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19 反響


「あんたもバカよね。せっかく時間をあげたのにさ」


沙良は腕を組み狂気じみた笑みを浮かべて脅すように続けた。

正直ひるんでしまいそうだったけど、相手のペースに飲まれないようにと必死にいつも通りの表情を保つのが精一杯だった。


「……葵はどこ?無事なの?」

「こんな時に他人の心配?随分余裕ね。それともただのお人好しかしら」


私の口からでた言葉にイラついているのか呆れているのか、よく分からないけどとにかく怖い…

私は静かに深呼吸をして心を落ち着かせた。


「葵は大切な友達だから。それに彼は私達の事とは関係ないでしょ?」

「……どうかしらね」


意味ありげに微笑む沙良。

何?一体何を考えているの?

何をする気なの?


「安心しなさい。彼は解放したから」

「そっか…よかった」

「きっと今頃。この事を快音に知らせている頃じゃない?」


そういえばこれからライブが始まるんだ。

私がいなかったらきっとみんな探すだろうし葵ならきっと沙良の事を話して快音とこの場所に来るに違いない。

でも…そうしたらライブはどうなるの?


ここまで頑張ったのに……


「大丈夫よ。きっと快音はここにはこない。彼ならライブを優先させるはず。ライブが中止になる事はない。あんたなんかいなくてもね」

「……そんな事」

「ふっふふふ」


ケラケラと廃墟に響く笑い声。

何がそんなに面白いのか沙良は口を抑えて笑い続ける。


「あんた本気で自分は快音に愛されていると思ってんの?」

「え?どうゆう意味?」


心臓がバクバクと激しく鳴り響く…

沙良の言葉が理解できない。

そんな私を哀れみの目で見下ろす沙良はわざと腰をおろし目線を合わせて笑いながら吐き捨てた。


「前に話したでしょ?快音はあんたに本気じゃない。遊びで付き合ってんのよ。あいつはそうゆうやつなの」


カフェで沙良に聞かされた話が蘇る。

嫌がらせの事があってきっとあれも沙良の罠だったんだって思ってた。

私が側で見てきた快音はそんな人じゃないから。

真っ直ぐで優しくて自分の夢を追いかけているその姿が真実だと信じてる。


「快音はそんな人じゃないよ。私なんかよりずっと前から側にいた沙良が1番それを知ってるはずだよね?」

「……」


沙良の表情が少し曇る。

その様子を見てわかってしまった…

沙良がどれだけ快音を想っているのか。


「葵が言ってたよ。初めて会った時、人と接するのが苦手で虐められてた自分に沙良が声を掛けてくれて輪の中に入れたんだって」

「……」

「私も初めて会った時、沙良に声をかけてもらって凄く嬉しかったよ?本当はこんな事をする人じゃないってわかる。ねぇ、こんな事もう辞めようよ?」


屋上で葵から聞いた2人の出会った頃の話。

私は思い出して欲しかったんだ。

誰かを思いやる気持ち、優しい心を沙良はちゃんと持っているから。


それに沙良に感謝してる人、彼女を必要としている人がいるって事を伝えたかった。


「……さい」

「え?」

「うるさい!」


しばらく黙っていた沙良は突然、甲高い悲鳴のような大声をあげてポケットから取り出したナイフを私に向けた。


「沙良……」

「あんたに…あんたなんかに何がわかるの?優しい友達も恋人もいて仕事も何もかも上手くいってるくせに…私には何も無い!私の気持ちなんてあんたには絶対わからない……偉そうな事言わないでよ!」


体を震わせ涙をうかべながら叫び続ける沙良。

どうしたら…きっと今の彼女には何も届いていない。


「沙良!やめろ!」

「…!」


その時、二人の会話を遮るように廃墟の中にこだました聞き覚えのある優しい声……

額にたくさんの汗をうかべながら息を切らして2人の前に現れた人。

快音だ、快音が来てくれた。


「綾音、怪我してないか?」

「……うん」


快音はナイフを向けている沙良に構わず私の手足の縄をほどいてくれた。

快音が助けに来てくれた事がとても嬉しくて肩の力がぬけると同時にライブを中止にしてしまった罪悪感で胸がいっぱいになり言葉が詰まる。


「…どうして?」

「え?」

「何で助けに来たのよ!」


そんな2人を見て沙良は力なくナイフを降ろし、怒りに震えた表情で怒鳴った。


「ライブで大きな舞台に立つのが夢なんでしょ?何でこの女を選ぶの?」

「沙良、あのな」

「この女はあんたを裏切ったのよ?」

「あ……」


そう言って沙良が取り出したのは1枚の写真。

私と葵のツーショット。

私が泣いていたのを葵が支えてくれている写真。


見てたんだ…屋上での事。


「……」


快音は何も言わずに写真を見ている…

きっと勘違いするよね。

快音は何も知らないから私が浮気したと思われてもしかたない。


沙良のさっきの意味ありげな笑いはこの事だったんだ。


「この女は快音を裏切って葵と…最低な女なの!だから…」


私は何も言えずに2人を見ていた。

快音……信じてなんてとても言えない。


「……もうやめろよ」


だけど快音から出た言葉は意外すぎる物だった。


「それ以上、自分に嘘をつくのはやめろ」

「何言って……」

「知ってるんだ、沙良が綾音にした事。全部」

「え……?」


一瞬何を言ってるかわからなかった。

快音は全部知ってたの?

嫌がらせの事もあの日の事も?


「ごめん綾音。守ってあげられなくて」


前にも見た悲しい顔。

その時初めて知ったんだ。

快音の優しすぎる想いを、私が気づく事ができなかった彼の苦悩を。


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