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9、見知らぬ誰か

『私のお願いを聞いてくれるなら助けるよ。』


 真っ暗な意識の中、間を開けず再び頭に響いた言葉は僕の意識には届かない。認識も理解も思考もせず、震えているはずの唇が自然に言葉を紡ぐ。


「あぁ、聞こう。」





 目が覚めると漆黒の闇だった。

 確かに目を開けているが、一筋の明かりもない闇は完全に何も見えない。焚火は消えたのだろうか。煙の臭いが漂い鼻を刺激する。身体は石のように重いが、何とか動かせるので周囲を手で探ってみて気が付く。

 あれ、拘束が解かれている。


『やっとお目覚めね。』


「えっ?!」


 近くに人の気配は無いのに、耳元で声がして飛び上がる。僕の叫びは岩壁にこだまして大きくなったのに対し、耳元の声に響きは感じられない。


 いや、耳元じゃない。頭に響く、穏やかな女性の声。


『そんなに驚かないで。身体は平気みたいね。』


「?」


『頭に直接意思を送ってるの。』


「君が、僕を助けてくれたのか。」


『そうよ。私と取引したでしょう。忘れたの?』


 取引とは。

 スキンヘッドの男に嬲られた後、寒さと震えに耐えていたのは覚えている。しかし、そこまでしか記憶がない。それに今の状況も理解できていない。状況を整理しようとするが、混乱した頭を制御する事は叶わなかった。


『その様子だと、何も分かってないのかしら。いいわ、何があったか教えてあげる。

 あなたは禿頭に暴行されて、荷物の山に頭から突っ込んだの。運悪く毒の瓶がたくさん入っている木箱を粉砕する形でね。顔は毒とガラス片で、もーぐちゃぐちゃ。盗賊たちも流石に慌ててたわよ。大事な商品が粉々、高値が付く予定のあなたもボロボロだっただから。』


「あいつら、盗賊だったんだ。」


『そこじゃないでしょ。とりあえず、君の値段が落ちないように少し治癒してた。まぁ、不十分だけど。毒は私が完全に中和しておいたから死なずに済んでる。

 それでそのあと、全員殺したの。』


「え?」


『簡単よ。皆、ゆっくり苦しみながら死んでいったわ。』


 視認できない謎の相手は、淡々と機械的な口調で話を続けた。しかし、最後の言葉は笑っているような弾んだ声色だった。

 背筋につーっと冷たいものが流れる。


 猟奇的。


 全身を恐怖が駆け抜けた。



『それよりも今の話を聞いて、自分の状態が気にならないのね。』


「え。いや、どこにも痛みは無いから。それに、毒は君が治してくれたんだろう。」


『あなた意外と肝が座ってるわね。まぁそれよりも、私のお願いを言ってもいいかしら。』


「助けてくれたし、覚えてないけど約束してるようだし。聞くよ。」


『そう来なくっちゃ。お願いというのは、しばらくの間あなたのエネルギーを分けて欲しいの。』


 どんな無茶な願いが飛んでくるかと覚悟していると、理解できない種類の要求が来た。そもそも生命エネルギーは他人に渡せるものなのか。しばらくの間ってどのくらいなのか。1日中一緒に行動するのか。

 おそらく今の僕はだらしなく口を開き固まって、さぞかし間抜け面だろう。


『驚き過ぎよ。そんなに変なこと言ったかしら。』


「変と言うか、何を言っているのか分からない。エネルギーを分けるとは何だ。」


『私も分からないわ。物心ついた時から自分でエネルギーが作れなくて、周囲から少しずつ吸収して生きてきたの。それでも生きるのがやっと。でも、あなたから分けてもらえれば、解決しそうな気がしたの。』


「なぜ僕なんだ。自分で言って悲しいが、僕は平凡な子供だ。聖霊術の色も白でエネルギー効率がいいわけじゃ無い。」


『さあ。理由なんてわからない。そう感じたからそうなの。』


 話を聞いても理解できなかったが、嘘を言っている風でもない。僕の命を助けてくれたのは明らかで、信用しても良いのでは、むしろここで話に乗らなければ脱出できないのではと思えてきた。


