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3 不協和音

沈黙が続く中周りの騒音がやけに遠くに感じて少し不気味な雰囲気が漂っている。


「実は俺…元医大生なんだ」

「元…?」


それから快音が話してくれた事は彼の見た目からは想像も出来ないような内容だった。


まず彼の父親が市立病院の医院長で小さい頃から医者になって跡を継ぐんだと育てられてきた事、そして同じように育てられた実の兄はとても優秀だった為事ある事に比べられていた事。


そんなプレッシャーや周りの目に疲れ、昔からの夢だった歌手になる為に医大を辞めて家を出る決断をしたんだと。


あの時病院に連れていかなかったのは本当はちゃんと卒業していった同期に顔を合わせたくなかったからでつい嘘をついてしまったらしい。


「…」

「本当にごめん…幻滅したよな」


その時、寂しそうに俯く快音の姿が今の自分と重なって見えた。


過去に縛られ周囲の声や視線に圧迫されてホントの気持ちを押し込めてきた私。

そんな自分を守るために沢山嘘をついて必死に自分をたもってきた。


嘘をつかれた事、ショックじゃなかったと言えば嘘になるし正直凄く驚いた。

それはまるで隣合った音が重なり不快な音色を響かせる不協和音のように、私の心をざわつかせどこか不安な気持ちにさせたのは確かだった。


だけど……


多分、どんな人でも悩みや迷いがあってなんとかしなきゃって頑張ってるんだよね。

でもそれを否定されたらきっと辛いと思うから…だから…


「別に軽蔑はしてないです。あんまり気にしないでください。それに私の歌…綺麗だって言って貰えてすごく嬉しかったから」

「綾音ちゃん…ありがとう」


人の言葉が使い方によって刃物になり時に人を最悪の道に追い込むようにこんなささいな一言でも心の支えとなり力をもらえる事だってあるから。

辛い思いをしてきたからこそ、自分はせめて後者でありたいと心からそう願う。


快音がこの時何を考えていたかはわからないけれど少しほっとしたように微笑み一息ついてから仕事で今作っているCDの事や今度小さな会場だけどLIVEをする事を話してくれた。


歌の事を話す彼はさっきとはまるで人が違うみたいに目が輝いていて幸せそうだった。


私は彼の話を聞いてるのがほとんどだったけどまるで今まで知らなかった世界を知ったみたいでなんだか不思議な感じ。


「そうだ!今度のLIVEのチケット1枚余っててさよかったら見にこない?」

「え……私がですか?」


少し興味はあったけどそんな事を言われるなんて思ってもなかった。

突然の事で言葉を失う私。


でも……まさかこれがあの時終わるはずだった私の人生を大きく変える出来事になるなんて、こんな私が新たな道に進んでいくきっかけになるなんてこの時は知るはずもなくて。


「来るはずだった友達が都合悪くなっちゃってさ、俺が持ってても無駄になるだけだしとりあえずもらってよ!」

「……」


今までLIVEなんて行ったことないし、私なんかが貰ってもいいのだろうか?

でも断るのも申し訳ない……


「無理に来ることはないし、いらなきゃ捨ててもらってもかまわないから!ね?」

「……わかりました」


しぶしぶ受け取ったその1枚のチケットは今思うと、それまでの私にとって消えかかっていた音色を再び強く、やさしく響かせてくれた。


全く違う音が重なり優しいメロディーとなって私の不安を包み込み、進むべき道を示してくれた。まるで新たな楽譜の1ページ。


その日から快音と改めて連絡先を交換したので時々連絡をとっていた。

とはいっても一方的に連絡してくるのをしぶしぶ受けていたとゆうのが正しいんだけど、あれはきっと彼なりの優しさだったんじゃないかと思う。


誰から見たって私は地味で静かな根暗タイプだし、よりにもよってあんな所を見られてしまったのだから、心配されてもおかしくない。


だけど……最初は嫌々だった気持ちがどうでもいいって思ってた事が快音と話しているうちになんとなくそれも悪くないなと思うようになり、いつの間にか2人は少しづつうちとけていった。


2週間後


今日は快音のLIVEがある日。

着替えをすませて早めに家をでると、春の訪れを感じさせる暖かな太陽の光と子鳥のさえずりが私を出迎えた。とてもいい天気だ。



あれから……毎日ずっと考えていた。

死にたいと思う気持ちはあの日からずっと変わらないけど、連絡をとっていてもそれ以上仲良くなりたいと思う事はないけれど、でも同じように音楽を大切にしている彼の歌声を1度でいいから純粋に聞いてみたいと思った。


死を覚悟した時からそれを実行しようとすればいつだってできるしそれでいいと思っている。

だからこそ1つぐらい最後にやりたい事があるなら、聞きたい音があるならそれが終わってからでいいかなって。ただ……それだけだった


そう、この時はただそれだけだったんだ。


電車を乗り継いで会場に向かう途中、窓の外を眺めながらあの歌を口ずさむ。

私……

これから彼の歌を聴いてそれからどうしたいんだろ?


もし、私がいなくなったら快音は悲しむのかな?

それとも何事もなかったように夢を追いかけて私の知らない誰かと出会って幸せに暮らしていくのかな?


別に彼が幸せならそれでいいんだけど。


そんな事を考えているとあっとゆう間に目的の駅到着。電車を降りて地図を確認しながら少し歩くとLIVEの会場にたどり着いた。

といっても人気のアイドルがLIVEをやるような広いドームとは違って繁華街にある小さなライブハウスだけど思っていたよりもたくさんの人が来ていて賑やかだ。


しばらく待っていると会場内が暗くなり、ステージの両端に置かれた大きなスピーカーから音楽が流れ始めた。スポットライトが色んな形になって動いては消えやがて中心に集まるとAメロが始まり同時に幕があがる。


ピアノやギターの賑やかな音に合わせてセンターに現れた快音がマイクを手に歌い始める。

ステージに立っている彼はとても輝いていて、それはそれは楽しそうだった。

カフェで会った時とはまるで別人のように思える。


まるで私の為に歌ってくれているような錯覚に陥りそうなくらい、真っ直ぐ心に響く声……


初めて聞いた彼の音色はまだ若々しかったけどとても優しくて綺麗だったのを覚えてる。


この時この瞬間、確かに私の中の何かが変わり始めた。静まり返り埃をかぶっていたピアノが再び鳴り始めるように閉じてい私の心は暖かくて優しい何かに包まれていた。



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