、左目に映る僕の顔が横顔から正面に回っていく。


 真正面から自分の顔を見せられているはずなのに、そこにあったのは知っている顔ではなかった。

 言葉を失った。

 ゆっくりと両手で顔に触れる。左右反転した視界に戸惑いつつも指先を動かす。

 額や右目周辺のザラザラした感触。頬骨あたりの引き連れた皮膚。溶けて縮れた前髪。焼け爛れたように変色した肌。

 目に映るのは、顔の半分に大きな火傷を負った、傷だらけの少年だった。



『ショックを受けるのは分かるけど、火傷はどうにかなるんじゃない。人間の中には、強い聖霊術で病を治す者がいるでしょう。それよりも問題は右目。』


「…右目?」


 言われて右目を開いて注目すると変化に気が付いた。瞳の色は変わらず金色だが、瞳孔が縦長に変わっていた。


「…君の、眼を、貰った?」


『えぇ。毒瓶の山に突っ込んだ時、右目の眼球は溶けてしまったみたい。残念だけど、私が近づいた時には既に洞だったわ。だから今ある眼球は私のもの。無くなったものは治癒できないと聞いたことがある。だから私の目をあげたの。』


「…そうか。ありがとう、助かった。」


 実家を出てひとりで生きると決意して、まだたった10日ほど。早くも身体の一部が犠牲になってしまった。

 永遠に見つからないと思っていた相棒を得る代償と考えれば、安いのか高いのか。


『そんなに悲観しなくても大丈夫。これからは私が付いてるし、慣れればその眼も便利よ。』


 視界共有を切ったルクシエに励まされ、とにかく移動することになった。



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