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7 選曲

快音は私が話をしている間、初めの方は頷いたり相槌をうったりしていたけど後半になるにつれてだんだんと無言になり難しい顔をしていた。


そりゃこんな話聞いたら軽蔑するよね…。

今までもそうだった。

最初は親しくしてくれてた知り合いも親戚も父親のことや私のおこした事故の事を知ると手のひらを返したように関わらないようにしたり見下した視線を向けてきた。


だからこそ快音には知られたくなかった。

でも…もしかしたらってそんな気持ちもあって…

やっぱり言わない方がよかったかな?


「…」


話が終わると快音はしばらく黙っていたが、私は何を言えばいいかわからなくてただ俯いていた。

しばらくしてふと顔を上げると、目の前に信じられない光景が映った。


快音が泣いている…。


「えっ?」


その信じ難い状況につい声を出してしまい焦って目を逸らした。


「…ごめん」

「…」


聞き間違いかと思う程か細い声で涙を拭いながら突然謝ってきた快音。

なんで?なんで快音は泣いてるの?なんで謝ってるの?


「ずっと辛かったよね…気づいてあげられなくてごめん」


それは私にとって意外すぎる一言だった。

こんなに重い過去を聞いて拒絶するでもなく軽蔑する事もなく気づかなかった事に対して謝るなんて。

そんな人は初めてだった。


私はそんな快音を直視していられなくてそのまま視線をずらして遠くを眺めた。


「私…快音さんに会う少し前、この河原でたまたま母に会ったんです」

「……うん」

「久しぶりに逢えてすごく嬉しくて…私あの時、母の気持ちを裏切ってしまった事ちゃんと謝りたくて声をかけたんです」


私が死にたいと思った1番の理由…。

たんたんと話しながらもその時の映像が頭の中にうかび体中が熱を帯びて脈が大きく鳴り響いた。


「その時、母がなんて言ったと思います?」

「…なんて言ったの?」

「私はあなたなんて知りません。人違いじゃないですか?って…」

「……」


その言葉に快音が黙り込んでしまったので私は独り言のように続けて話した。


「その時に思ったんです。私が母の心を壊したんだ。取り返しのつかない事をしてしまった。きっともう許される事は無いんだって」


どうせ許されないなら、もう生きている資格すらないのかもしれない……私はいつしか希望を失い立ち上がる事すらできなくなっていた。


「…それは違うんじゃないかな?」

「え?」


快音は涙を拭い真面目な顔で私を見つめた。

そのあまりに真剣な姿に私はさっきとはうってかわってその表情や言葉から目が離せなくなっていた。


「たしかに綾音ちゃんは取り返しのつかない事をしてしまったかもしれない。だけど、人間なんて気づかないうちにいくつも間違った事をしたり人を傷つけたりするものだよ。でも自分の間違いに気づけたらそこから何度でもやり直せると思うんだ。」

「……」


その時言われた言葉の一つ一つが固く閉ざされた心に突き刺さっていくのがわかった。

そんな事とっくにわかってたのかもしれないけれどそれまでの私はそんな事すらわからなくなるくらい深い暗闇の中にいたような気がするんだ。

そんな時に出会った彼の優しさが私を暗闇から連れ出してくれだよね。


「だけど何にも考えたくないって閉じこもったり命を絶とうとするのは大切な事から逃げているだけなんだと思うよ」

「そんなこと……」

「間違った事をしたと思うならしっかりその事実と向き合わなくちゃ。逃げちゃダメだよ」


わかってる。

辛い過去から逃げているだけなのは自分が1番。

でも…自分の罪と向き合うなんてそんな事私にできるの?

1度は全てを諦めて終わりにしようとしたこんな私に…


「それにね!過去はどんなに頑張っでも消すことはできないけどこれから先の事は自分次第でどうにでもなるんだよ!」

「……そんな事言われたのは初めてです。」


再び視線を逸らした私にしばらく何かを考えていたのか無言だった快音は私の目の前に移動すると優しく微笑んで手を伸ばした。その行動に首を傾げていると快音は私の手をとり強引に立たせた。


「ねぇ、やっぱり一緒に歌わない?」

「え?」

「今の話を聞いてもっと一緒に歌ってみたいと思ったんだ!だって綾音ちゃんは本当の心の痛みを知ってる。だからこそ同じように苦しむ人の心に響くいい歌が歌えると思うんだ!」


この言葉が快音の優しさが悲しい音色を響かせ続けていた私の人生を優しく温かい新たな音色に変えて行く。


「もちろん無理にとは言わないよ。最後の判断は綾音ちゃんに任せるけど僕は是非一緒に歌いたい!だからもう一度ゆっくり考えてくれないかな?」

「……わかりました。考えてみるのでもう少しだけ時間をください。こんな私にありがとうございます」


それからしばらくの間私は色々な事を考えた。

今の私に何が出来るのか。

自分の罪と向き合う事とはどうゆう事なのかを。


私にとって歌は両親が変わっていった悲しい記憶を思い出させるだけだけど、だからこそその歌で誰かを救えればそれが罪を償う事になるのかな?

こんな私がステージの上に立つなんてまだ想像もつかないけれどこれで何か変われるなら…

1歩踏み出せるとゆうのなら。


何かのドラマの主人公が言っていた。

「人の人生ってのは幸せと不幸が半分づつなんだって」

あれは本当なのかな?

それが本当ならどれだけいいだろうと思っていた。


幸せなんてどこにあるの?


そんなの知らない。

今は別に幸せになんてなれなくてもいいと考えている。きっと幸せかなんて誰かが決める事なんかじゃない。

自分自信で決めるものだから。


私はもう過去から逃げたりしない。

ちゃんと自分自身と向き合って犯した罪を償いたい。

終わらない歌も命も決してないから。最後まで前を向いてもう後悔しないように。


そして、今はただ目の前にある新しい道を、生きるべき人生を自分の足で歩みたいから。


この日埃を被って倒れていたギターの弦が再びやさしい音を奏でるように、止まり続けていた私の時が静かに動き始めたんだ。




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