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2 悲しい音色

2日後。何をするわけでもなくベットの上で部屋の天井を眺めていた。


今まで「死にたい」としか思ってなかった。

正直あの後すぐにもう一度飛び込んでしまってもいいとも思った……

だけどなぜか、なぜかわからないけれどもう少しだけ……そんな風に思い始めていた。


あの人は…あれからどうしているだろうか?

もう私の事なんて忘れてしまったかもしれない。

そういえばちゃんとお礼も言えなかったな…


そんな事を考えながら、別れ際に受け取ったぐしゃぐしゃになった紙を見つめてふと思う。


電話してみようかな…?


もしかしたら迷惑だと思われるかもしれない。

私からの電話なんて期待してないだろうし面倒くさがられるかも……だけど


『歌声がきれいだったから…また聞きたいって思ったよ』


何度も頭の中であの時の言葉が響く。

もしかしたら私は本当は死にたくなんて無かったのかもしれない。

長い間闇の中でもがいて苦しんで心を閉ざして……

それでもどこかで……誰かに……


自分の存在を知って欲しかった。


もしかしたらそんな風に言って貰えるのを待っていたのかもしれない。


壁に立てかけられたギターが寂しげに倒れる。


これで何かが変わる事なんてないんだろうけど、この先死にたいと思う気持ちは消えないとしてもせめて…

一言ありがとうと伝えたかった。


携帯を握りしめゆっくりボタンを押しておそるおそる耳にあてる。


プルルルルルル……


誰かに電話をかけるのも久しぶりだな…

少し緊張しているのか握った手に汗が流れる。


ガチャ


『…もしもし?』

「あ………」


電話越しに優しく落ち着いた声が響く。

思い切って電話をかけたのはいいものの、何を話せばいいかわからずただ頭が真っ白になって声がだせない。


「……」


『もしもし?…もしかして綾音ちゃん?』

「え……はい……」


いきなりの事に驚いて声が裏返る。

私の事覚えててくれたんだ…


『びっくりしたよ!電話くれると思わなかったからさ』

「あの…お礼をちゃんと言ってなかったと思って、あの時はありがとうございました」


聞こえないように深呼吸をしてとにかくありがとうの一言をちゃんと伝える事だけを考えた。

肩の力が少しぬける。


『お礼なんて別に大丈夫だったのに!でもまた話せてうれしいよ』


ここ数年は傷つくのが怖くて、人を遠ざけていつも一人でいた。


それが正しいと思っていた。


『あ、そうだ!ちょうどいいや。今日もし時間あったらこれから会わない?』

「え?」

『駅前に新しいカフェができたんだけどそこのケーキの無料券もらったんだ。行きたいんだけど男が一人でって行きずらくてさ…どうかな?』

「……」


思えばこの時、もしこの誘いを断っていればきっと今、私とゆう人間は存在しないし、それまで私が知らなかったたくさんの素敵な時の音色を奏でる事も聞く事もなかっただろう。


『…やっぱりいきなりだと嫌だよね。ごめん』

「……嫌ではないですけど」

『え?』

「私なんかでいいんですか?」

『もちろんだよ!』


特に意味なんてなかった。

せめてものお礼とゆうかどうせ最後だし…と

あんまり深く考えずに待ち合わせの場所を決め電話を切った。


出かける準備をしながらふと落ち着いて我に返ると自分自身が1番この状況に驚いていた。

今までの私ならきっと断っていたと思う。

でもなぜだろう……


快音の事をほとんど何も知らないのに彼と会う事に不思議と不安はなかった。


待ち合わせの駅前につくと快音はすでに来ていてすぐに電話で話していたカフェへ向かった。


アンティークな雰囲気の店内にオシャレなBGMと綺麗に飾られた可愛らしいケーキ。

こうゆう所に来るのは初めてだったので私はとても緊張して変な汗をかいていた。


「いや、また会えてよかったよ。実は少し気になってたんだ。どうしてるかなって」

「…色々ありがとうございました」


私は改めてお礼を伝え深深と頭を下げる。

大袈裟かもしれないけど相手の顔を見てその一言を言葉にできたおかげでほんの少し自信が持てた気がした。


「本当にもう気にしなくていいよ。それよりほら、ここのケーキ美味しいよ♪」


快音は楽しそうにフォークを片手にケーキを頬張っていてまるで子供みたいだった。

自分も同じようにケーキを口に運ぶ。


甘いクリームと甘酸っぱいイチゴにふわふわのスポンジケーキ。

ケーキを食べるのもかなり久しぶりだけどやっぱり甘いものはいつ食べても美味しい。


「…美味しい」

「ふふ、よかった。そういえばさこの前歌ってた歌って誰の歌?聞いた事ないなって思ってさ」


ケーキと一緒に注文したコーヒーを飲みながら快音がさりげなく聞いてきたその一言に私の顔は少し曇る。

あれは…あの歌は…


「…」

「どうしたの?聞いたらまずかった?」

「いいえ、あれは昔母に教わった歌で…」

「そっか…」


気まずい雰囲気を察したのか快音はそれ以上は聞いてこなかった。


「でも、本当に綺麗な歌声だったよ…俺もこんな風に人の心を動かせる歌を歌いたいって思ったんだ。まだまだ駆け出しなんだけどね」

「あれ?医大生なんですよね?」

「あっ」


その瞬間快音の顔が曇る。何が不味い事を聞いてしまったかな…


初めて会った時に医大生だと名乗っていたけれどまるで歌を仕事にしているような口回しについ尋ねてしまった事を瞬時に後悔した。


「ごめん…実はあの時、嘘をついたんだ…」

「え…?」


それは優しくて何一つ悩みなどなさそうな第一印象だった彼が初めて見せた自身の苦悩と弱音だった。


そして私はその時思ったんだ。


誰にでも生きている限り自分が進むべき道に悩み苦悩する時があるのだと。

そしてその答えを出せるかどうかもまた自分の選択次第なんだと。







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