「君の願いを叶えることで、僕に不都合はないのか。」


『ちょっとエネルギー消費が増える以外にはないわね。

一緒にいるだけで良いし、回復量以上には吸収しないから、命に関わることもないわ。』


「そうか。なら、ここを無事に出られたら願いを叶えると約束しよう。」


 この暗闇は時間経過で解決するものではなさそうだ。つまりは脱出するのが先決。それに、利害が一致するなら、今後行動を共にしても大きな問題は無さそうだ。僕はエネルギー要員として、向こうは僕の護衛として。

 手で地面を探って立ち上がりながら、小さな違和感に気が付いた。

 視界塞がれた状態の人間は、微かな情報も逃しはしないようにと聴覚や嗅覚が研ぎ澄まされる。洞窟に反響するのは僕の声と息遣い、そして衣擦れの音。それ以外に音は無い。


「…その前に、一つ聞きたい。」


『なにかしら。』


「君は何者なんだ。人間ではないのか。」


『人間ではないわ。でも言葉で伝えるのは難しい。私も分からないから、見たところで何も分からないと思うけど。姿を見せるにも、この暗闇を進むにも、今のあなたには何も見えないわね。

 私があなたの眼になろうかしら。』


「どういうことだ。」


『何も気にせず、イエスと言えばいいわ。幸い、眼は余っているもの。』


 もう、何が何だか理解できない。だが、一人でここから出るとなるとどのくらい時間がかかるのだろうか。

 あれこれと考えるのが面倒になってきた。


「あーもういい。任せるよ。」


 言ってすぐに真っ暗な視界に変化が訪れた。

 ゆらゆらと揺れるような感覚の後、ぼんやりと映像が浮かび上がった。明かりを付けてくれたのかと思ったが、色味の不自然さに気が付いた。黒、青、緑。視界に映るものが、鮮やかな色で塗られていた。ふいに自分の腕を見下ろすと、手の色は緑や黄や赤のグラデーションだった。

 

「…なにこれ。」


『どう?私の眼をひとつあげたの。』


「あげた?何が起きている。この色は何だ。」


『おちついて。私の姿を見たいのでしょう?左後ろを向いて下を見て。』


 混乱する頭に響いた声に従い、左後方を振り返って息を飲んだ。

 そこに見えたのは、ぐるぐる巻いた青い縄。縄の端は太くなって持ち上がり、ゆらゆらと揺れている。さらに先端からは、黄色の細い糸のようなものが見え隠れしている。

 どう見ても人間ではない。咄嗟に身構える。


「っ…ヘビの魔物!?」


『失礼ね。魔物と一緒にしないで。魔石持っていないし、魔物は私みたいに賢くないわ。』


「魔物じゃないなら、大地の妖精?いやでも、妖精は伝説だし…。」


『さっきから、悩んだり諦めたり驚いたり忙しいわね。

 正確には妖精とも違うと思うけど、自分でもよくわからないからそれで良いわ。』


 見回しても、このヘビ以外に目に留まるものはない。声の主は目の前のヘビで間違いないようだ。


『私の姿も見たことだし、とりあえずここから出ましょう。こんな死体だらけの場所、長居しても良いことないわ。』


 はっとして周囲の地面を注視すると、青黒い色の塊がそこかしこにあることに気がついた。明かりがなくて本当に良かった。


「…君がそれを言うか。出口はわかるのか。」


『楽勝よ。行きましょう。』


 スルスルととぐろを解いて、ゆらゆらと蛇行して進み出した。全長は大人の肩から指先ぐらいありそうだ。岩や死体を避けているのか、大きく曲がりながらもグングン進んでいく。


 慌てて追いかけようと足を踏み出すが、カラフル過ぎる視界は遠近感がわかりにくく、地面や岩は等しく青黒いため、早速何かに躓いて前のめりに倒れてしまった。

 倒れた僕の下には、弾力のある大きな塊があった。

 

 死体だ。


 慌てて起き上がり、一歩後退する。少し離れてしまったヘビに声をかけた。


「すまない。まだ上手く進めないから、もう少しゆっくりで頼む。」

 

『良いわよ。それなら壁沿いに進みましょうか。』



 左手で壁に触れながら、ヘビの案内を頼りに進んでいく。次第に視界に慣れ、躓くことも減ってくると、これまで気が付かなかった空気の流れを感じた。

 なるほど、この気流があるから洞窟内でも焚き火ができたのか。

 不思議な視界と終わりの見えない洞窟に、時間の感覚はすっかりなくなっていた。


お読みいただきありがとうございます。




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