20 静寂の夜想曲
「俺が葵に頼んだんだ。綾音の相談にのってやってほしいって。俺が相手じゃきっと話しずらいと思ったから」
「……」
そっか……
快音は葵から全て聞いてたんだね。
私は襲われた事を知られたくなくてずっと黙っていた。
快音はそんな私の気持ちを考えて今まで知らないふりをしてたんだ。
「沙良と俺の事、葵から全部聞いたんだよな?」
「…うん」
私は静かに頷いた。
お互い全部知ってたならもっと早く話し合うべきだったんだよね。
そうしたらこんな事には……
「俺……あの時、沙良の為にと思って身を引いたつもりだったけど、逆にそれが苦しめたんだよな。沙良、ごめん」
「快音…」
辛そうに話す快音を見て思った。
こんなにもお互いの事を思いあって行動した事なのに結果的にすれ違ってこんな事になるなんて……
悲しすぎるよ
「でも他人を傷つけても痛むのはお前の心だろ?もう自分に嘘ついてごまかすのはやめろ」
「何よ今更……どうせあんたは私の事なんて遊びとでも思ってたんでしょ?」
「それは違うよ!」
「え?」
沙良の言葉を遮って誰かの声が響き渡る。
扉の方を見るとそこに立っていたのは葵だった。
葵は頭に包帯を巻いていてそこから血が滲んでいるように見えた。
「葵!休んでろって言っただろ!」
焦った顔で叫ぶ快音。
葵、きっと無理して来てくれたんだね。
沙良から送られてきた写真が頭の中によぎり心が強く締め付けられた。
「ごめん…でも俺のせいだから。快音は沙良の事本当に大切に思ってたんだ。なのに、俺があんな事頼んだから…それに、綾音ちゃんの事も全部俺が」
「もういい!!」
その瞬間廃墟は一瞬にしてしずまりかえった。
沙良は甲高い声で叫んで二人の会話を遮った。
私は目の前で目まぐるしく起きる出来事についていけず驚きのあまり言葉を失っていた。
「どうせ葵も…もういい!もう何もかも遅いから……私の事なんか誰も……」
「沙良!」
「ダメ!!」
沙良は持っていたナイフを自らの首にあてて……
とっさに立ち上がった私はそれを止めようと沙良の腕を強く掴んだ。
「離してよ!」
「離さない!絶対死なせないから!私もずっとそうだったからわかるよ!生きる事に疲れて死ねば楽になれるって思ってた」
こめられた二人の力が強くなっていく。
「でも、快音が教えてくれたの。それはただ逃げてるだけだって。辛くても、苦しくても私の人生だから、ちゃんと向き合わなきゃダメだって!」
「うるさい!離して!」
正直に言うとこの時の私は必死すぎて何が起きたのかよく覚えていない。
私は沙良の力があんまり強くてそのまま思いっきり地面に倒されて体を強く打った。
「きゃあ!」
「ぐっ……」
「!?」
体の痛みを堪えて顔を上げると目の前に体制を崩した沙良のナイフが迫って来ていて、それを庇うように快音が私と沙良の間に飛び込んだ。
「どう…して…」
沙良の持っていたナイフが快音の肩のあたりに刺さり赤黒い血がそこだけ服を染めていく。
真っ青な顔でその場に腰が抜けたようにくずれる沙良。
快音は苦痛の表情を浮かべながらも、ナイフを遠くへほうり投げて沙良の近くに腰を下ろした。
「なぁ、沙良。覚えてるか?」
「え……?」
「昔3人でした約束。俺たち3人でビックスターになろうって。あの頃俺、家の事とかあって将来の事悩んでたから、2人が一緒に頑張ろうって言ってくれたのが凄い嬉しかったんだ」
「……」
小さく震えている沙良。
私も葵もその光景にただ茫然としていて何も言えず見守っていた。
「でも俺は、お前が苦しんでた時何もしてやれなかったからさ。ずっと後悔してたんだ。本当にごめん」
「快音…」
「俺にとって沙良も葵も綾音も大切な仲間だからもうこれ以上、誰にも苦しんで欲しくない」
その言葉は私と葵の心にも強く優しく響いていた。
こんなにも想ってくれる人がいるんだもん、沙良は幸せ者だよ。
「沙良、自分には何も無いって言ってたけどそんな事ないじゃん」
「…私には何も」
「よく見てみなよ!沙良を心配して駆け付けてくれる友達がいるじゃん?
