8 新たな始まりの音
「この部屋を使っていいからね」
「うん、ありがとう。ゆり姉」
快音に私が犯してしまった過去の罪を打ち明けた日から2週間後、私は都内にある歌手の育成所の寮にきていた。
ここは育成所のすぐ近くに用意されていて地方から来ている歌手デビューを目指す若手達が暮らしている。
ずっと1歩踏み出すのが怖くて立ち止まっていた私だったけど快音のおかげで大切な事に気づく事ができた。
まだまだ不安だらけだけどこれからはちゃんと前を向いて、この新しい世界で生きる。
私のように苦しんでいる人に少しでも勇気を与えられるようなそんな歌手になりたい。
ようやく鳴り出したギターの音色が少しづつ繋がり曲を作っていく。
育成所でのレッスンはその始まり。
私と同い年くらいの子達がたくさんいるそうで途中からではあるが一緒に参加させて貰える事になった。
それに合わせて今までお世話になっていた家は元々居場所がなかったしゆり姉が気を利かせて空いている部屋を手配してくれたとゆうわけで。
「でも驚いたわよ。あんたが歌手を目指すなんてね、ほら昔色々あったから心配で……あ、ごめん」
「気にしないで。心配してくれてありがとね」
「綾音……少し見ないうちに大人になったわね」
ゆり姉は嬉しそうに微笑むと部屋の案内を少しした後、仕事があるからとどこかへいってしまった。
本格的なレッスンは明日からなので今日は引越しの作業をするだけ。
慣れない部屋に緊張してそわそわしつつ静かな空間に新しい始まりの音を感じていた。
引越しといっても荷物は大した物は無くてあっとゆう間に片付いてしまった。
最後に持ってきたギターをケースに入れたまま棚のそばにそっと立てかけてほっと一息。
このギターが私に相応しくなるまではきっと、まだまだ時間がかかるだろう。
なんとなく部屋にいても落ち着かないので寮の中を少し歩いてみる。
寮といっても外観は普通のアパートと変わらないし5階建てのいわゆるデザイナーズマンションとゆうやつ。
まだ新築なのか廊下もエレベーターも共有スペースもとても綺麗だ。
1階にはエントランスがありオートロックの扉とエレベーター、郵便ポストのほかに来客用だろうか変わったデザインの椅子と机が置いてある。
建物の周りは木々が植えられておりガラス越しに見える景色は都会とは思えない程素敵だった。
そのまましばらくエントランスの椅子に腰掛けて外の景色を眺めていると入口から若い女性が入ってきた。
綺麗なセミロングの黒髪が印象的な優しそうな人。
だけどその時一瞬、彼女の瞳がどことなく寂しそうに見えて……気のせい?
その女性は私に気づくと少し早足になり嬉しそうに近づいてきた。
知らない人と話すのは相変わらず苦手だがこれからここに住むのだから挨拶くらいはしといた方がいいよね。
「こんにちわ!もしかして今日からここに住む新人さん?」
「え……あ、はい。こんにちわ。岡本綾音といいます。よろしくお願いします」
きっ緊張する……声変じゃないかな?ちゃんと笑えてる?
「よろしくね、私は星野沙良。噂は聞いてたわ、とっても声が綺麗でプロデューサーに気にいられた新人が入校するって」
「そっそんな大したことは……」
そんな事言われると照れくさいとゆうかなんとゆうか……瞬時に顔が熱くなるのを感じる。
「分からない事があったらなんでも聞いてね!」
初めて会った彼女……沙良はとっても明るくて優しくて同い年なのに大人びていて根暗なタイプの私からすればその全てが羨ましくて一瞬にして憧れとなった。
だけど話していると初めに感じた寂しげな瞳を時々感じる事があって。
上手く言えないけど沙良はどこか私に似ているようなそんな気がした。
「そっか、レッスンは明日からなのね。」
「うん」
初めは緊張していた私も沙良の優しい雰囲気にだんだんと打ち解けて行った。友達とおしゃべりするってこんな感じなのかな?