私も快音も葵もみんな沙良の味方だよ?」
「……」
顔を上げて3人の顔を順番に見つめる沙良。
葵も快音も私も沙良の目を見て強く頷いた。
「もう、過去の傷に怯えて生きる必要なんてないんだよ!沙良は1人じゃないんだから!」
そして張り詰めていた糸が切れたようにたくさんの涙と彼女の本音が溢れていった。
「ごめん…ごめんなさい…。私…ずっと一人で悩んで苦しくて……私が欲しかった物を全部持ってる綾音が憎くて…羨ましかったの…うぅ」
「もういいよ、沙良」
沙良にされた嫌がらせや、心につけられた消えない傷。きっと許す事は出来ないと思う。
だけど、誰にでも時に周りが見えなくなって知らないうちに大切な人を傷つけてしまう事はあると思うんだ。
だって私にもあるから。
それに沙良の泣いている姿が過去に苦しみ続けていた自分と重なって見えて、彼女が今までどれだけの苦しみを背負ってきたかがわかった。
だから快音が私の罪を受け止めてくれたように、沙良の過ちも受け入れるべきだと思ったんだ。
「なぁ、沙良。今度は4人で約束しよう、みんなでビックスターを目指すって」
「でも……私こんな事しちゃったし…」
快音の提案に虚ろな目で戸惑っている沙良。
確かに彼女の犯した罪は大きい。
何も無かった事にはできないかもしれない。
そんな2人を見てそれまで黙っていた葵が口を開いた。
「ねぇ♪知ってる?約束ってさ破る為にするものなんだって!」
「何だそれ?本当かよ?」
「うん♪もし叶わなくても同じ目標に向かって頑張ってる仲間がいるってだけで自分も前を向けるじゃん?きっと沙良も1歩踏み出せるから。だから絶対、無駄になる事はないよ♪」
いつもはおちゃらけている葵だけどなんだかとっても説得力がある。
だからなのかその瞬間、重苦しかった空気が、まるで曲が終わり次の曲が始まったように変わっていった。
「うん!約束しよ!」
「……うん」
沙良の顔色も良くなって、これでやっとみんなが笑顔になれたんだ。
私は3人と出会えて本当によかったよ。
「よし、じゃ急いで戻るか!」
「え?戻るって?」
「ライブだよライブ!」
快音の言葉で忘れかけていたライブの存在を思い出したけど時間はとっくにスタートの時間を過ぎている。
「実はゆりさんに無理言ってスタートを1時間遅らせてもらったんだ。今行けばまだ間に合うから!」
「でも、その怪我じゃ…」
冷静になって考えるともうライブなんて言ってる場合じゃない。
葵も快音も怪我をしているし、すぐにでも病院に行って手当をしないといけない。
普通なら警察を呼ぶところだし……
「大丈夫だよ!かすり傷だし」
「でも…」
「ほら行くぞ!沙良も葵と見に来いよ!チケットはあるからさ!」
混乱する私にお構いなしの快音を止める事ができずに会場に向かった私達。
戻ってきた私達を見てゆり姉やスタッフさん達はかなり驚いていたけど、客席はお客さんで埋まっていて今更後には引けない状況。
とにかく説明は後にして軽く手当てをしてから急いで衣装に着替える。
そして大混乱の中ついに、私にとって初めてのステージの幕が開く。