「……いけない!もうこんな時間!私戻らないと……綾音またね!」
「うん、またね」
そう言うと沙良は慌てて階段をあがっていった。
沙良の背中を見送りながら私もそろそろ明日の準備をしておかないと、と思い寮を見て回るのは終わりにして部屋に戻る事にした。
初めてで緊張したけどいい子だったな……
もしかしたら仲良くなれるかな?
そんな淡い期待を抱きながらその日は翌日の準備を終えると早めにベットに入った。
翌日から本格的に私のレッスンが始まった。
といっても最初は基本的な事からで、発声練習とか歌う時の姿勢とか表情なんかを細かく教えてもらった。初日は周りの人がとっても上手くてびっくりしたし緊張で何をやっても全然ダメだった。
だけど1日、また一日と日を重ねる事に最初に感じていた緊張が無くなっていき他の人を見ながら一つ一つ真剣に取り組むようになっていった。
レッスン中に声をかけてくれた人、新しく教わった事、初めて聞いた歌、その全てが新鮮で毎日が楽しくてしかたなかった。
私も少しは変われているのかな?
レッスンが始まって早くも2週間が経過した週末。
久しぶりに仕事が休みだとゆう快音と葵が心配して様子を見に来てくれた。
エントランスの椅子に座って差し入れに貰ったお茶を飲みながらふとここ数日の事を思い返す。
「綾音ちゃん、レッスンはどう?キツくない?」
「まだまだ他の方みたいにはいかないけど、みなさん優しくて毎日とても楽しいです」
「そっかぁ!なんかいい顔してるね♪」
「そうかな……」
そう言われれば前に比べると自然に笑っている事が増えたような気がする。
いつも1人ぼっちで人を遠ざけていたから、いつの間にか感情を出すことも忘れてしまっていたんだ。
きっとゆり姉や快音のおかげだね。
「あれ?2人とも久しぶり!」
「ん?」
「沙良?久しぶり♪」
そこに偶然エントランスに通りかかって声をかけてきたのは沙良。
買い物袋を持っているのでどこかに買い物に出ていたのだろう。
「へぇ、2人って沙良と知り合いだったんだ」
「綾音こそ!」
「僕ら高校の時3人とも同じクラスだったんだ♪」
「へぇ!」
意外な事実に驚きながらも盛り上がる沙良と葵を見て私も少し嬉しくなった。
ただ1人快音は黙ってそのやり取りを見ていたけどなんだかいつもと様子が違うような……
どうしたんだろ?
少し暗い顔をしているように見えたんだ。
その理由を知るのはかなり先の話で……
もしも、この時それを知っていたら、何か変わっていたのだろうか?
沙良を含め4人で少しを話した後、快音達に別れを告げて部屋に戻りしばらくして携帯に1件のメール。
相手は先程まで話していた快音だった。
To快音『いきなりごめんね、少し2人で話せないかな?外の花壇の所にいるんだけど』
なんだろう?話ならメールでもいいんだけどな。
とりあえず返信しとこう。
To綾音『わかりました。すぐいきます』
返信を打ち終わると急いで外に向かった。
エントランスの扉をでて建物にそってぐるりと回ると小さな花壇が並ぶ道がある。
快音はそこに一人で立っていた。
周りに誰もいないし大きな道路から離れているのでとても静かだ。
「お待たせしました。話ってなんでしょう?」
「……」
「快音さん?」
やはりさっき感じた違和感は気のせいではなかった。
快音さんはとても辛そうな顔で私を見つめていた。
よくわからないけど、なぜか胸が締め付けられるようなそんな不安に襲われる。
一体何があったとゆうのか?
「っ……」
「え?」
一瞬何が起きたかわからなかった。
背中に優しく回された手。
暖かい何かに包まれる、今まで感じたことの無い感覚。
快音さんが近づいてきたと思ったらいきなり私を抱きしめたのだ。